↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪女と呼ばれて処刑されたので、二度目の騎士学校では婚約者ではなく幼馴染を選びます  作者: 榊いおり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/25

第十話 「剣術試合の前夜」

 棄権の理由を、わたくしは知らなかった。


 一度目、わたくしはノエルの棄権を「聞いた」だけだ。誰かが食堂で話しているのを聞いて、そうなのかと思って、それきりだった。彼が四年後に剣を抜くまで、わたくしはその名前を口に出したことすらない。


 だから、調べた。


 試合の組み合わせ表は、事務室に貼り出されている。一回戦から決勝まで、名前が線で結ばれていた。ノエルの名前は右の山にあり、エイドリアンは左の山にある。二人が当たるのは準決勝だ。

 組み合わせは籤で決まる。籤は試合の三日前に引く。今年はまだ引いていない。


 つまり、一度目とまったく同じ組み合わせになるとは限らない。

 なのに、わたくしの記憶では二人は準決勝で当たった。当たって、棄権した。


 偶然にしては、できすぎている。


「レティシア様、こんなところで何を」


 双子の姉のほうが、廊下の角から顔を出した。


「組み合わせを見ておりました」

「まだ籤引いてませんよ」

「ええ。引く前に、去年と一昨年の表を見たくて」


 事務官に頼むと、去年の表が出てきた。一昨年のも。わたくしは三年分を並べて、目で追った。そして、気づいた。


 三年とも、決勝に残っているのは同じ家の名前だった。ロシュフォール、ヴァレンス、ロシュフォール。侯爵家と、公爵家の分家。

 偶然かもしれない。強い家は強い。剣を習わせる金がある家は、当然に強い。


 ただ、準決勝の相手が三年とも棄権していた。


「事務官様。棄権が続いておりますが、これは」

「ああ、それか。怪我だよ。実技のあとに試合をやるから、無理をする子が出る」

「三年連続で、準決勝の同じ側だけ」

「……言われてみると、そうだね」


 言われてみると、そうだね。誰も数えていなかった、ということだ。その足で、わたくしは医務室へ行った。


 医務官は白髪の女性で、机に薬瓶を並べていた。三年分の負傷記録を見せてほしいと頼むと、意外にもすぐ出してくれた。


「珍しいね。生徒がこれを見に来るのは」

「よろしいのですか」

「本人の名前は伏せる。部位と日付だけなら構わないよ」


 三年分の頁を繰った。試合期間中の負傷は毎年ある。打撲、捻挫、切り傷。数は多い。

 ただ、準決勝の前日だけ、毎年ひとつだけ「肩の痛み」が記されていた。


 三年とも、肩。三年とも、前日。三年とも、外傷なし。


「先生。外傷のない肩の痛みは、どうやって診るのですか」

「本人が痛いと言えば、そう書く。それしかない」

「痛くない人が痛いと言った場合は」

「……分からないね」


 医務官は薬瓶を置いた。


「そういうことが、あると思うのかい」

「三年続けて同じ日に同じ部位というのが、少し気になりました」


 彼女は記録を自分でめくり直した。めくって、しばらく黙った。


「気づかなかったよ」

「毎年一件ずつですので」

「そうだね。一年に一件は、ただの怪我だ」


 一年に一件は怪我で、三年で三件になると形になる。形になるまで、誰も数えない。数えないから、形にならない。


「先生。お願いがございます。今年の試合期間は、棄権の申し出があったときに、申し出た本人の名前と、そのとき同席していた方の名前も書いていただけますか」

「同席者」

「はい」


 医務官はペンを取り、書き付けた。


「面白い子だね、あんた」

「面白がられるようなことを、申し上げたつもりはございません」

「面白いよ。だいたいの子は、怪我をしてから来る」


 夜、実技場の裏でノエルを見つけた。


 彼は木剣を振っていた。ハイム教官とは違う振り方だった。速く、荒く、同じ軌道を外す。外してから、外したところを自分で直している。


「ノエル」

「おう」

「明日、籤ですね」

「そうだな」


