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銀河鉄道管理局・第七遅延区の少女たち――遅れてきた未来と、記録にない少女――  作者: 明石竜


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第三章 白紙駅の待合室

 白紙駅、という名前の駅がある。

 第七遅延区の管轄路線の中でも、特に古い駅で、管理局の記録では「選択未確定乗客の一時停留所」として分類されている。要するに、何かを選びかけて、選べなかった人たちが迷い込む場所だ。

 すずなに白紙駅への出張が言い渡されたのは、ミオを休憩室に匿ってから三日後のことだった。

 三日のあいだ、ミオは管理局の休憩室から出なかった。すずなは勤務の合間に食事と記録を持ち込み、キップは見張りという名目で何度か様子を見に行った。

主任駅員の鐘ヶ瀬ハルカに呼ばれ、すずなは管理局三階の執務室に向かった。

「遅延処理の実地研修だ」

 ハルカは、すずなに書類を一枚渡した。三十代前後の女性で、制服の襟は常に完璧に整っている。声は事務的で、感情の起伏が外に出てこない。すずなが見習いになってから一ヶ月、この人が笑ったところを一度も見たことがない。

「白紙駅に、長期滞在の遅延乗客が一名います。対応の基本は、記録と観察。乗客の状況を確認し、貨物の目録を照合して、報告書を提出すること。干渉は最小限に」

 ハルカは、そこで一度だけ目を上げた。

「乗客のため、という言葉ほど、記録を乱しやすいものはありません」

「はい」

「キップを連れていきなさい。補助車掌として、あなたの記録の証人になります」

 ハルカはそれだけ言って、次の書類へ視線を移した。すずなへの関心が、きれいに終わった。

 すずなは書類を受け取り、執務室を出た。

 廊下へ出て、すぐに立ち止まった。ミオのことを考えた。二日間、すずなは業務の合間を縫って休憩室へ顔を出していた。ミオは管理局の廊下を歩き回らず、食事はすずなが調達し、他の駅員に見つかることもなかった。ただ、日を追うごとに、輪郭の光が薄くなっている。

 白紙駅への出張は、日帰りの予定だ。

 問題は、ミオを一人にすることだった。

「連れていく」

 すずながそう決めたのは、休憩室の扉の前に立ったときだった。

 

「遅延処理の実地研修に同行してもらいます」

 すずなが言うと、ミオは少し首をかしげた。

「同行って、わたしが?」

「はい」

「管理局の仕事に、無賃乗車の分岐存在を連れていくの」

「言い方が難しいですが、連れていかないほうが問題です。一人にしておくと、誰かに見つかる可能性がある」

 ミオはしばらくすずなを見た。それから、ため息をついて立ち上がった。

「行く。閉じ込められてるのも飽きてきたし」

 キップは止めなかった。ただ、出発前に一度だけ言った。

「絶対に、管理局の職員と目を合わせるな」

「なんで」

「分岐存在は、見る者によっては時刻のずれとして感知される場合がある。注意深い駅員なら、あなたから異常を察知するかもしれない」

「じゃあ、どうすれば」

「すずなの後ろにいろ。すずなの時計がずれている間は、それがある程度の遮蔽になる」

 ミオがすずなを見た。

「わたしが原因で時計がずれてるんだから、逆に目立たない?」

「新人の時計の誤差は、新人の未熟さで説明がつく」

「……」

 すずなは少し傷ついたが、黙っていた。

 

 白紙駅へは、管理局から専用の区間列車で移動する。乗客は三人だけで、車内は静かだった。窓の外は銀河の縁の景色で、星が流れるのか列車が動くのかわからない光が、ずっと続いている。

