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悪女と呼ばれて処刑されたので、二度目の騎士学校では婚約者ではなく幼馴染を選びます  作者: 榊いおり


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第五十一話 「公爵の言い分」

 朝、写しを三通、封に入れた。


 帳面の、監察官の口頭指示の頁。一週間前の廃棄の指示、上には行くなという指示、夜明けの焼却炉の指示。三つとも、日付と時刻と立会の名を添えて、同じ文面で三通に写した。

 一通は主計課へ。ヴェラが受領の帳面に書き、時刻を二度書いた。一通は学校の記録係へ。門の詰所から出る学校の使いに託し、詰所の帳面に託した時刻を書いてもらった。一通は公爵邸へ。


 公爵邸の分は執事に渡した。


 執事は回廊の柱の風上に立っていた。わたくしが来るのを待っていたのだと、立ち方で分かった。封を渡すと、彼は受け取り、懐に入れ、それから言った。


「旦那様が、お一人で、とのことです」


 お一人で。ノエルを連れずに、という意味だった。


 屋敷の書斎は暖かかった。


 玄関で、執事が外套を受け取った。受け取りながら、何も言わなかった。言わない深さが、今日は一番深かった。廊下の母の肖像の下で、空の時計の台が、暖炉の光を受けていた。台の上の埃は今日も払われている。払う人がいる。十年、毎日。

 父は机の向こうにいた。机の上に、帳面が一冊だけ出ていた。他の帳面は棚に戻されている。出ている一冊は、古かった。角が丸く、背の布が褪せている。父の帳面ではなかった。父の帳面は革の背だ。


 わたくしが椅子に座ると、父はその帳面を閉じた。閉じて、机の抽斗に入れた。


「学務監から、直接、言われた」


 前置きは無かった。


「公爵家の娘が騎士団の帳面を漁っている。二十三箱を主計課に運び込んだ。監察官の指示に背いた。学務監室の預かりに手を出そうとしている。それを、笑いながら言われた」


 父は机の上で手を組んだ。


「査閲の席で婚約を公表しなければ、公爵家は学務監と対立する形になる。学務監は三代だ。騎士団の中で、あの家と対立して得をする家は無い」

「父上」

「聞かん」


 短かった。


「お前の言い分は、査閲の日に聞く。クルト殿がそう言った。あの男の言葉を、私は採る。今日は、聞かん」

「一つだけ」

「聞かん」


 二度目の、聞かん。

 わたくしは口を閉じた。閉じて、父の顔を見た。父はわたくしを見ていなかった。抽斗を見ていた。閉じた帳面の入った抽斗を。


「お前は、母に似てきたと言った」

「はい」

「似すぎている」


 父は立ち上がった。立ち上がって、窓のほうを向いた。書斎の窓からは、門は見えない。


「母は、私が聞かなかった回数を数えていた。数えて、私に見せなかった。死んだ後に、あの帳面が出てきた」

「……」

「三百と十二回。八年で」


 わたくしは息を止めた。


「お前が今日、私に何を言おうとしたか、私は聞かない。聞かない回数を、お前も数えるだろう。数えて、私に見せないだろう。それが嫌なら、査閲の日に、全員の前で言え」


 父は、窓を向いたまま、言った。


「帰りなさい」


 それだけだった。


 坂を下りた。


 雪は止んでいて、風だけがあった。風は坂を上ってくる。上ってくる風の中を下りると、外套が前に膨らむ。膨らんだ外套を両手で押さえながら歩いた。押さえる手が今日は塞がっていた。塞がっていると、時計を握れない。握れないまま、坂を三つ下りた。

 一人だった。一人で歩く坂は、二人で歩く坂より長い。白いところを歩いた。歩きながら、数えた。今日、父はわたくしの言い分を聞かなかった。一回。母の帳面に、書き足すとしたら、三百と十三回目だ。

 書き足さなかった。書き足す帳面は、抽斗の中だ。抽斗の鍵は父が持っている。


 聞いてもらえない。

 一度目と、同じだ。同じなのに、今日は、聞かない人の理由を、聞かない人が自分で言った。三代の家と対立する。母に似すぎている。三百と十二回。理由を言って、聞かない。理由を言わずに聞かないより、それは、少しだけましだった。ましだと思えることが、悔しかった。


 塔に戻ると、ノエルが階段の下にいた。


 空になった階段の下。埃の薄い四角が二十三。彼はその真ん中に座っていた。座って、わたくしの顔を見て、立ち上がった。


「聞かれなかったか」

「はい」

「そうか」


 彼は、それ以上、訊かなかった。訊かない代わりに、隣に立った。隣に立って、しばらく、何も言わなかった。


 それから、言った。


「言う」


 わたくしは彼を見た。


「稽古場の裏で、あいつに言われたことだ」

「ノエル」

「お前が決めるまで言わないと言った。でも、公爵が聞かなかったなら、お前の決めることに混ざるものが、一つ減った。減った分、俺の分を足す」


 彼は七段目の板を見た。緩んでいなかった。


「推薦を出す、と言われた。白い欄を埋めて、判を押して、評価簿に写す。卒業を待たずに騎士団へ。家の借りは、それで返せる」

「……代わりに」

「二十三箱を焼け、と。俺がお前を説得しろ、と。お前は俺の言うことなら聞くだろう、と言われた」


 わたくしは息を吐いた。吐いた息が白かった。


「それで、書面で、と」

「言った。あいつは書かなかった。だから、無い。無いから、俺は断ってない。断る必要も無かった。書いてないものは、受けられない」


 彼は少しだけ笑った。


「お前のやり方だ」

「はい」

「使わせてもらった」


 わたくしは、笑おうとして、失敗した。失敗して、代わりに、袖を掴んだ。掴んで、離さなかった。


「なぜ、今、言うのですか」

「ひとりで決めないと言ったのは、俺のほうだ。お前じゃない。秋に、俺が言った。それを、俺が破ってた」


 彼は掴まれた袖を見た。見て、何もしなかった。


「お前がひとりで決めるなと言って、俺がひとりで抱えてた。同じことだ。同じことを、俺がやってた」


 同じことを、違う人が、違う理由でやる。この一箇月、何度も見た。今日は自分の隣で見た。


「推薦は」

「要らない、と決めた。今日、公爵がお前を聞かなかったと聞いて、決めた」

「なぜ」

「お前を聞かない奴に、俺の評価を決めさせたくない」


 そういう理由だった。理由になっていないようで、なっていた。


「明日、稽古場に来い」

「稽古場」

「クルトに、立ち合いを申し込まれた。三本。あいつは、いい奴だ。だから、受ける」


 わたくしは袖を離した。離して、頷いた。


「見ています」

「見てろ」


 夜、帳面に書いた。


 父、聞かず。三百と十二回。理由あり。

 ノエル、推薦と引き換えに説得を求められる。書面で、と言い、無い。推薦、要らないと決める。

 明日、稽古場。三本。


 書いてから、一行、足した。

 聞かれない日に、聞かせてくれる人がいた。


 書いた一行を、わたくしは消さなかった。消す必要が無いと思った。

 父は、聞きませんでした。ただ、聞かない理由を自分で言いました。母が数えていた回数も。

 ノエルが、稽古場の裏で言われたことを言いました。ひとりで決めないと言ったのは自分のほうだった、という理由で。

 明日は稽古場です。ひとりで抱えていた側が先に折れるのが効いた方は、☆をひとつどうぞ。

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