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鈴鹿御前と悪路王

 月の夜。静けさの支配する山の中に、無骨な音が鳴り響く。

 荒々しく無遠慮な、重く激しい衝突音。金属と金属のぶつかる音が、静寂の訪れを拒むかのように鳴り続けている。

 それは、太刀打つ音。刃と刃が交差する、剣戟の響き。力と力、技と技とがぶつかり合う、戦いの音だった。


 鈴鹿と悪路王、二人の戦いは続いていた。

 始まりの一太刀から、一体どれほどの時間が経ったのか。頭上に輝いていた月は、大きく西へと傾き、今や山の陰に隠れる寸前となっている。

 朝が近い。そんなことを感じさせる光景だが、空はまだ暗いまま。東を見ても、日の出はおろか、明るい気配すらなく、まだまだ夜の支配が強いことをうかがわせる。

 しかし、そうは言っても、夜を数え戻るよりは朝に進んだ方が早い頃。その至りが、十分や二十分であるはずもなく、相当な時間が経過していることは明らかだった。

 その時間、およそにして数時間。始まりの一太刀から、数時間である。

 それほどの時間が経ちながら、二人の戦いは続いていたのだ。いや、それほどの時間を、二人は戦い続けていたと言うべきか。

 なぜならば、今も続く戦いは、数時間続く戦い。始まりから今に至るまで、途切れることなく続く戦いなのだから――。

 事実、この数時間、剣戟音が途絶えたことはなかった。

 時に重く、時に細かく、

 時に激しく、時に軽やかに、

 けたたましいほどの金属音を立てて、山野に響き続けていたのである。

 そして、止むことも、休むこともないその響きの元、刃を交え続ける二人の姿は、まるで休息という行為を知らないかのようであった。

 もちろん、そこに、というものが生じることはある。しかし、それもほんの一瞬。まばたきする間に、たいを替えわざを替えの激しい斬り合いが、再び始まるのである。

 しかも、今になっても、その動きに一切の衰えは見えず、それどころか、どんどんと激しさを増している。

 人間はおろか、妖怪からしても、尋常の域をはるかに超える。

 それが、『戦姫せんき・鈴鹿御前』。

 それが、『戦鬼せんき・悪路王』。

 それが、畏怖と畏敬から『鬼神』とも呼び称される者たちの戦いなのであった。


 鈴鹿と悪路王、二人の鬼神の戦いは続く。激しさを増すばかりで、一向に収まる気配を見せないその様子に、見る者がいれば、いつまでも終わらないように思っただろう。

 その時だった。

 一際、大きな激突音が響いたかと思うと、不意に音が止む。しばらくしても、音はそのまま、辺りは今までが嘘のように静まり返っていた。

 見ると、二人は構えたまま、互いに大きく間合いを取って立っている。

 悪路王は、面具から洩れる息が少し大きくなっていたが、さほど疲れた様子はない。

 それは、鈴鹿も同様。一瞬でも気を抜けば、即ち死であるような戦いを何時間も続けていたとは、到底思えない様子だった。

 構えを解かず、悪路王が言う。

「いや、本当に強くなられた。この私が、満足に押し込むことができないとは」

「そっちこそ、急な借り物の体でよくやるよ。(本当、戦いに関してのセンスは恐ろしいわね)」

「まあ、結構ぎりぎりだがね」

「そう。なら、どうする? 戦いは終わりにして、おとなしく帰る?」

「まさか。時間一杯、楽しませてもらうよ」

「承知した。それなら、ここからは戦法を変えさせてもらう」

「うん?」

「ここから先は、三人の私が相手をする」

 鈴鹿がそう言うと、大通連と小通連が彼女の元を離れ、悪路王を囲むように位置を取る。

「ほう。ここまで、できるようになったか」

 悪路王は、感心した。

 大通連、小通連に自分の動きを覚えさせることは簡単だ。一度振るえばその通りに動いてくれるのだから。

 だが、連携を取るとなると、そうはいかない。鈴鹿の動きを把握し、もう一つの剣の動きも把握し、自分が動かなくてはいけないからだ。これができるようになるには、ありとあらゆる鈴鹿の動きを教え込ませ、自動で判断できるようにしなければならない。

