表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪女と呼ばれて処刑されたので、二度目の騎士学校では婚約者ではなく幼馴染を選びます  作者: 榊いおり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/23

第二十二話 「庇う人がいない場所」

 ビアンカは、来なかった。


 図書室の奥で、わたくしは半日待った。マルグリット先生が三度、様子を見に来た。三度目に「今日はもうお帰り」と言われた。


 寮の彼女の部屋を訪ねると、同室の生徒が「朝から見ていない」と言った。厨房にも、洗濯場にも、演習場にもいなかった。


 夕方、四班の生徒が教えてくれた。


「オルセンさん、教官室に呼ばれてたよ。昼前」


 昼前。

 図書室でわたくしが待っていた時間だ。


 わたくしは教官室へ向かった。扉は開いていた。中には誰もいなかった。机の上には、何も出ていない。いつもと同じだった。


 廊下を戻る途中で、足が止まった。


 誰かが、昨日のわたくしとビアンカの話を知っている。洗濯場の裏には、誰もいなかった。少なくとも、わたくしは誰も見なかった。


 見なかったからいなかった、とは限らない。一度目のわたくしを罪に落とした人たちも、たぶんそうやって聞いていた。


 その夜、ビアンカは寮に戻った。


 廊下で見かけたとき、彼女は俯いて歩いていた。声をかけると、立ち止まった。立ち止まったが、顔は上げなかった。


「ビアンカ様」

「……ごめんなさい」

「謝らないでください」

「書けません」


 彼女の声は、震えていなかった。震えるより前の段階の、平らな声だった。


「家に、話が行くそうです」

「オルセン商会に」

「はい。わたしが要らないことを言うなら、うちの取引を見直すって」


 わたくしは目を閉じた。金で潰す形だ。誰も悪者にならない形。ノエルの家に来た打診と、同じ手だった。


「わたし、家の役に立つために来たんです」


 ビアンカが言った。


「オルセンは新しい家で、貴族じゃないから。学校に娘を入れると、格好がつくって。それだけのために来ました」

「ええ」

「だから、家の取引が減るなら、わたしがここにいる意味がありません」


 筋の通った話だった。通っているからこそ、逃げ道が無い。


「ビアンカ様。書かなくて結構です」

「……え」

「書けと申し上げたのは、わたくしです。書けない事情ができたなら、それはわたくしの見通しが甘かったということです」


 彼女はようやく顔を上げた。


「怒らないんですか」

「怒って、あなたの家の取引が戻るなら怒ります」


 ビアンカの目が、少し赤かった。泣いたあとの赤さだった。


「レティシア様は、変です」

「よく言われます」

「みんな、わたしを庇うか、責めるかのどっちかなんです。庇う人は、庇ったぶん何かさせます。責める人は、責めて終わりです」


 彼女は袖で目をこすった。


「どっちでもない人、初めてです」


 わたくしは、何も言わなかった。


「あの手順書、ひとつだけ言います」

「無理をなさらなくて」

「ひとつだけです。全部は言いません」


 彼女は深く息を吸った。


「一番上に、こう書いてありました。『必ず本人に言わせること』」


 わたくしは、その一行を頭に刻んだ。必ず本人に言わせること。


 ミレイユに、自分の名前を書かせる。ビアンカに、突き飛ばされたと言わせる。辞める生徒に、一身上の都合と丸をつけさせる。


 全部、同じ一行から出ている。本人にやらせれば、やらせた人の名前は、どこにも残らない。


「ビアンカ様。ありがとうございます」

「わたし、何もしてません」

「一行、教えてくださいました」


 彼女は首を振って、自分の部屋へ入っていった。部屋に戻ると、ミレイユが起きていた。


「ビアンカさん、大丈夫でしたか」

「大丈夫ではありません」

「そうですか」


 彼女は寝台の上で膝を抱えた。


「レティシア様。わたし、ビアンカさんのこと、ちょっと分かります」

「どういうところが」

「うち、村を出るとき、司祭様に『村の名前を出すな』って言われました」


 わたくしは椅子を引いて、腰を下ろした。


「なぜでしょう」

「わからないです。でも、村の名前を出したら村が困るって言われたら、出せないので」


 同じだった。

 家が困る、村が困る、取引が減る。全部、その人自身のことではないものを人質にしている。


 人質の取り方が、うまい。うますぎて、恨む相手が見つからないようにできている。


「ミレイユ。あなたの村の名前を、わたくしは知りません」

「言ってないので」

「今も、伺いません」

「……ありがとうございます」


 彼女は膝に顎を乗せた。


「でも、いつか言えるようになりたいです」


 わたくしは、その言葉を胸に置いた。


 いつか言えるようになる。それは、たぶんわたくしが四年後に取り戻したかったものと、同じ形をしていた。


 中庭へ出ると、ノエルが石段にいた。わたくしは隣に座り、しばらく黙っていた。


「駄目だったか」

「駄目でした」

「そうか」


 彼はそれ以上訊かなかった。膝の上で、わたくしは懐中時計を握っていた。無意識だった。気づいたときには、蓋を開けていた。


「その時計、裏も開くのか」


 ノエルが言った。わたくしは手を止めた。裏蓋を開けていた。母の字と、自分の字が並んでいる。


「……ええ」

「日付が書いてある」


 隠せなかった。隠す言い訳を考える速さが、今日は足りなかった。


「ふたつある。上のは古い字だな」

「母の字です。わたくしの生まれた日です」

「下は、お前の字だ」


 彼は覗き込んでいなかった。見えた範囲で、そう言っただけだった。


「その日、何がある」


 わたくしは、答えられなかった。


 言えば、この人は傘を持つ。四年後の雨の日まで、ずっと。言わなければ、この人は何も知らないまま、人垣の後ろで剣を抜く。


 どちらも駄目だった。どちらも駄目なら、間を取るしかない。


「……何かがある日です」


 わたくしは言った。


「わたくしが、いちばん怖い日です。何が起きるかは、申し上げられません」

「申し上げられないのか、言いたくないのか」

「言えば、あなたが動きます」

「動くよ」


 彼は即答した。


「動くに決まってる」


 わたくしは、膝の上の時計を見た。


「だから、申し上げられません」


 長い沈黙があった。夜の風が、若葉を鳴らした。


「レティシア」

「はい」

「その日、俺はどこにいればいい」


 息が止まった。


 彼は、何があるのかを訊かなかった。どこにいればいいか、だけを訊いた。


「……なぜ、それを」

「お前が言えないことは、聞かない。でも、居場所くらいは決めさせろ」


 わたくしは、時計の蓋を閉じた。かちり、と音がした。


「近くにいてください」


 言ってしまってから、自分で驚いた。


 遠ざけるべきだった。四年、ずっとそう決めていた。決めていたのに、口から出たのはその言葉だった。


「分かった」


 ノエルは、それだけ言った。訊き返しもしなかった。わたくしは膝を抱えて、しばらく星を見ていた。


 明日、証言は取れない。取れないまま、進むしかない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