 彼は木剣を下ろし、額の汗を袖で拭った。


「お前、試合出ないのか」

「出ます。一回戦で負けると思いますが」

「負けると思って出るな」

「では、二回戦で負けると思います」

「……お前、意外と口が減らないよな」


 わたくしは笑った。笑ってから、笑えたことに驚いた。


 月が出ていた。実技場の土が白く見える。四年後の朝は雨で、石畳が黒かった。同じ景色の反対側にいるような気がした。


「ノエル。ひとつ、お願いがあります」

「言え」

「明日から試合が終わるまで、怪我をなさらないでください」

「そりゃ、するつもりはないけど」

「するつもりが無くてもなさる方なので」


 彼は左手を見た。見てから、こちらを見た。


「……なるほどな」

「それと、もうひとつ」

「多いな」

「もし、試合の前に誰かがあなたに何かを持ちかけたら、断る前にわたくしに教えてください」


 ノエルの目が、少し細くなった。


「何を知ってる」

「知りません。三年分の組み合わせ表を見ただけです」


 嘘ではなかった。半分は。


「三年続けて、準決勝の同じ側で棄権が出ています。理由は怪我だと記録にあります。三人とも、家に借りのある側でした」


 最後の一行は、今日の午後に調べた。三人の家名を、双子の姉に訊いた。彼女は家同士の借り貸しにやたら詳しかった。姉が婚約を切られた家のことを調べているうちに、詳しくなったのだそうだ。


 ノエルはしばらく黙っていた。


「うちにも、借りはある」

「存じています」

「オルセンか」

「ええ」


 彼は木剣を肩に担ぎ、空を見た。


「言っとくけどな。俺は棄権しない」

「はい」

「もし俺が棄権したら、それは俺の意思じゃない」


 その言い方が、胸に刺さった。

 一度目の彼も、たぶん同じことを思っていた。思っていて、誰にも言わなかった。言う相手がいなかったから。


「ノエル」

「なんだ」

「わたくしが覚えておきます」

「何を」

「あなたが、棄権しないと言ったことを。今日の日付と、時刻と一緒に」


 わたくしは懐中時計を出して、蓋を開けた。針は止まっている。止まっているので、時刻は分からない。分からないまま、蓋を閉じた。


「その時計、動いてないだろ」

「動いておりません」

「なんで持ってる」

「母の形見です。それに、止まっている時計でも、開けた回数は数えられます」


 ノエルは変な顔をした。それから、笑った。


「お前、そういうとこあるよな」

「そういうところとは」

「勝ったら教える」


 彼は木剣を振り上げ、もう一度素振りを始めた。

 わたくしは少し離れた場所に立って、それを数えた。三十まで数えたところで、彼が言った。


「明日、勝ったら聞きたいことがある」

「なんでしょう」

「勝ってから言う」


 月が高かった。

 わたくしは数えるのをやめて、寮へ戻った。部屋の前で、ビアンカ・オルセンとすれ違った。


 なぜ彼女がこの階にいるのか分からなかった。ビアンカの部屋は下の階のはずだ。

 彼女は俯いたまま通り過ぎようとして、わたくしを見て、足を止めた。


「……ヴァルトハイム様」

「はい」

「あの、この前は」

「もう終わったことです」


 ビアンカは首を振った。振ってから、手を胸の前で握り込んだ。握り込んだ左手から、紙の角が覗いている。折り目が三つ。


 同じ紙だ。あれから三週間、彼女はまだ持っている。


「その紙は」

「なんでもありません」


 早口だった。

 彼女は頭を下げ、階段を降りていった。


 部屋に入り、寝台に腰を下ろす。

 三週間持ち歩く紙とは、何だろう。捨てられない紙だ。捨てられないのは、まだ使えと言われているからか、返せと言われているからか。


 いずれにしても、彼女はまだ終わっていない。終わっていないなら、次がある。


 わたくしは机の引き出しから手帳を出し、今日の日付を書いた。

 《ビアンカ・オルセン、三階廊下。折り目三つの紙を所持。三週間前と同一と思われる》

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。