 昔、悪路王と戦っていたときは、せいぜいが鈴鹿の動きを追従するだけで、むしろ鈴鹿の方が剣の動きに合わせて動いていた。しかし、今は鈴鹿の動きに剣が合わせている。先程の洗練された連係攻撃にも悪路王は驚かされたが、これにはそれ以上の驚きがあった。

 つまり、先ほどの鈴鹿は、鈴鹿一人が三本の剣で戦っているような状態に近い。二刀流のようなものである。それに比べて、今度は一刀流の鈴鹿を三人相手にするということなのである。動きはさらに複雑に、攻撃の厳しさも増すことが予想された。

「あたしと、他二名なんて考えてたら死ぬからね! あたしが三人いると思いなさいっ!」

 その忠告と同時に、鈴鹿は動き出した。

 顕明連を持った鈴鹿、大通連、小通連が正三角形を形作るように悪路王へと向かう。その速さに乱れはなく、三つを頂点とした三角形は全く崩れない。

(これは、いかんな)

 悪路王は、視線を巡らし三つの動きを見るや、その危険性を瞬時に把握する。受け身になっては負けると判断し、飛び出した。小通連へと向かい、これを弾き飛ばす。

 大通連、小通連は、宙に浮いている分、動きが軽い。攻撃に重さを乗せることはできても、防御では鈴鹿ほど踏ん張ることはできないのだ。

 そこを利用して、同時攻撃の一角を崩す。しかし、すぐに小通連は動きを取り戻した。だが、その時には、悪路王は次の行動に移っている。鈴鹿を目掛けていた。

 しかし、目指す鈴鹿の元には、大通連も待ち構えていた。小通連へと向かう悪路王を見て、対応したのである。

 大通連が先に、その後ろに鈴鹿が続く。そして、悪路王の背後には、体勢を立て直した小通連が迫っていた。

(ぬう。やってくれるッ!?)

 このまま大通連と切り結べば、その間に鈴鹿と小通連が追い付き、三刃を同時に相手にすることになってしまう。

 そこで、悪路王は横に大きく進路を変える。そして、三刃がこちらへ向かって来ようとした時、すかさず大通連へと突っ込みその刃を弾き飛ばした。

 正面からの三つの角度からの攻撃であっても、それが同じ方向から繰り出されたものであれば対処はできる。しかし、死角を含めた三方向からの同時攻撃は、いくら悪路王でも対処は難しい。それを防ぐためには、常に動き続け、一対一、もしくは一対二の状態へ持ち込むのが得策と思われた。

 それは、先程までの剣捌きの戦いから、いかに動き、自分に有利な状況を作り出せるかという戦いへと変化したということだった。

(しかし、動き自体は本当に、鈴鹿殿を三人相手にしているようだ)

 悪路王は決して気を緩めず、感嘆していた。

(大小が軽いおかげで何とか戦えているが、厳しいな……)

 大通連、小通連をうまい具合に弾き飛ばし、鈴鹿へと向き直る悪路王。

(だが、それでこそ戦い甲斐があるというものよ!)

