↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪女と呼ばれて処刑されたので、二度目の騎士学校では婚約者ではなく幼馴染を選びます  作者: 榊いおり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
39/60

第三十九話 「非公開、という言葉」

 朝、閲覧の願いをもう一枚書いた。


 宛先は学務監室。文面は昨日と同じで、預かり先が監察官室である旨と、その裁量が非公開である旨を、そのまま書き添えた。非公開である、と書くと、非公開であることが記録になる。断られたことを書くのは、断られたことを無いことにしないためだ。


 学務監室の書記は、昨日と同じ紙を持って呼びに来た。署名は無く、印だけ。わたくしは帳面に、呼ばれた時刻を書いてから、東の回廊を歩いた。


 部屋は暖かかった。暖炉が二つとも燃えていて、窓の光が床に長く伸びている。ザイデルは同じ机の向こうにいて、同じ椅子を引いた。今日は椅子が暖炉から少し離れていた。離した理由は分からない。分からないことは、書かないでおく。


 回付簿の写しの件ですね、と彼は言った。監察官から聞いたと。非公開だと。わたくしが口を開く前に、用件のほうが先に着いていた。この部屋には記録係の机が無いのに、話だけは速く届く。届いた話がどこに置かれるのかは、届いた本人にも分からない。


 彼は微笑んだ。柔らかい笑みだった。


「あなたの言い分は、聞きました。監察官の言い分も、聞きました。どちらも、聞きました」

「学務監様は、どちらの言い分をお採りに」

「規程です。監察官室が預かるものは、監察官室の裁量で扱う。私はそれを変える立場にありません」


 聞きましたが、規程です。

 聞いた、と言う。聞いたと言うだけで、聞いたことが何かを動かすことは無い。動かせないのではない。動かさない。動かさないことを、この人は「聞く」と呼んでいる。


 七年前にこの職に、と確かめると、彼は頷いた。その前はどちらに、と訊いた。


 微笑みが少しだけ形を変えた。変わったのを、暖炉の光のせいだと思うこともできた。思わなかった。


「主計課におりました。課長を、三年ほど」

「主計課」

「はい。数字の仕事です。今より静かでした」


 わたくしは礼を言って、部屋を出た。出るとき、書記の机の無い床を見た。床は磨かれていて、机の脚の跡は無かった。最初から、無かったのだ。少なくとも七年は。


 塔に戻る途中、宿舎の前に人が立っていた。


 公爵家の執事だった。外套の肩に雪を載せたまま、回廊の柱の陰で待っていた。柱の風下ではなく、風上に立っていた。風上に立つのは、通る人から先に見える位置だ。見つけてほしい人の立ち方だった。わたくしを見ると、頭を下げた。深さは屋敷のときと同じだった。

 旦那様からのお言葉を、と彼は言った。どうぞ、と答えた。


「公爵家の娘が騎士団の帳面を漁っている、という話が、王都で出ております」


 彼は淡々と言った。言いにくいことを、言いにくい顔をせずに言う人だ。


「旦那様は、体面のことを申しております。年末の査閲には、旦那様もお出になります。その席で、あの方をお引き合わせになるおつもりです」

「あの方」

「お名前は、私からは申し上げられません」


 執事はそこで少しだけ間を置いた。


「旦那様は、お嬢様が数えるのを止めろとは仰いませんでした。ただ、数えているところを、人に見せるなと」


 わたくしは、その言葉を、何度か頭の中で繰り返した。止めろ、とは言わない。見せるな、と言う。


 父は昨夜も遅くまで書斎に、と訊いた。執事は、少し間を置いて、はい、と答えた。


 彼は頭を下げて、坂のほうへ戻っていった。背中に雪が積もっていた。積もった分だけ、長く待っていたのだと分かった。


 塔ではノエルが七段目の板を見ていた。


 塔の中は、朝より箱が増えて、歩ける場所が狭くなっている。一階の帳面はあと二棚ぶんで終わる。終わったら、ブラントは次の指示を口頭で出すだろう。出された指示を書く帳面は、今日で四頁目に入った。

