↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三年、ひとことも交わさなかった旦那様が、週に一度だけわたくしの駅に馬を替えに来ます 〜白い結婚は明けました。次の便は七日後でございます〜  作者: 森川つばめ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/30

第14話 半刻が四半刻になりました

 石橋への道すがら、ラウルの馬車と行き合うことがございます。


 便は灰の駅の前を通り、素通りして石橋へ参ります。通るときにラウルが手綱を少しだけ緩めますので、鈴の鳴り方が変わります。それが挨拶だということに、三週目で気づきました。


 六週目の朝、石橋の帳場でラウルに会いました。


 「駅長さん。ちょっといいですか」


 声を落としております。


 「時刻表、見ました?」


 「壁の板でございますか」


 「あれ、書き換わってます」


 わたくしは壁の板を見上げました。西街道の便の刻限が、駅ごとに縦に並んでおります。宿場、午。石橋駅、午の半刻。


 「灰の駅の行が消えております」


 「そこじゃないです。石橋の停車時間」


 ラウルが指を差しました。


 ――石橋駅 停車 四半刻


 「前は半刻でした」


 「……半刻でございました」


 「四半刻だと、馬の替えが間に合わないんですよ。汗を拭いて、水をやって、脚を見て、繋ぎ替えて、それで半刻なんです。四半刻でやると、水をやらないか、脚を見ないかのどっちかになります」


 「なぜ縮めたのでございましょう」


 ラウルは肩をすくめました。


 「停車が短いほうが、便が速いことになるからじゃないですかね。局は刻限しか見ないんで」


    


 わたくしは板の下に立って、刻限を書き写しました。


 王都を発つのが夜明け。宿場が午。石橋駅が午の半刻。峠下が午の二刻でございます。


 灰の駅の行はございませんが、石橋と峠下のあいだから逆に引きますと、この駅を通る刻限が出ます。石橋から灰の駅までは二里、平らな道でございますから半刻。午の一刻でございました。


 以前、便がこの駅に着いておりましたのは、午でございます。


 一刻、後ろへずれております。


 ずれたぶんは、石橋の停車を四半刻に縮めた結果ではございません。停車を縮めれば早く着くだけで、板に彫った刻限は動きません。


 わたくしは板をもう一度見上げました。


 宿場の刻限も、以前より一刻遅うございました。


 路線ぜんたいの刻限が、後ろへずらしてございます。ずらせば、便は同じ速さで走っていても、表より早く着いたことになります。早く着いた便に、遅延はつきません。


 局は刻限しか見ない、とラウルが申しました。


    


 帳場のユーゴー様に伺いました。


 「停車を四半刻に縮められたそうでございますね」


 「効率だよ、奥様」


 「馬の脚を見る時間がなくなります」


 「うちの馬丁は速いんだ」


 「速い馬丁でも、脚は同じ速さでしか診られません」


 ユーゴー様は帳面から顔を上げました。


 「あんた、馬のことが分かるのかい」


 「分かりません。教わっただけでございます」


 「じじいにか」


 「ギュンターに」


 ユーゴー様は少し黙って、それから笑いました。


 「あのじいさんは、いい馬丁だよ。ただ、いい馬丁のいる駅が生き残るとは限らねえ」


    


 その帰り道で、雪の上に停まっている馬車を見つけました。


 石橋から半里ほど、坂の途中でございます。ラウルが馬の脚を持ち上げて、覗き込んでおりました。


 「駅長さん。ちょうどよかった。見てください、これ」


 蹄の裏に、雪が固まって詰まっております。


 「雪玉です。四半刻だと、これを落とす時間がないんです」


 「落とさないと、どうなりますか」


 「坂で滑ります。滑ると馬が脚を庇う。庇うと反対の脚が痛む」


 わたくしは膝をつき、ギュンターがするように両手を擦り合わせました。擦って、温めて、それから馬の脚に触れました。馬は動きませんでした。


 「ラウル。錐をお持ちですか」


 「持ってます」


 「灰の駅で落としてまいりましょう。ここは坂でございますので、駅のほうが平らでございます」


 「でも、灰の駅は継立所じゃなくなって」


 「継立はいたしません。停まるだけでございます」


    


 馬車が灰の駅の前で停まりました。


 六週ぶりでございます。


 ギュンターが厩から出てまいりまして、何も言わずに錐を取り、蹄の雪を落としはじめました。ラウルが水を汲み、ティナが布を持ってまいります。


 わたくしは待合の戸を開け、卓に帳面と秤を置きました。置いてから、置く必要がないことに気づきました。郵袋は受け取りません。継立もいたしません。ここはもう、ただの停まる場所でございます。


 それでも卓の上に帳面がございますと、駅らしく見えました。


 四半刻ほどで、雪玉は落ちました。


 「助かりました。この先、峠下までは平らなんで、もう詰まりません」


 「お気をつけて」


 ラウルが御者台に上がり、それから、思い出したように振り向きました。


 「そうだ。これ、預かってました」


 封書でございます。封蝋は青。


 「監督官殿から。石橋に置いてもよかったんですけど、灰の駅の駅長宛だったんで、駅長さんに直接って」


    


 馬車が出たあと、わたくしは待合で封を開けました。


 ――定例監査は一月第二週。監査官はダルク。保有馬の実見が行われる。村の馬は当日、駅の厩に入れておくこと。契約書は原本を提示。

 ――停車時間の短縮について、局に照会した。刻限表の改定は駅逓頭の裁量であり、違法ではない。ただし事故が起きた場合、責は改定した者にある。

 ――アーレンス


 三行でございます。


 三行あれば、三行ぶん生きておられるということでございます。


 わたくしはその紙を、届いた文の隣へ置きました。棚には、束が四つ、差出人のない一通、木箱、書面の写し、そして文が二通ございます。


 二通目でございます。


 数えるのは、やめたはずでございました。


    


 その晩、封蝋を落としながら、灰色の蝋を見ておりました。


 灰の駅の蝋は灰色。王都局は青。石橋駅は何色でございましょう。


 わたくしは石橋から持ち帰った村宛の文を、一通ずつ確かめました。青、青、青。


 最後の一通だけが、灰色でございました。宛名は、峠の向こうの村の名でございます。差出人はございません。


 灰の駅の蝋は、この駅の卓の引き出しに入っております。誰も使っておりません。


 わたくしは引き出しを開けました。蝋の棒は、お祖母様の時代から六本入っていたはずでございます。帳面のいちばん後ろ、備品の欄にそう書いてございました。


 数えますと、五本でございました。


 この三か月のあいだ、わたくしは灰の蝋を三度使っております。使えば減りますが、減るのは棒の長さでございまして、本数ではございません。一本まるごとが無くなっております。


 わたくしは引き出しを閉め、備品の欄の下に一行書き足しました。


 ――封蝋(灰)六本のうち一本、所在不明。気づいた日、本日。

 次話「開かずにおきます」では、年明けの定例監査の朝、王都から一通の書状が届きます。


 封蝋は青、差出人は王家式部でございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。