表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
金眼の退魔少女は、銀髪の相棒と今日も妖を斬ってキスをする~もう神の子にはならない。金眼少女と銀髪退魔師の学園任務~  作者: なつめ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/50

第35話 金眼の暴走


 救護班の結界灯が、展望階の床を白く照らしていた。


 割れたガラス。


 濁った黒い霧。


 焦げた霊符の匂い。


 床に残った黒い五芒星の焼け跡。


 そのすべてが、救護班の清浄光の中で不自然に浮かび上がっている。さっきまで妖が群がっていた場所とは思えないほど、展望階の中央だけが静かだった。だが、その静けさは安心とは違う。嵐の目のような、嫌な空白だった。


 朔夜は床に横たえられていた。


 救護班の女性退魔師が頭部の位置を固定し、もう一人が止血と意識確認を続けている。銀髪は血で濡れ、こめかみから後頭部へかけて赤が広がっていた。清浄布が当てられているが、完全には隠しきれていない。


 陽鞠は、朔夜の左手を握っていた。


 指輪が触れている。


 熱い。


 先ほどから、ずっと熱い。


 指先が痛むほどではない。けれど、奥から火が灯っているような熱だった。朔夜の霊力が不安定になっている。陽鞠の金眼も、それに呼応している。手を離したら、何かが切れてしまう気がした。


 離したくなかった。


「朔夜」


 陽鞠は呼ぶ。


 声が震えないようにしようとして、余計に震えた。


「聞こえる?」


 朔夜の瞼が重そうに動いた。


「……聞こえる」


 掠れた声。


 それでも、返事がある。


 それだけで、陽鞠は息を吸えた。


「名前、言える?」


「綴喜……朔夜」


「私の名前は?」


「篠宮、陽鞠」


「うん。私はここにいる」


「……わかってる」


 朔夜の指が、ほんのわずかに陽鞠の手を握り返す。


 弱い。


 いつもの力ではない。


 その弱さが、陽鞠の胸を乱暴に掴んだ。


 嫌だ。


 こんなのは嫌だ。


 さっきまで前に立っていた。


 刀を振っていた。


 陽鞠を守るために動いていた。


 なのに今は、床に横たわり、血に濡れた銀髪を清浄布で押さえられている。


 陽鞠は奥歯を噛んだ。


 泣くな。


 泣いている場合ではない。


 結界を保て。


 朔夜を守れ。


 救護班の邪魔をするな。


 自分に言い聞かせる。


 だが、展望階の空気はまだ終わっていなかった。


 倒したはずの妖の残滓が、床の隙間で蠢いている。黒い霧が薄く這い、割れたガラスの影に集まろうとしている。A級退魔師たちが霊符で焼いているが、完全には消えない。黒い五芒星の残り火が、細い線となって床へ沈もうとしていた。