 そして、渾身の一刀を鈴鹿へと振り下ろす。

「そうだろう。鈴鹿殿っ!」

「何がっ!」

 悪路王の重い一撃を何とか受け止めつつ、鈴鹿も叫んだ。

 無防備な悪路王の背中に大小が向かうが、その前に、悪路王は離れる。その時に、笑い声をあげていた。

「ハハハッ、楽しい。楽しいなあ、鈴鹿殿っ!」

「ふん」

 悪路王を追う鈴鹿は、肯定の言葉は発しない。しかし、その顔には笑みを浮かべている。悪路王には、それだけで十分だった。



 剣戟は鳴り続け、どれほどの時間が経ったのか。

 月は西の空へと沈みかけ、東の空が明るくなりはじめている。

 鈴鹿と悪路王にも、さすがに疲れが見え始め、互いに広めの間合いを取ることが多くなっていた。

 鳥が飛び始めた空を見て、鈴鹿が言った。

「そろそろ、終わりかな?」

 その言葉に、悪路王は、ちらりと東を見る。紅に染まり始めた空は、今にも太陽が顔を出しそうであった。

「ああ、そろそろ限界かな」

「じゃあ、どうする。もう、やめにする?」

「そうだな。では、これを最後としよう」

 そう言うと、悪路王は深く息を吐き、大太刀を構える。それは、前に見た右脇へと太刀を流す構えではない。左足を前に、右肩に大太刀を乗せた構えだった。

 悪路王がこの構えを取った時は、横薙ぎに斬るという宣言である。間合いに入れば、最も避けることが難しい技であり、悪路王の決め技の一つでもある。見せ掛けの場合も有り得るが、今この時にそれはない。鈴鹿は、そう確信していた。

「いいね、受けて立とう。大小は、手出し無用だよ!」

 鈴鹿の声に、大通連と小通連はピタリと動きを止める。そして、正眼の構えを取る鈴鹿の後ろまで、下がっていった。

「顕明連のみで防ぐというか。どれほど腕を上げたとて、刀一本で防げるものではないと知っていよう」

「ふふん。やってみないと分からないでしょうが」

 自信ありげな鈴鹿に、悪路王は少しばかりの憤りを見せる。

「いいだろう。そこまで言うのなら、止めはしない。だが、死んでも知らんぞっ!」

 そう叫ぶと、悪路王は一気に飛び出した。その勢いに疲れなど見えず、今日一番の速さで、鈴鹿へと向かっていく。

 鈴鹿もそれに合わせて、飛び出していた。こちらの速さも疲れを知らず、真っ直ぐに、悪路王へと飛んでいく。

 それに驚いたのは、悪路王だ。この攻撃に対する方法は、避けることだけ。仮に刀で防いだとしても、それごと体を上下真っ二つにされるか、強烈に吹き飛ばされるかのどちらかだからだ。普通ならば避けることを選び、その場に留まって息を合わせて待つのである。

 鈴鹿も、以前はそうしていた。

 それが、どうだ。余程の自信があるのか、自分に向かってきているのである。悪路王の驚きは、大きかった。

(だが避けるにしても、飛ぶか、しゃがむか、後ろへ下がるくらいだろう。ならば、その瞬間を斬る)

 悪路王は蹴り足に力を入れ、一段速度を上げる。

 それに反応した鈴鹿は、刀を少し動かした。

 それを避ける動作だと察した悪路王は、さらに一段階、速度を上げた。

(なんッ!)

 それに驚いたのは、鈴鹿だ。まさか、もう一段階速くなるとは思っていなかったのである。

(くッソ!)

 目の前に迫る悪路王の姿。その大太刀は、すでに鈴鹿の左脇腹に達しようとしていた。

 鈴鹿は、迫る大太刀と自分の体の間に顕明連を差し込むと、その峰を左腕で支える。そして、側転の要領で両足を跳ね上げた。

 直後。大太刀が顕明連に届き、轟音を上げる。鈴鹿の体は、顕明連と共に打ち上げられたかに見えた。

 しかし、そうはならなかった。体を跳ね上げていたおかげで、その場で回転をするに留まったのである。

 宙を回転する鈴鹿。見事、大太刀をやり過ごすことに成功したが、その勢いを殺しきれず、地面までに二度、三度、さらに着地をしても転がりは止まらない。

 悪路王は、その光景を驚愕の表情で見ていた。思いもしない、いや、思いついても普通は実行しようとしない避け方だからだ。少しでも合わせを間違えれば、体は真っ二つ。それほどに危険なのである。しかも、それを自分相手に行ったのだ。驚かないわけがなかった。

