小さな襲撃者
桜命館で働く者たちは、桜命館で暮らす者たちである。館は、仕事場兼生活の場であり、館内の部屋を住居用としてあてがわれて暮らしている。つまりは、共同生活をしているわけだが、その部屋は、寮の部屋というよりは一人暮らし用のアパート・マンションのそれに近い。
料理に不便のない広さのキッチンに、十二帖ほどのリビング。浴槽はないがシャワー室を備え、トイレと洗面台もしっかりと別になっている。ただ、洗濯機の置き場所はなく、共同の洗濯室を利用するようになっていた。
さらには、共用スペースとして、食堂、リラックスルーム、トレーニングルーム、大浴場なども備えられていた。
鈴鹿がサナに案内された来客用の部屋も、先述のものと同様のものである。違う所といえば、ベッドやテレビ、冷蔵庫が備え付けられていることだ。部屋の中は、廊下から一段高く土足禁止になっており、扉を入ってすぐに履き物を脱ぐ日本の形式であった。
鈴鹿が、どこに光球を置くのが収まりが良いかと見ていると、扉に立っていたサナが尋ねる。
「鈴鹿様。このまま食堂まで、ご一緒いたしますか?」
「う~ん? 大丈夫だよ。場所、変わってないでしょ?」
「はい。すべて、変わりありません」
「じゃあ、大丈夫。片付けとかあるのに、ありがとうね」
「いえ。それでは、食堂でお待ちしております」
そう言うと、サナは静かに扉を閉じ、部屋を後にした。
鈴鹿は、光球をベッドの横に置くと、少し窓を開ける。しっかりと掃除も行き届き、換気もされていることはわかってはいたが、新しく入った部屋では自分の手で新鮮な空気を取り入れたいのだ。しかし、まだまだ残暑の厳しい日中である。熱気を含んだ風に顔を撫でられると、すぐに窓を閉めて扉へと足を向けた。
廊下に出て部屋に鍵をかけていると、突然、鈴鹿の体を衝撃が襲う。ドドンッと、何かが足に衝突したのを感じて下を見ると、そこには二人の子供がいた。片方の足に一人ずつ、両足に抱きつくようにしがみ付いている。
一人は、年の頃、三歳か四歳くらいの女の子。輝くような金色に、所々赤の混じった、不思議な髪の色をしている。その髪質は全く癖がなく、腰まで届く長さであるのに、線を引いたように真っ直ぐだ。加えて、柔らかさも中々のようで、体が少し動いただけでふわふわと揺れている。その動きと、金と赤の髪色が相まって、まるで炎が揺らめいているようであった。
もう一人は、少し幼く、二歳くらいだろうか。こちらも女の子で、鈴鹿よりも深い色をした黒髪を、肩まで伸ばしている。かなりの癖毛のようで、毛先がぼさぼさと跳ね、よく暴れていた。
見たことのない子どもに、鈴鹿が声を掛けようとすると、金髪の子が顔を上げた。その顔は、幼児特有の丸さで、ほっぺたがぷにっとしている。つい、指でつつきたくなる感じだ。
そんな幼女は、くりくりとした瞳で鈴鹿をじっと見つめ、不思議そうに言った。
「おねえさん。だ~れ~?」
「だぁーえぇー?」
金髪の子の真似をして、黒髪の子も声を上げる。まだ、しゃべるのは不慣れなようで、たどたどしい言葉使いだ。こちらも、金髪の子に負けず劣らずの可愛らしさで鈴鹿を見つめていたのだが、その瞳は吸い込まれそうなほどに澄んでいた。
見知らぬ者にしがみ付いているにもかかわらず、二人には全く警戒心というものが無い。正に、純真無垢といった感じだった。
そんな二人に、鈴鹿は微笑みながら返事をした。
「私? 私は、鈴鹿って言うの」
「すじゅか~?」
「しゅうかぁー?」
「そう、すずか。よろしくね」
「よろしく~」
「よおしくぅー」
にぱっと笑う二人の可愛さに我慢が出来ず、鈴鹿は二人の頭を撫でる。金髪の子は、ふわふわさらさら。黒髪の子は、見た目はぼさぼさしていたが、さわってみると、もさもさふんわりといった感じだった。
鈴鹿と二人の幼女。互いに撫でつ撫でられつで、気持ちの良い時間を過ごしていると、廊下の奥から叫ぶ声が聞こえた。
「ああッ! あなたたち、何してるのッ!?」
その声のする方に三人が顔を向けると、一人の女性が駆け寄って来るのが見える。それは、鈴鹿もよく知っている人物だった。
「ケイト。久しぶり」
「お久しぶりです。鈴鹿様」
鈴鹿の前に立つと、かしこまって礼をする女性。名前を、『ケイト・アナテル』といった。
鈴鹿よりも、少しばかり背の低いケイト。そんな彼女が身に纏う服は、サナと同じに赤を基調とした物だ。その意匠は、シルエットこそサナの物と似ているが、見た目に異なる部分も多い。特に目立つのはスカート部分で、サナが筒状だったのに対して、ケイトの物は一枚の布を腰に巻き、それを前で交差させているようなデザインだった。
