第12話 会えない週の数え方
村には十九軒ございました。
馬を持っているのは六軒でございます。そのうち二軒は荷馬で、継立には向きません。残りは四軒でございました。
回る順番は、前の晩に決めました。村の家々を、駅から近い順に並べますと、遠い家が最後になります。遠い家は、駅の話をいちばん聞いていない家でございます。聞いていない家に最後に行きますと、途中の家で断られた話が先に届いております。
ですから、遠い家から回ることにいたしました。
もう一つ、馬を持っている六軒のうち、粉挽きに水車を使っていない家を先にいたしました。石橋の旦那が粉挽き賃で締めつけておられるのなら、水車と関わりのない家のほうが動きやすうございます。
紙に順番を書いて、上着の内に入れました。書いておきませんと、断られた家の次にどこへ行くかを、その場で考えることになります。断られた直後は、考えが鈍ります。
一軒目は、断られました。
「駅は、じきに畳むんだろう」
二軒目も、断られました。
「石橋の旦那が、灰の駅に馬を出したら村の粉挽き賃を上げるって」
「……いつ、そう仰いましたか」
「三日前だ」
わたくしは頭を下げて、次の家へ参りました。
三軒目は、ジャンの婆さまのお宅でございました。
土間に鶏が二羽おります。婆さまは炉端に座って、豆を選っておられました。
「灰の駅の駅長でございます。馬をお借りできませんでしょうか」
「馬はおらんよ。売った」
「さようでございますか」
「あんた、ティナに紙をやったそうだね」
「書き損じでございます」
婆さまは豆を選る手を止めて、棚の上から布に包んだものを取り出されました。
「これを読んでおくれ」
文でございました。封は開いております。封蝋は青。王都局のものでございます。
「息子さんからではございませんね」
「ティナに読ませたら、あんた宛だって言うんだよ。うちに来る道理がないから、間違いだろうと思って取っておいた」
わたくしは表を見ました。
――西街道 灰の駅 駅長 アニエス様
裏を返しますと、差出人がございました。
――アーレンス公爵家
わたくしは文を持ったまま、しばらく動けませんでした。
「開けないのかい」
「……宛先が違っておりましたので、届いていないことになっております」
「あんた宛だよ」
「はい」
「じゃあ届いてる」
婆さまは豆を選る手に戻られました。わたくしは土間の隅に立ったまま、封を開けました。
中は一枚。字は太い横棒の、最後が跳ねる字でございました。
――継立所の統合の件、局に照会した。書面は正規のものだが、代行の期限が空欄である。空欄の代行は、規定上、次の定例監査までを限度とする。定例監査は年明け一月の第二週。それまでに保有馬を二頭に戻せば、代行は解ける。
――馬について、規定第二十二条を確認されたい。村との契約は、農閑期に限り可能である。
――アーレンス
わたくしは紙を折り、また開き、もう一度読みました。
二十二条は、昨夜わたくしが見つけたものでございます。同じところを、同じ晩に、別々に読んでいたのでございましょう。
四軒目で、馬が一頭見つかりました。
「石橋の旦那が何を言おうと、うちの粉挽き賃は変わらん。挽くのは自分の水車だ」
水車を持っておられる家でございました。馬は鹿毛の若い牝で、冬のあいだは使わないのだそうです。
「契約書を作らせて頂きます。農閑期のみ、二月の末まで。代金は預かり賃が戻りましたらお支払いいたします」
「戻らんかったら」
「戻らなければ、来年の春に、駅の馬の子をお渡しいたします」
「生まれるのかい」
「生まれます。栗毛が孕んでおります」
その方は少し笑って、こう仰いました。
「じゃあ、その子の名は、うちが決めさせてもらうよ」
契約書は、その場で作りました。紙は駅から持ってまいりましたものでございます。書くことは五つ。誰と誰の契約か、どの馬か、いつからいつまでか、代金はいくらでどう払うか、そして、馬が怪我をしたときにどちらが持つか。
五つ目を書きながら、わたくしは手を止めました。
「馬が怪我をいたしましたら、駅が持ちます」
「そりゃそうだろう」
「けれど、怪我のもとが村の側にあった場合はどういたしましょう。たとえば、お預かりする前から蹄に傷があった場合でございます」
「それは、うちだな」
「では、引き渡しのときに、両方で脚を見て、見た日を書き入れます。書いてしまえば、あとで揉めません」
その方は腕を組んで、少し笑われました。
「あんた、屋敷の奥方だったんだろう」
「三年おりました」
「奥方は契約書を書かんよ」
「書きません。読むだけでございます。三年読みますと、書けるようになります」
二枚作りまして、一枚をお渡しし、一枚を持って帰りました。
帰り道で雪が降りはじめました。
駅に着きますと、ティナが待合の灯りをつけて待っておりました。土間の卓に紙が七枚。村の方の手紙でございます。
「明日、石橋まで持ってく?」
「持ってまいります」
「あたしも行く」
「二里でございます」
「二里だよ」
ティナは同じ言葉を返して、笑いました。
石橋まで運ぶ道のりを、わたくしは紙に書き出しました。二里。荷は七通で半斤ほどでございますが、雪の日には道が倍かかります。往復で三刻。週に一度、三刻でございます。
三刻あれば、屋根の残りが葺けます。厩の飼葉桶がもう一つ直せます。帳面の三年ぶんを、あと十冊読めます。
それでも運びます。
運ばなければ、村の手紙が止まります。止まった手紙は、止まったことを誰にも知らせません。知らせないまま、二か月経ちますと、村の方は書くのをおやめになります。書かなくなった村に、便を戻す理由はございません。
わたくしは棚に、婆さまから頂いた文を置きました。
束が四つ。差出人のない一通。木箱。ユーゴー様の書面の写し。そして、届いた文が一通。
届いた文でございます。開けて、読んで、返事を書いてよい文でございます。
わたくしは羽根を取りました。
――ご照会、ありがとう存じます。第二十二条により、村と契約を結びました。馬は二頭になります。定例監査までに手続きを整えます。灰の駅 アニエス
書いてから、そのあとに何か続けようとして、続きが出てまいりませんでした。三年のあいだ、この方に差し上げる言葉というものを、一度も考えたことがございません。
わたくしは封をいたしました。
封蝋は灰色でございます。
次話「ギュンターの手」では、雪の夜に老いた馬が倒れます。
誰も手を出せないなかで、ギュンターだけが長く喋ります。




