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悪女と呼ばれて処刑されたので、二度目の騎士学校では婚約者ではなく幼馴染を選びます  作者: 榊いおり


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第二十四話 「公正な教官」

 監査は、入った。そして、何も変わらなかった。


 王都から来た監査官は二人で、三日いた。書類を見て、事務長に話を聞いて、帰った。

 わたくしは呼ばれなかった。書面を出した本人が、一度も呼ばれなかった。


「監査は書類を見るものだからね」


 事務官はそう言った。


「書いた人には訊かないのですか」

「書類が揃っていれば、訊く必要が無いんだよ」


 揃っていた。

 代筆欄は、この十日で全部埋まっていた。


 わたくしは名簿の写しを閲覧して、それを確かめた。あとから足された六行の下に、小さく「代筆・F・ハイム」と書き足されている。五年分すべてに。

 書き足したのは、たぶん監査の前日だ。


 不備は、直された。直せば、不備が無かったことになる。廊下で、上級生が話しているのが聞こえた。


「監査、何もなかったってさ」

「だろうな。ハイム教官がそんなことするわけない」

「一年の公爵令嬢が騒いだんだろ。実技で目をつけられたとかで」


 そういう話になっていた。なるだろうと思っていたのに、実際に聞くと足が重くなった。

 噂は、こちらの言い分を聞かない。聞かないまま形になって、聞かれないまま残る。一度目にわたくしを石畳の上へ座らせたのも、この速さだった。


 事実は四十七行あって、噂は一行で済む。速さが違う。


 昼、ミレイユが厨房から戻ってきた。顔が固かった。


「レティシア様。事務室に呼ばれました」

「何と」

「入学の書類を、もう一度確かめるって」


 わたくしは、椅子の背を掴んだ。


 来た。

 自分で予想した通りのことが、予想した通りの順序で来ている。仕組みを暴くと、仕組みに使われた人が先に落ちる。


「ミレイユ。ほかに何か言われましたか」

「代筆の書類は無効になることがあるって」

「誰がおっしゃったの」

「事務長さんです。ハイム教官も、隣にいました」


 わたくしは目を閉じた。


 巧い。

 代筆欄を埋めたのはハイムだ。埋めたことで、「代筆で入った生徒」が公式に六名ずつ、五年分、存在することになった。

 そして、代筆の書類は無効になりうる。


 自分の不備を直すことで、生徒二十数名を人質に変えた。

 直す、という言葉がこういう使われ方をするとは思わなかった。直されるたびに、こちらの手が一枚ずつ減っていく。


「レティシア様」

「はい」

「わたし、帰ることになるかもしれません」


 ミレイユは、いつもの平らな声で言った。


「帰る前に知りたいって、言いましたよね。もう知ったので、大丈夫です」

「大丈夫ではありません」

「でも」

「大丈夫ではありません」


 二度言った。


 彼女は少し驚いた顔をして、それから黙った。


 その日の昼、わたくしは名簿に書き足された生徒たちの名前をもう一度見返した。


 手帳に写した二十数名。四年前の三名、三年前の四名、二年前の五名、去年の六名、そして今年の六名。その中に、ひとつだけ引っかかる名前があった。


 三年前に辞めた「エルサ・グレンヴィル」。グレンヴィル。わたくしは事務室へ走った。


「事務官様。三年前のこの方は、どちらのご出身でしょう」

「ええと……グレンヴィル男爵領だね」


 息が止まった。


 グレンヴィル家は十年前に領地を手放している。三年前には、もう領地は無い。無い領地の出身者が、名簿に載っている。


 この名前を、ノエルに見せることになる。

 見せたときに彼がどんな顔をするかを、わたくしは先に想像してしまった。想像したことが、少し後ろめたかった。


「事務官様。この領は、今は」

「オルセン商会が持ってるよ。商家が領地を持つのは珍しいけどね」


 線が、また一本つながった。


 名簿を書き換えるには、実在する家の名前が要る。誰も確かめない家の名前が。誰も確かめない家というのは、消えた家のことだ。


 わたくしは礼を言って、事務室を出た。廊下の途中で足を止めた。


 消えた家の名前で、生徒を入れている。だとすれば、家を消すこと自体が、この仕組みの一部だ。


 グレンヴィル家は、気づいたから消されたのではない。消すために、気づかせたのだ。


 そこまで考えて、わたくしは頭を振った。考えすぎだ。今は、証拠のあるところまでで止める。


 その日の午後、わたくしは学長室の面会を申し込んだ。