 ミオは窓に顔を近づけて、外を見ていた。

「きれい」

 すずなはノートを開いて、今日の業務の段取りを確認していた。

「見たことありますか。銀河鉄道の窓からの景色」

「ある気がする。でも、いつ見たかは覚えてない。昔みたいな感じはするけど、昔があるのかどうかもわかんないし」

「不思議ですね」

「うん」

 キップはすずなの膝の上で丸くなっていた。目は開いているが、見張っているのか休んでいるのかわからない。

「キップ、分岐存在が薄くなっていくのを、止める方法はありますか」

「なぜ吾輩に聞く」

「書庫に行ったとき、他に何か調べてきましたか」


 キップはしばらく黙っていた。

「薄れる速度は、存在が定着しているかどうかに関わる。定着というのは、誰かに認識されること、名前を呼ばれること、記憶されること。そういう積み重ねが、分岐存在を安定させる」

「じゃあ、関わり続ければ」

「速度は落ちる。止まるかどうかは、わからん」

 ミオが振り返った。

「なんか、聞こえてた」

「聞いていていいです」

「わたしのこと話してたんでしょ。やめなくていいの?」

「ミオが当事者なので、隠す必要がありません」

 ミオはしばらくすずなを見た。それから、また窓の外を向いた。

「……定着か。なんか、難しそう」

「難しくはないと思います。わたしはすでに二日間、あなたを認識して、名前を呼んでいます」

「それだけで?」

「キップも呼んでいます。不本意そうですが」

「うるさい」

 ミオが、小さく笑った。すずなはそれを見て、ノートに今日の日付を書いた。

 

 白紙駅は、名前の通り、白い駅だった。

 ホームも、柱も、案内板も、すべてが白い。ただし汚れのない白ではなく、何かが書かれかけて消えたような、うっすらとした痕跡が残っている白だ。時刻表の枠はあるが、中身が書かれていない。行き先の案内板には、行き先がない。

「落ち着かない場所だな」

キップが顔をしかめた。

「選べなかった人が来る場所だから、何も決まっていないんですね」

 すずなが呟く。

 ホームに降りると、駅員は誰もいなかった。白紙駅は無人駅で、管理局からの巡回だけで維持されているらしい。すずなは書類を確認した。遅延乗客の名前は、白瀬ユキノ。十八歳。滞在期間、三週間。

「三週間も、ここに」

ミオが反応した。

「それだけ、選べないでいるということだと思います」

 すずなは構内を歩いた。ホームの奥に待合室があり、その中に人影があった。

 白瀬ユキノは、待合室のベンチに座って、窓の外を見ていた。十八歳というのが信じられないくらい、疲れた目をして、紺色のコートを着ていた。手には何も持っていない。

 すずなが入ると、ユキノはこちらを見た。

「管理局の方ですか」

「はい。駅員見習いの星見すずなです。状況確認に来ました」

「そうですか」

 ユキノの声は平坦だった。驚いた様子もなく、安堵した様子もない。

 すずなはベンチの向かいに座り、ノートを開いた。ミオは入り口のそばに立っている。キップはすずなの肩の上だ。

「白瀬さん。状況を確認させてください。ここへ来た経緯を教えてもらえますか」

「乗り遅れたんです。列車に。どの列車かは、よくわかりませんでした。気がついたら、ここにいました」

「乗り遅れた、というのは、どういう状況でしたか?」

 ユキノは少し間を置いた。

「受験の日に、行き先を間違えたんです。本当の意味で」

「本当の意味で、というのは」

「志望校を間違えたんです。試験当日に、初めて気がつきました」

 すずなは手を止めた。

「試験場に着いて、受験票を見たんです。大学名も、教室番号も、間違っていませんでした。でも、そこに書かれていたのは、私が本当に行きたかった大学の名前じゃなかった」

「会場を間違えたわけではないんですね」

「はい。間違えていません。だから、余計に苦しかったんです。私はちゃんと、受けるべき学校に来ていました。でも、本当に行きたかったのは……」

 すずなはノートに書いた。状況の記録。事実を順番に。

 ユキノは少し視線を落としてから、続きを言った。

「県外の小さな美大でした。ずっと行きたかった。でも、親が反対して。就職実績のある、堅実な大学にしなさいと言われて。私も、そのほうが正しいと思って、受験しました」

「それで、その学校に合格したんですか」

「はい」

「良かったと思いましたか」


 ユキノは、長い間黙っていた。

「正しいと思いました。良かったかどうかは、わかりません」

 待合室に沈黙が落ちた。

 すずなは書き続けた。正確に、感情を入れず、事実だけを。ただ、手が少しだけ遅くなった。正しいと思った。良かったかどうかはわからない。その言葉が、すずなの中で何かに触れた。触れたものが何かは、すぐにはわからなかった。

