第14話 半刻が四半刻になりました
石橋への道すがら、ラウルの馬車と行き合うことがございます。
便は灰の駅の前を通り、素通りして石橋へ参ります。通るときにラウルが手綱を少しだけ緩めますので、鈴の鳴り方が変わります。それが挨拶だということに、三週目で気づきました。
六週目の朝、石橋の帳場でラウルに会いました。
「駅長さん。ちょっといいですか」
声を落としております。
「時刻表、見ました?」
「壁の板でございますか」
「あれ、書き換わってます」
わたくしは壁の板を見上げました。西街道の便の刻限が、駅ごとに縦に並んでおります。宿場、午。石橋駅、午の半刻。
「灰の駅の行が消えております」
「そこじゃないです。石橋の停車時間」
ラウルが指を差しました。
――石橋駅 停車 四半刻
「前は半刻でした」
「……半刻でございました」
「四半刻だと、馬の替えが間に合わないんですよ。汗を拭いて、水をやって、脚を見て、繋ぎ替えて、それで半刻なんです。四半刻でやると、水をやらないか、脚を見ないかのどっちかになります」
「なぜ縮めたのでございましょう」
ラウルは肩をすくめました。
「停車が短いほうが、便が速いことになるからじゃないですかね。局は刻限しか見ないんで」
わたくしは板の下に立って、刻限を書き写しました。
王都を発つのが夜明け。宿場が午。石橋駅が午の半刻。峠下が午の二刻でございます。
灰の駅の行はございませんが、石橋と峠下のあいだから逆に引きますと、この駅を通る刻限が出ます。石橋から灰の駅までは二里、平らな道でございますから半刻。午の一刻でございました。
以前、便がこの駅に着いておりましたのは、午でございます。
一刻、後ろへずれております。
ずれたぶんは、石橋の停車を四半刻に縮めた結果ではございません。停車を縮めれば早く着くだけで、板に彫った刻限は動きません。
わたくしは板をもう一度見上げました。
宿場の刻限も、以前より一刻遅うございました。
路線ぜんたいの刻限が、後ろへずらしてございます。ずらせば、便は同じ速さで走っていても、表より早く着いたことになります。早く着いた便に、遅延はつきません。
局は刻限しか見ない、とラウルが申しました。
帳場のユーゴー様に伺いました。
「停車を四半刻に縮められたそうでございますね」
「効率だよ、奥様」
「馬の脚を見る時間がなくなります」
「うちの馬丁は速いんだ」
「速い馬丁でも、脚は同じ速さでしか診られません」
ユーゴー様は帳面から顔を上げました。
「あんた、馬のことが分かるのかい」
「分かりません。教わっただけでございます」
「じじいにか」
「ギュンターに」
ユーゴー様は少し黙って、それから笑いました。
「あのじいさんは、いい馬丁だよ。ただ、いい馬丁のいる駅が生き残るとは限らねえ」
その帰り道で、雪の上に停まっている馬車を見つけました。
石橋から半里ほど、坂の途中でございます。ラウルが馬の脚を持ち上げて、覗き込んでおりました。
「駅長さん。ちょうどよかった。見てください、これ」
蹄の裏に、雪が固まって詰まっております。
「雪玉です。四半刻だと、これを落とす時間がないんです」
「落とさないと、どうなりますか」
「坂で滑ります。滑ると馬が脚を庇う。庇うと反対の脚が痛む」
わたくしは膝をつき、ギュンターがするように両手を擦り合わせました。擦って、温めて、それから馬の脚に触れました。馬は動きませんでした。
「ラウル。錐をお持ちですか」
「持ってます」
「灰の駅で落としてまいりましょう。ここは坂でございますので、駅のほうが平らでございます」
「でも、灰の駅は継立所じゃなくなって」
「継立はいたしません。停まるだけでございます」
馬車が灰の駅の前で停まりました。
六週ぶりでございます。
ギュンターが厩から出てまいりまして、何も言わずに錐を取り、蹄の雪を落としはじめました。ラウルが水を汲み、ティナが布を持ってまいります。
わたくしは待合の戸を開け、卓に帳面と秤を置きました。置いてから、置く必要がないことに気づきました。郵袋は受け取りません。継立もいたしません。ここはもう、ただの停まる場所でございます。
それでも卓の上に帳面がございますと、駅らしく見えました。
四半刻ほどで、雪玉は落ちました。
「助かりました。この先、峠下までは平らなんで、もう詰まりません」
「お気をつけて」
ラウルが御者台に上がり、それから、思い出したように振り向きました。
「そうだ。これ、預かってました」
封書でございます。封蝋は青。
「監督官殿から。石橋に置いてもよかったんですけど、灰の駅の駅長宛だったんで、駅長さんに直接って」
馬車が出たあと、わたくしは待合で封を開けました。
――定例監査は一月第二週。監査官はダルク。保有馬の実見が行われる。村の馬は当日、駅の厩に入れておくこと。契約書は原本を提示。
――停車時間の短縮について、局に照会した。刻限表の改定は駅逓頭の裁量であり、違法ではない。ただし事故が起きた場合、責は改定した者にある。
――アーレンス
三行でございます。
三行あれば、三行ぶん生きておられるということでございます。
わたくしはその紙を、届いた文の隣へ置きました。棚には、束が四つ、差出人のない一通、木箱、書面の写し、そして文が二通ございます。
二通目でございます。
数えるのは、やめたはずでございました。
その晩、封蝋を落としながら、灰色の蝋を見ておりました。
灰の駅の蝋は灰色。王都局は青。石橋駅は何色でございましょう。
わたくしは石橋から持ち帰った村宛の文を、一通ずつ確かめました。青、青、青。
最後の一通だけが、灰色でございました。宛名は、峠の向こうの村の名でございます。差出人はございません。
灰の駅の蝋は、この駅の卓の引き出しに入っております。誰も使っておりません。
わたくしは引き出しを開けました。蝋の棒は、お祖母様の時代から六本入っていたはずでございます。帳面のいちばん後ろ、備品の欄にそう書いてございました。
数えますと、五本でございました。
この三か月のあいだ、わたくしは灰の蝋を三度使っております。使えば減りますが、減るのは棒の長さでございまして、本数ではございません。一本まるごとが無くなっております。
わたくしは引き出しを閉め、備品の欄の下に一行書き足しました。
――封蝋(灰)六本のうち一本、所在不明。気づいた日、本日。
次話「開かずにおきます」では、年明けの定例監査の朝、王都から一通の書状が届きます。
封蝋は青、差出人は王家式部でございました。