 あまりのことに、悪路王は呆気にとられていたが、それも一瞬。鈴鹿が地面を転がっているのを見ると、即座に気を取り直し、鈴鹿目掛けて一刀を振り下ろす。

 鈴鹿も、転がる勢いを何とか抑え、悪路王に立ち上がりざまの一刀を振り上げる。

 二人の刃が重なるかと思われた、その時だった。東の空に、太陽が顔を覗かせたのは――。

 その瞬間、二人の戦いは終わる。刃は重なることなく、悪路王と鈴鹿は止まっていた。

「ここまでか、……」

 そう言って、悪路王は太刀を収める。

 鈴鹿もゆっくりと立ち上がり、大きく息を吐いて言った。

「引き分け……、かな?」

「いや、あれを避けたのだから、鈴鹿殿の勝ちのようなものだ」

「何、言ってるの。あれ、本当はきれいに着地して、首元に切っ先を突きつけるつもりだったんだよ。それをまあ、見事にタイミングをずらされて、防御するので精一杯。おかげで地面を転がったんだから、引き分けでしょ」

「そうか。そう言って貰えると、こちらも面目が立つ」

 悪路王は、どっかと、その場に座り込む。

「しかし、厳しかった。腕を上げたな、鈴鹿殿」

「まあね、鍛練は欠かしていないもの」

 烏帽子を取り、鎧から解放された鈴鹿が言う。ほどいた髪は汗に濡れ、艶やかに日の光を映していた。

 その姿に見蕩れる悪路王。彼は、戦う鈴鹿の姿が好きであった。女神と讃えられる美しさを持ちながら、いざ戦闘になれば鬼神と恐れられるほどの強さを見せる。強さと美の共存こそが鈴鹿の魅力だと、彼は考えていたのである。

 しかし、それ以上のものが、戦い終えた後に見せる色香であった。首筋を流れる汗、まとわりつく長い髪、それらが妙に色めかしく、鈴鹿の姿を引き立てるのだ。

 鈴鹿は気づいていないが、その姿を見るために、悪路王は彼女と戦ったと言っても過言ではなかった。

「いやあ、降りてきた甲斐があったという物だ」

「何が?」

「いや、こちらの話よ」

「ふ~ん?」

 鈴鹿は、光球を呼び寄せるとタオルを取出し、汗を拭いていた。

 悪路王は、すべてに満足すると鈴鹿を見て言った。

「では、帰るよ。何か、あちらに伝えることはあるかな?」

「うん? ああ、そうね……。まあ、元気でやってるって伝えておいて」

「軽いなぁ。そんなので、いいのか?」

「いいよ。十分」

「そうか。承知した」

 悪路王は、座したまま両の拳を地面に付き、頭を下げる。

「好い戦いであった。また機会があれば」

「そんな度々来られても困るけど――」

「ハハハッ。確かに、そうだ」

「まあ、機会があればね」

「うむ」

 そして、悪路王は背筋を伸ばし、言った。

「では、さらばだ」

 静かに目を閉じる悪路王。次の瞬間、その体は前へと倒れる。

「おっと」

 寸での所で鈴鹿が抱き留めると、鎧武者の体は酷く軽い。息もか細く、絶え絶えといった感じである。

 何事かと思い、鈴鹿は男を寝かせ、兜と面具を取ると、ぎょっとした。

「これは、……」

 現れた男の顔は、酷くやつれ、ほぼ骨と皮だけになっていた。髪も白くぼさぼさとしており、まるでミイラのようだ。ただ、一往は生きているらしく、干からびた唇の隙間から「ひゅーひゅー」と隙間風のような呼吸音が漏れていた。

「本物の悪路王の魂に、肉体が耐えられなかったのか」

 そう。強大な力を受け入れるにしては、器が貧弱すぎたのである。通常ならば、許容量を超える水を入れられれば、器からこぼれるものだが、無理をしてすべてを収めたために器が壊れてしまったのだ。

「自分で蒔いた種だ。仕方がない。悪路王を名乗ったのが、運の尽きだったんだよ」

 鈴鹿は、憐みの眼で男を見る。

 男は何も動かない。水気を失った瞳で虚空を見つめ、ただ悲しく息を漏らしているだけだった。


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