 昨日噛ませた端切れが、少し緩んでいる。彼はそれを叩き直しながら、わたくしの顔を見た。見て、何も訊かなかった。訊かない代わりに、板を叩く音が二度、余計に鳴った。


「学務監は、聞きましたが規程です、と」

「そうか」

「執事が来て、父は体面のことを言っていると」

「そうか」

「年末の査閲で、会わせたい者を引き合わせると」


 叩く音が止まった。


「……そうか」


 三度目のそうかは、前の二つより長かった。彼は端切れを足で押し込み、立ち上がった。立ち上がって、階段の上を見た。上には行かないように、と言われた階段だ。


「レティシア。俺は今、何を言えばいい」

「何も」

「何も、か」

「言ってほしいことは、ございません。ただ」


 言いかけて、やめた。やめたことを、彼は見ていた。見ていて、何も言わなかった。この人の黙り方は、いつも同じ形をしている。同じ形なのに、今日だけ、少し違って見えた。


 夕方、一班の生徒が塔に来た。


 巡回の帰りらしく、外套が湿っていた。彼は扉の内側で足を止め、クラリスとジョゼットのほうを見て、それからわたくしのほうを見た。


 評価の話だけど、と彼は前置きした。稽古場で型を打つとき、いつも列の一番端にいる生徒だ。端にいる人は端から全体が見える。


「うちの班の分、もう書かれてる。稽古場の教官が、今日の型の分を書いて、監察官室に回した。監察官が判を押して、評価簿に写す」

「三班の分は」

「……白い」


 白い。彼は言いにくそうに、それだけ言った。


「稽古場の教官は、三班の分も書いてる。俺、見た。だけど監察官室から評価簿に写った分が、三班だけ、無い。欄が空いてる」


 双子が同時にこちらを見た。同時に見られると、答えなければならない気がする。答えは無かった。


「監察官が、写していない」

「たぶん。判が無いから。姉が言ったんじゃなくて、今のは私」

「妹が先に言いました」


 いつもの言い合いが、今日は少し弱かった。


 ノエルは階段の下で箱の数を数えていた。数え終えたのは、ずっと前だ。数え終えてから、彼はもう一度、最初から数えていた。

 推薦は評価で決まる。評価は監察官が写す。写さなければ、白い。白い欄は無い欄と同じだ。


 夜、宿舎の机に向かった。


 今日書けたのは、三つの言葉だった。

 非公開。聞き置く。体面。

 三つとも形が同じだった。聞かれないのではない。聞かれて、閉じられる。一度目に聞かれなかったのと、どちらが、と考えて、考えるのをやめた。比べても、どちらも残らない。


 帳面の頁を、一枚めくった。明日の頁だ。白い。

 白い欄は、無い欄と同じだと、今日分かった。ならば、白いうちに書けばいい。書く人がいれば、白くはならない。


 誰が。わたくしが。

 ただ、わたくしの帳面には、評価簿を写す力は無い。


 ミレイユが寝台から顔を上げた。


「レティシア様。昼の使いの人、今日も三つでした」

「東で、減らずに」

「減らずに。それと、一つ増えてました。戻りに、四つ」


 増えていた。

 東から、何かが出てきている。出てきたものが、どこへ行くのか。数だけを覚える人の目が、まだ何かを見ている。


 わたくしは、明日の頁に、最初の一行を書いた。四つ。それだけ書いて、灯りを消した。

 非公開、聞き置く、体面。この回で出てくる三つの言葉は、どれも「聞いた上で閉じる」ための言葉です。レティシアにとって、聞かれないことより慣れていない種類の壁です。

 昼の使いの封が増えていました。行きは三つ、帰りも三つ。今日は四つ。数だけを覚える人が、それを覚えています。

 数える人がもう一人いると分かったところが面白かった方は、☆をひとつどうぞ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。