 朔夜の背後に現れた黒い影。


 妖たちがひれ伏した姿。


 その残像が、まだ陽鞠の金眼に残っている。


 見たくない。


 でも、忘れられない。


 朔夜の背後に、何かがいた。


 妖たちが頭を垂れる何か。


 朔夜自身ではない。


 そう言い切りたい。


 それでも、朔夜の霊力に反応して現れた。


 朔夜の魂の奥に触れた時だけ、濃くなった。


 陽鞠は首を横に振る。


 違う。


 今は、それを考える時ではない。


 朔夜の意識を繋ぎ止める。


 それだけだ。


「朔夜、私見て」


「……見えてる」


「嘘。目、閉じそう」


「うるさい」


「うるさくするって言った」


「しつこい」


「しつこい彼女でよかったね」


 朔夜の口元が、ほんの少し動いた。


 笑ったのか、痛みに歪んだのか、わからない。


 それでも、陽鞠はその小さな反応にすがった。


 救護班の女性退魔師が短く言う。


「篠宮さん、そのまま声をかけ続けて。意識を落とさせないで」


「はい」


「頭部の出血は抑えています。ただ、霊力の揺れが強い。綴喜さんの霊力に、外部から引っ張られた痕があります」


 陽鞠の血の気が引いた。


「まだ?」


「残っています。傷そのものより、そちらの方が厄介」


 救護班の指先が、朔夜の胸元へ触れない位置で止まる。霊力診断用の薄い札が、朔夜の上に浮かんでいた。札の表面で黒銀の波形が乱れ、その奥に細い黒線が絡んでいる。


 黒い五芒星の残滓。


 朔夜へ集まった妖の霊力。


 それらが、まだ完全には離れていない。


 陽鞠の金眼が熱を持つ。


 朔夜の霊力を引くな。


 朔夜を奪うな。


 そう思った瞬間、彼女の周囲の結界が震えた。


 救護班の女性が顔を上げる。


「篠宮さん、落ち着いて」


「……はい」


 陽鞠は息を吸う。


 金眼の奥で、熱が膨らんでいる。


 朔夜の血を見た時よりは抑えている。けれど、まだ危うい。怒りと恐怖が、結界の形を勝手に変えようとしている。


 自分の結界なのに。


 自分で張っているはずなのに。


 精密だったはずの膜が、少しずつ外へ広がりたがっている。


 朔夜を守るために。


 全部を弾くために。


 近づくものを、味方も敵も関係なく押し返すために。


 違う。


 それはだめだ。


 ここには救護班がいる。


 A級退魔師たちがいる。


 巡回員を運んでいる補助班もいる。


 弾いてはいけない。


 傷つけてはいけない。


 陽鞠は唇を噛み、結界を内側へ引き戻した。


「私は私……」


 小さく呟く。


「篠宮陽鞠……」


 金眼の熱が、わずかに下がる。


 その時だった。


 朔夜の身体が、びくりと震えた。


 救護班の札が黒く染まる。


 朔夜の背後の床に、黒い五芒星の線が浮かび上がった。


「なに……!」


 救護班が札を追加する。


 A級退魔師が叫ぶ。


「残滓が再起動してる!」


 床に沈みかけていた黒い霧が、一斉に朔夜の方へ向かった。


 朔夜の血へ。


 朔夜の霊力へ。


 朔夜の背後にまだ残る、あの黒い影の輪郭へ。


 陽鞠は目を見開いた。


 霧が朔夜へ触れる寸前、結界を張る。


 金色の膜が床を走り、黒い霧を弾いた。だが、霧はただ弾かれただけでは消えない。朔夜の霊力へ引かれるように、また回り込もうとする。


 何度でも。


 何度でも。


 朔夜を中心に集まる。


 床の焼け跡から、影妖の残骸が這い出す。


 上半身だけ。


 腕だけ。


 顔のない頭だけ。


 それらが、朔夜へ向かって膝をつくように身を低くした。


 朔夜の呼吸が乱れる。


「……また、か」


 掠れた声。


 陽鞠は彼の手を握る。


「見ないで」


「見えてる」


「私を見て」


「……陽鞠」


「うん。私はここ」


 朔夜の瞳が、陽鞠へ戻る。


 だが、黒い霧は止まらない。


 むしろ、朔夜が陽鞠を見るたび、二人の繋がりへ触れようとする。


 指輪の熱が強まった。


 陽鞠の金眼が、さらに熱くなる。


 朔夜の危機。


 朔夜の血。


 朔夜の魂へ絡む黒い残滓。


 それらに、陽鞠の奥が反応している。


 霊力ではない。


 もっと深い場所。


 魂。


 更紗が言っていた言葉が、頭の奥で響く。


 魂を見ている可能性。


 黒い印の奥にある不明な術式。


 それが今、陽鞠の内側に触れている。


 陽鞠は喉を震わせた。


 怖い。


 怖い。


 でも、朔夜を守りたい。


 その二つが混ざり、金眼の奥で白い光になりかける。


 精密結界が、勝手に広がった。


「篠宮さん!」


 救護班の声が遠くなる。


 金色の膜が、展望階全体へ走る。


 窓。


 床。


 天井。


 階段。


 避難経路。


 救護班の周囲。


 A級退魔師たちの足元。


 すべてへ、結界が一斉に伸びていく。


 陽鞠の意思より速い。


 守るため。


 朔夜からすべてを遠ざけるため。


 妖だけではない。


 人も。


 音も。


 霊力も。


 全て。


 展望階が白い光に包まれた。


 金色だったはずの結界が、内側から白く発光し始める。金の縁だけを残し、中心が白い。地下歩道で見た光よりも濃い。水族館跡で妖核から漏れた光よりも、ずっと近い。


 それは妖の光ではなかった。


 陽鞠の中から出ている。


 陽鞠の魂が、朔夜の危機に反応している。


 陽鞠は自分でそれを感じた。


 深い場所が開きかけている。


 玻月に「扉」と言われた場所。


 開きたくない。


 開くつもりはない。


 なのに、朔夜を守りたいという感情が、その奥を叩いている。


「だめ……」


 陽鞠は苦しげに息を吐いた。


 結界がさらに広がる。


 救護班の一人が後ろへ弾かれかけた。A級退魔師が霊符を床に刺し、踏みとどまる。補助班が階段側で身を伏せる。白い光は温かくはない。むしろ、触れた霊力を選別し、押し返し、不要と判断したものを切り捨てようとしている。


