第20話 軍のお方が下見に
二月の終わりに、雪が締まりました。
越冬便の二度目でございます。峠の向こうの三つの村へ、塩と油と薬を運びます。今度は上限に余裕がございましたので、三頭立てにはいたしませんでした。
便を送り出した午後に、街道の東から騎馬が二騎、上がってまいりました。軍服でございます。
先頭の方が馬を降りられました。三十半ばほど、痩せて背が高く、顎に古い傷がございます。
「西方軍務、ソレル・ヴァンダイクである。この駅の保有馬を検める」
「灰の駅駅長のアニエスでございます。何のお検めでございましょう」
「徴発の下見だ」
厩へご案内いたしました。
ソレル様は栗毛と鹿毛を順にご覧になり、歯を検め、脚を上げさせ、それから手帳に書き込まれました。
「二頭。うち一頭は腹が大きいな」
「三月に子が生まれます」
「産後の牝は使えん。実質一頭だ」
「もう一頭は、村よりの借り受けでございます」
「借り受けは徴発の対象になる」
わたくしは厩の柱に手を置きました。
「対象、と申しますのは」
「街道に在る馬は、飼い主が誰であれ、街道に在る時点で数える。書類上の所有は関係ない」
「いつ、徴発されますか」
「春だ」
「春と申しますのは」
「雪が消えて、峠が開いてからだ。それまでは軍も動かん」
ソレル様は手帳を閉じられました。
「駅長。私が決めたことではない。だが私が執行する」
「はい」
「恨むなら王都を恨め。私は数えるだけだ」
「恨みません」
ソレル様が、はじめてこちらをご覧になりました。
「なぜだ」
「数えるのは、わたくしの仕事でもございますので」
厩の奥で、フリーダが身じろぎをいたしました。
ソレル様が目を留められます。
「もう一頭いるな」
「年寄りでございます。冬に一度倒れました」
「歳は」
「二十を越えております」
ソレル様は厩の奥まで歩き、フリーダの前に立たれました。馬は顔を上げませんでした。飼葉桶に鼻先をつけたまま、耳だけがこちらを向いております。
ソレル様は、両手を擦り合わせられました。擦って、温めて、それから前脚の膝の下に手を当てられます。ギュンターと同じ順序でございました。順序が同じというのは、同じところで教わったか、同じだけの年数を馬と過ごしたか、そのどちらかでございましょう。
しばらく見ておられて、それから手帳を開き、また閉じられました。
「数えん」
「……よろしいのでございますか」
「戦場では、老いた馬は三日で潰れる。潰れる馬を連れていくのは、飼い主に対しても兵に対しても不誠実だ」
「はい」
「規定にはある。連れていってもよい。だが数えん」
ソレル様が発たれたあと、わたくしは帳面に書きつけました。
――二月二十八日、西方軍務による徴発下見。ソレル・ヴァンダイク。保有馬二頭のうち、当歳は除く、産後の牝は除く、と告げられる。老馬は数えないと明言。執行は春。
書きながら、告げられた条件を三つに分けました。一つ、当歳を除く。二つ、産後三月以内の牝を除く。三つ、街道に在る馬は所有を問わず数える。
一つ目と二つ目は、除外の規定でございます。三つ目は、算入の規定でございます。
除外の規定は、いつの時点で判断するのでございましょう。下見の日か、執行の日か。
規定の写しを出しまして、徴発の項を読みました。第四十一条には、除外するものが並んでおりますが、判断の時点は書いてございません。
書いていないところでございます。
わたくしは帳面の余白に、一行書きました。
――除外の判断は、下見の日か、執行の日か。要確認。
その日の夕方、王都から二人目の使いが参りました。
王家式部の封蝋。青でございます。宛名は、また「アーレンス公爵家 元夫人 アニエス様」でございました。
使いは若い方でございました。馬から降りるとき、鐙に足を残したまま身体をひねる乗り方をなさいます。急ぎの使いに慣れた方の降り方でございます。署名をいたしますと、その方は受取だけを取って、水も飲まずに引き返していかれました。往復で二日はかかります。二日かけて、返事のない書状をもう一度届けにこられたのでございます。
わたくしは帳面に挟んだ一通目を出し、二通並べました。
同じ形。同じ蝋。同じ字。
ただ、二通目には副えの紙が一枚ございました。
――再送。第一信への返信なきため。
わたくしは二通とも、帳面に挟み直しました。
その晩、ギュンターが土間に来ました。
「駅長。式部の使いが二度来た」
「二度参りました」
「開けんのか」
「開けません」
「なぜだ」
わたくしは羽根を置きました。
「ギュンター。ユーゴー様が仰いました。灰の駅の封蝋で出された書状が、年が明けてから十一通ある。宛先は全部、王家式部だと」
ギュンターは椀を置き、しばらく黙っておりました。
「おれじゃない」
「存じております」
「ティナでもない」
「存じております。ティナの字ではございませんでしたので」
「なぜ分かる」
「ダルク様に伺いました。石橋の帳場で見た灰色の封蝋の書状は、細い字だったそうでございます。太い横棒の、最後が跳ねる字ではございませんでした。ティナの字は大きく、行が斜めに上がります。どちらでもございません」
「細い字」
「細い字でございます」
「細い字と申しますのは、わたくしの字でもございません」
「そうだな」
「わたくしの字は、太うございます。三年、屋敷の帳面を書いておりましたので、羽根の削り方が太いのでございます」
わたくしは自分の書いた帳面の頁を開いて、灯りに近づけました。横棒が太く、縦棒がやや細うございます。癖でございましょう。屋敷では、これを誰にも見せたことがございません。見せておりませんので、真似のしようもございません。
誰かが、灰の駅の封蝋で、王家式部へ十一通出しております。字はわたくしのものではございません。
わたくしの駅の色で、わたくしでない者が、王家へ何かを申し送っております。中身は存じません。存じませんが、良いことではございますまい。
わたくしは棚の前に立ちました。
束が四つ。差出人のない一通。木箱。書面の写し。文が二通。式部の書状が二通。
木箱でございます。
村の方が持ってこられた、お祖母様の遺したものでございます。縄が固く結んであり、この五か月、一度も開けておりません。
「ギュンター。この木箱を、お祖母様はどうしておられましたか」
「駅に置いとった」
「中を、ご覧になったことは」
「ない」
わたくしは棚から箱を下ろしました。思ったより軽うございます。木の厚みのぶんだけで、中身はほとんど重さがございません。紙でございましょう。
縄は麻でございました。結び目が固く締まっており、指では動きません。爪を立てますと、繊維がほぐれて粉になります。長いあいだ、誰も触っていない結び目でございます。
解けませんでしたので、切りました。駅の物でございますから、駅長が決めます。
中には紙が入っておりました。
いちばん上の一枚に、細い字でこうございます。
――灰の駅権利証 写。原本は王家式部保管。
次話「婚儀の前の夜のこと」では、四日後の便で監督官殿が参ります。
半刻のあいだに、三年の理由が、ひとつだけ明かされます。