胸の押し上げは、サナと同等か、それ以上。髪は艶やかに、少し赤の入った茶色の流れは、一切の乱れなく腰まで伸びている。また、目鼻立ちのはっきりとした顔は、大人としての落ち着きを見せるが、その中には少しの可愛げも残されている。そこに、健康的な肌の色も加わって、若さを意識させる女性だった。
「ケイト~」
「ケえとぉー」
幼女たちは、鈴鹿の足を離れ、ケイトの元へと向かう。先程まで、親の仇を見つけたかのようにしがみ付いていたものが、嘘のように簡単に離れていった。
「申し訳ありませんでした、鈴鹿様。ご迷惑をおかけして」
「全然。迷惑なんて、――」
「ほら、二人とも。ごめんなさいは?」
二人の幼女は、きょとんとした顔をケイトに向ける。
「なんで、ごめんなさい?」
「ごえんあさい?」
「鈴鹿様の足にしがみ付いて、歩くのを邪魔してたでしょ」
「ちがうよぉ。すじゅかと、おともだちになろうとしただけ~」
「だけぇー」
その言葉に、鈴鹿は少し驚いた声を上げる。彼女にとっては、予想外の答えだった。
「あら、そうなの?」
「そおだよ~」
「ぉおー」
「私とあなたたちは、お友達?」
「おともだち~」
「おろもだちー」
「ううん。でも、お友達なのに。私、あなたたちの名前、知らないな~」
鈴鹿のちょっと拗ねたような声に、二人の幼女は「おっ」という顔をする。その言葉に反応したのは、ケイトも同じだった。
「あら。それじゃあ、お友達とは、言えないんじゃないかなぁ?」
ケイトの指摘に、「おっおっ。それは、いかん」といった感じで幼女たちは鈴鹿の前に出る。そして、一人ずつ、ぺこりとお辞儀をした。
「わたし『リンカ』です。よろしくおねがいしあす」
「『ミカ』でし。しあしゅ」
金髪の子は、『リンカ』。黒髪の子は、『ミカ』と名乗った。
「リンカと、ミカね」
「はい」「あい」
鈴鹿はそれぞれの顔を見つつ名前を確認すると、二人は揃って返事をした。
「それじゃあ、私も、ちゃんと自己紹介するね。私の名前は、鈴鹿です。よろしくお願いします」
「おねがいしあす」「しあしゅ」
鈴鹿が二人に向かってお辞儀をすると、もう一度、小さな友人たちもお辞儀をした。
自己紹介を終えると、四人は揃って食堂へと歩き出す。リンカとミカは、新しく友達ができたことが嬉しくてたまらない様子で、鈴鹿の両手を占有していた。
「ねえ、ケイト。この二人、大丈夫なの?」
自分と手を繋ぎ、にこにこと歩いているリンカとミカを見つつ、鈴鹿が言う。
「何がですか?」
「何がって。知らない人に付いて行きやしないかってこと」
先程は見ず知らずの、見ようによっては不審人物といってもいい自分に抱きつき、友達になろうとしていたのである。鈴鹿が心配するのも、当然であった。
しかし、そんな心配は無用といった感じで、ケイトは答える。
「大丈夫ですよ、この二人なら。悪い人とか物とかには、よく気が付きますから。さっき、鈴鹿様に抱きついたのだって、そんな感じがしなかったからでしょ?」
ケイトがリンカを覗き込むと、横を歩くリンカは得意気に答えた。
「そう、サナといっしょのかんじ~。ミカもいいにおいって~」
「いーにおいー」
リンカが自分の名を言ったので、ミカもケイトの方を向いて後に続いた。
二人に頷き返し、ケイトは鈴鹿に続ける。
「それに、もし鈴鹿様が不審人物だったら、館内が騒ぎになっていないとおかしいですし。何よりも、私が自由にさせたことが、問題が無いことの証明だって、二人もわかっているんですよ」
「こんな小さいのに、そんなこと理解してるの」
「理解するというよりは、感覚的にわかっている感じだと思いますけどね」
「はあ。すごいのねぇ、あなたたち」
自分たちを感心する鈴鹿に、リンカとミカは喜んでいたが、何の事だかはよく解っていなかっただろう。
「そう言えば、ケイト。この子たちって、どこの子なの? まさか、ここにいる誰かの子ってわけじゃないでしょ?」
「そうですね。誰の子かって言えば、一往、私の子です。まあ、正確に言うと、私に託された子、ですが」
「あ。やっぱり、わけありなんだ」
「わけありってほどでも、ないんですけど。聞きたいですか?」
「聞かせてくれるなら、聞きたいねぇ」
そんなことを大人の二人が話している間も、小さな二人は楽しそうに歩いている。
そうこうする内に、にぎわいの声が近づいてくる。皆が集う食堂は、すぐそこだった。