 陽鞠は震えた。


 違う。


 違う。


 救護班は味方。


 A級退魔師も味方。


 巡回員も守るべき人。


 弾いてはいけない。


 朔夜を守るために、周囲を傷つけてはいけない。


「私は……」


 喉が詰まる。


 白い光が視界を埋める。


 金眼が焼けるように熱い。


 息が苦しい。


 自分の身体の輪郭が、結界に溶けていくような感覚があった。陽鞠という名前より、守れ、弾け、閉じろ、遠ざけろという命令の方が強くなる。


 違う。


 それは私じゃない。


「私は……私だ……!」


 声が震える。


 でも、出した。


「私は私だ!」


 展望階に、陽鞠の声が響く。


「篠宮陽鞠だ! 神の子じゃない! 扉じゃない! 誰かの道具じゃない!」


 白い結界が、一瞬だけ揺らぐ。


 金の輪郭が戻りかける。


 しかし、朔夜の霊力に絡みついた黒い残滓が、再び脈打った。


 朔夜の身体が小さく跳ねる。


 頭部を固定していた救護結界が軋む。


 陽鞠の目が見開かれる。


「朔夜!」


 その叫びに反応して、白い光がまた膨らんだ。


 金色の輪郭が、白に呑まれかける。


 救護班が叫ぶ。


「篠宮さん、抑えて! これ以上広がると救護結界まで弾かれる!」


「わかってる……!」


 わかっている。


 わかっているのに、止められない。


 朔夜が苦しそうにしている。


 黒い残滓が彼へ触れようとしている。


 頭を打ち、血を流し、動けない彼へ。


 それだけで、陽鞠の魂が叫ぶ。


 守れ。


 全て弾け。


 閉じろ。


 誰も近づけるな。


 陽鞠は両手で自分の胸元を掴んだ。


 朔夜の手を離さないまま、もう片方の手で制服を握りしめる。


「違う……違う……私は、ちゃんと選ぶ……!」


 白い光の中で、声が聞こえた。


 静かで、低い声。


「それだ」


 陽鞠の背筋が凍った。


 展望階の中央。


 白い光の向こうに、黒い長衣の影が立っていた。


 御影堂玻月。


 いつ現れたのかわからない。


 白い光に包まれた展望階で、彼だけが影のように輪郭を保っていた。濡羽色の髪。白手袋。紫紺の瞳。黒い長衣の裾が、光の中でゆっくり揺れる。


 陽鞠の結界は、彼を弾いていない。


 いや、弾こうとしている。


 だが、玻月はその継ぎ目を読み、薄く滑るように立っている。陽鞠の暴走しかけた精密結界の隙間に、当然のように入り込んでいた。


 救護班が警戒する。


 A級退魔師が霊符を構える。


 朔夜が、意識の底から声を絞る。


「……御影堂」


 玻月は朔夜を見なかった。


 陽鞠だけを見ていた。


 その視線で、陽鞠は理解した。


 今度こそ、はっきりと。


 朔夜ではない。


 朔夜は引き金だ。


 餌であり、鍵であり、陽鞠の反応を引き出すための傷口。


 玻月が見たいものは、朔夜が傷ついた時に開きかける陽鞠の奥。


 白い光を帯びて広がる精密結界。


 魂の反応。


 陽鞠そのもの。


「……最初から」


 陽鞠の声が掠れる。


「最初から、私を……」


 玻月は否定しなかった。


「君だ」


 静かに言った。


「狙いの中心は、最初から君だ」


 展望階の白い光が、陽鞠の動揺に合わせて震えた。


 朔夜の手が、かすかに陽鞠の手を握る。


 弱い。


 でも、確かに。