 三日待たされた。三日目の夕方に、ようやく通された。学長は書き物机の前にいた。前より小さく見えた。


「ヴァルトハイム嬢。監査の結果は聞いているかね」

「不備は是正された、と伺いました」

「そうだ」

「不備が是正されたので、その不備によって入学した生徒の資格が問われております」


 学長の羽根ペンが止まった。


「……そうなっているのか」

「事務長より、代筆の書類は無効になりうると通告された生徒がおります」


 彼はしばらく黙っていた。


「学長。お願いがございます」

「言いなさい」

「書面を一通、いただきたいのです」


 わたくしは、あらかじめ用意した紙を出した。


「文案は書いてまいりました。内容は二行です。ひとつ、代筆によって入学した生徒の在籍は有効であること。ふたつ、代筆欄の記載漏れの責は事務側にあり、生徒に及ばないこと」


 学長は紙を受け取り、読んだ。


「これは、私が署名すれば効くのかね」

「効きます。学長の署名がある書面は、事務長の通告より上です」

「……なぜ、そこまで知っている」

「規程を読みました」


 彼はわたくしを見た。老いた目だった。


「ヴァルトハイム嬢。君は、何を守ろうとしている」

「生徒です」

「ハイム君を、罰したいのではないのかね」


 わたくしは、少し考えてから答えた。


「罰したい気持ちはあります。ただ、罰は後です」

「後」

「先に人を降ろさないと、盤が動かせません。盤の上に人が乗ったまま盤をひっくり返すと、落ちるのは人です」


 学長は、紙を机に置いた。しばらく指で縁を撫でていた。


「私は、三十年ここにいる」


 彼は言った。


「そのあいだ、何度か、何かがおかしいと思ったことがある」

「……はい」

「そのたびに、書類は揃っていた」


 羽根ペンを取り、彼は署名した。小さな、震えた字だった。


「これで足りるかね」

「足ります」

「足りなかったら、また来なさい」


 わたくしは深く頭を下げた。部屋を出ると、廊下にフォルカー・ハイムが立っていた。


 偶然ではない。この人は、偶然の顔をして立つのが上手い。


「ヴァルトハイム嬢」

「教官」

「学長に何を」


 わたくしは、書面を隠さなかった。隠しても意味が無い。


「代筆の生徒の在籍が有効であるという確認をいただきました」


 彼は書面を見た。見ただけで、手は出さなかった。


「早いね」

「先に置いておくのが、わたくしのやり方です」

「教えたのは私だが」

「ええ」


 彼は微笑んだ。


「君は、私に似ている」


 背筋が冷えた。冷えたが、目は逸らさなかった。


「似ておりません」

「どこが違うのかね」

「あなたは、人に言わせます。わたくしは、自分で言います」


 彼の微笑みが、ほんの少しだけ薄くなった。


 部屋に戻ると、ミレイユが待っていた。


 わたくしは学長の書面を机に置き、声に出して読んだ。二行だけなので、すぐ終わった。


「これ、わたしのですか」

「あなたと、あと二十三名のものです」

「二十三名」


 彼女は書面を見つめた。


「レティシア様。その人たち、もういないんですよね」

「おります。どこかに」

「探せますか」

「探せません。連絡先が記録されていませんので」


 届け出は任意だった。任意にしておけば、探せなくなる。それも、たぶん設計のうちだ。


「じゃあ、この紙、届かないですね」

「届きません」


 わたくしは正直に言った。


「ただ、この紙があると、次の人には届きます」

「次の人」

「来年、名簿に足される六名です」


 ミレイユは、しばらく黙っていた。


「……止められますか」

「止めます」


 言い切ってから、自分の声の強さに驚いた。


 一度目のわたくしは、何も止められなかった。自分の処刑さえ止められなかった。

 今は、六名なら止められるかもしれないと思っている。それが進歩なのかどうかは、分からない。


「レティシア様」

「はい」

「わたし、来年もここにいたら、その六人に字を教えます」


 わたくしは彼女を見た。


「なぞらせるのではなく、教えるのですね」

「はい。なぞるのは、覚えたことになりません」


 その言葉を、わたくしは書き留めた。六日後に読み上げる紙の、いちばん最後に足すつもりだった。


 その夜、わたくしは懐中時計を開いた。あと六日。

 あと六日あります。公正な教官、という題をつけました。公正であることと正しいことは、この作品では別のものとして扱っています。

 学長が何を守ろうとしているのかは、まだ分かりません。

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