 陽鞠はその感触で、崩れずに済んだ。


 玻月は続ける。


「綴喜朔夜の魂は、確かに危うい。妖がひれ伏す影を持つ。黒い印はそこへ反応する。だが、彼だけでは開かない」


「黙れ」


 陽鞠が言う。


 玻月は止まらない。


「彼が揺れ、君が叫び、君の魂が反応した時にだけ、奥が見える」


「黙れ!」


 陽鞠の結界が鋭く跳ねた。


 金と白の刃のような膜が、玻月へ向かう。


 しかし、玻月は白手袋の指先をわずかに動かしただけだった。


 結界刃の角度が逸れる。


 彼の頬にも、髪にも、触れない。


 光の刃は背後の割れたガラス枠へ突き刺さり、金属を切り裂いた。


 陽鞠は歯を食いしばる。


 まだ届かない。


 暴走しかけた力ですら、玻月には触れない。


 その事実が、さらに悔しさを煽る。


 だが、今は怒りに飲まれてはいけない。


 朔夜がそばにいる。


 救護班がいる。


 味方がいる。


 玻月が見たいのは、陽鞠が壊れて開くところだ。


 なら、壊れない。


 開かない。


「私は、あなたの見たいものじゃない」


 陽鞠は低く言った。


 声は震えている。


 それでも、言葉は立っていた。


「私は、私だ」


 玻月の紫紺の瞳が、細くなる。


「その言葉で、どこまで閉じていられる」


「何度でも言う」


 陽鞠は朔夜の手を握る。


 指輪が鳴った。


 ちりん。


 熱が走る。


 白い光の中に、金色の輪郭が戻る。


「私は私だ。篠宮陽鞠だ。朔夜を守りたいのも、あなたが気持ち悪いのも、全部私の意思」


 白く広がっていた結界が、わずかに縮んだ。


 救護班を押し返していた力が弱まる。


 A級退魔師たちが動けるようになる。


 かがりの声が、通信札から飛び込んだ。


『篠宮、聞こえるか!』


「聞こえます!」


『結界を外周から三層戻せ。救護班を通せ。御影堂には近づくな』


「はい!」


 かがりの声。


 朔夜の手。


 自分の名前。


 それらを掴み、陽鞠は白い光を押し戻す。


 精密結界を、勝手に広がる暴走から、自分の形へ戻す。


 まず救護班の周囲。


 味方を通す。


 次に朔夜の保護膜。


 絶対に外さない。


 次に妖の残滓を囲う拘束膜。


 外へ逃がさない。


 最後に、白い光を自分の内側へ引き戻す。


 金眼が痛い。


 焼けるように痛い。


 それでも、戻す。


「私は私だ……!」


 叫ぶ。


「私は、私で、朔夜を守る!」


 結界が折り畳まれていく。


 白い光が収縮し、金色の線の中へ収まる。完全には消えない。金眼の奥に、白い火種が残る。それでも、展望階を覆っていた異様な光は薄れていった。


 玻月は、それを見ていた。


 満足そうに。


 いや、満足というより、確信したように。


 その表情が、陽鞠の嫌悪をさらに強める。


「今の反応で、十分だ」


 玻月が言った。


「何が」


「君の魂は、彼を介して深く応答する」


「だから何」


「黒い印の奥に触れられる」


「私は触れない」


「君が触れなくても、向こうが触れてくる」


 陽鞠は刀を掴みたくなった。


 だが、朔夜の手を離せない。


 離したくない。


 朔夜が、かすかに声を出した。


「陽鞠……あいつを、見るな」


 弱い声。


 でも、ちゃんと届く。


 陽鞠は朔夜を見た。


 血に濡れた銀髪。


 痛みに霞む黒い瞳。


 それでも、自分を戻そうとする彼。


「見るな」


 もう一度、朔夜が言った。


「あいつじゃなくて、俺を見ろ」


 陽鞠の胸が詰まる。


「うん」


 彼女は玻月から視線を外し、朔夜を見る。


 その瞬間、金眼の白い火種が少し弱まった。


 玻月が、ほんのわずかに沈黙する。


 それは面白くないものを見た時の沈黙に似ていた。


 陽鞠は朔夜の額に触れないよう、手を近づける。


「私は朔夜を見る」


 低く言った。


「あなたじゃない」


 朔夜の指が、少しだけ陽鞠の手を握る。


 玻月の白手袋の指先が動いた。


 A級退魔師たちが一斉に霊符を構える。


 かがりの教師用結界が、遠隔から展望階へ割り込んだ。黒い線のような拘束結界が、玻月の周囲を囲おうとする。だが、彼はその前に一歩退いた。


 白い光の残りへ紛れるように、黒い長衣の輪郭が薄くなる。


「篠宮陽鞠」


 消えかけながら、玻月が言った。


「君は、思っているより深い」


「知らない」


「知ることになる」


「知るとしても、あなたの手では知りません」


 陽鞠は即答した。


 玻月の目が、わずかに揺れる。


「そうか」


 それだけ言って、彼の姿は消えた。


 白い光も薄れていく。


 展望階に残ったのは、割れたガラスと、黒い残滓と、救護班の清浄灯の光。


 そして、朔夜の血の匂いだった。


 陽鞠は膝から崩れそうになった。


 だが、崩れない。


 朔夜の手を握っている。


 救護班が処置を続けている。


 今、陽鞠が倒れるわけにはいかない。


「篠宮さん、結界維持できますか」


 救護班が聞く。


「できます」


 声は掠れていた。


 でも、答えた。


「朔夜を運べますか」


「頭部固定後に移送します。あなたの保護結界を重ねたまま動かしたい。できますか」


「できます」


「無理なら言って」


「……無理しそうになったら、言います」


 救護班の女性が一瞬だけ陽鞠を見る。


 そして、頷いた。


「それでいい」


 陽鞠は朔夜の手を握ったまま、保護結界を整えた。


 白い光は、まだ金眼の奥に残っている。


 玻月の言葉も残っている。


 狙いの中心は、最初から君だ。


 気持ち悪い。


 怖い。


 怒りで吐きそうになる。


 でも、今は朔夜を見ろ。


 朔夜がそう言った。


 だから、陽鞠は朔夜を見る。


「朔夜」


「……いる」


「うん。いるね」


「戻ったか」


「戻った」


「よかった」


「全然よくない。朔夜、頭打ってる」


「また怒ってる」


「怒るよ」


「元気だな」


「元気じゃない!」


 朔夜の口元が、ほんの少しだけ動いた。


 それを見て、陽鞠は泣きそうになった。


 でも、まだ泣かない。


 医療棟へ運ぶまで。


 朔夜の意識が安定するまで。


 泣くのは後でいい。


 陽鞠は指輪の熱を感じながら、結界を保った。


 白い光が、胸の奥でまだ小さく燻っている。


 それでも、彼女は自分の名前を握りしめる。


 篠宮陽鞠。


 朔夜の隣にいる退魔師。


 誰かの扉ではない。


 誰かの本命でもない。


 誰かの欲しいものでもない。


 陽鞠は陽鞠として、朔夜の手を離さなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