「貨物の確認をします」

すずなは立ち上がった。

「少し待っていてください」

 白紙駅の貨物置き場は、ホームの端にあった。今日確認すべき貨物は一つだけだ。目録には「選択未実行・進路関連」と書かれている。

 貨物箱は、他のものと少し違った。木製の箱で、蓋の隙間から、かすかな匂いがした。油絵の具のような、少し甘くて刺激のある匂い。すずなは目録と照合し、番号を確認した。記録を取る。問題なし。回収して管理局へ搬送、が正規の手順だ。

「すずな」

 ミオが隣に来ていた。

「この箱の中、ユキノさんが行きたかった学校のこと、入ってるんでしょ」

「選ばなかった進路、ということになります」

「回収するの?」

「手順通りなら、はい」

 ミオは箱を見た。指先で、表面をそっと触れた。

「ユキノさん、なんで泣いてなかったと思う」

「泣いていませんでしたか」

「泣いてなかった。泣きたいのかどうかも、もうわかんなくなってる感じだった」

そう言って、すずなのほうを向いた。

「正しいことを選んだのに、なんで悲しいんだろうって、わかる?」

 すずなは少し考えた。

「……正直、よくわかりません」

「そっか」

「正しい選択をすれば後悔しないと思っていました。でも、ユキノさんを見ていると、それが必ずしも正しくないのかもしれない、と感じます。ただ、なぜそうなるのかは、まだ理解できていません」

「わたしはわかる気がする。たぶん、正しいかどうかと、自分が選んだかどうかは、別の話なんだよ。正しい答えを選ばされた、っていうのと、正しい答えを選んだ、っていうのは、おんなじ答えでも、ぜんぜん違う」

 すずなはミオを見た。

「経験がないのに、なぜわかるんですか」

「わかんない。でも、わかる」

ミオは箱を見た。

「わたし、選んだことが何もない。存在するかどうかも、記憶があるかどうかも、全部勝手に決まってた。だから逆に、選ぶっていうことが何なのか、考えたことがある」

 すずなは何も言わなかった。

 ミオが箱に触れている指先を見ていた。輪郭の光は今日も薄い。でも、今この瞬間は、ちゃんとそこにいる。

 キップが命令した。

「新人、手順を確認しろ」

「はい」

すずなは目録を見た。

「貨物の回収と、管理局への搬送」

「それだけか」

 すずなはキップを見た。キップは目録を顎で示した。

「第七条第二項。遅延乗客の状況確認の結果、本人の意思に関わる貨物については、乗客本人への提示を行うことができる。提示は回収の前に一度だけ認められる」

「提示というのは」

「見せることだ。触れさせることではない。ただ、見せることで乗客が何かを決意する場合がある。それは、駅員の干渉ではなく、乗客自身の判断として記録される」

 すずなはノートを見た。規則の第七条第二項。研修で習った記憶はあるが、実際に使う場面があるとは思っていなかった。

「……提示します」

 すずなは貨物箱を持ち、待合室へ戻った。

 ユキノはまだ同じ場所に座っていた。すずなが箱を持って戻ってきたのを見て、少し首をかしげた。

「それは」

「白瀬さんの貨物です」

すずなは箱をユキノの前のテーブルに置いた。

「規則上、回収前に一度だけ提示することができます。確認しますか」

 ユキノはしばらく箱を見ていた。

「見たら、どうなりますか」

「何も変わりません。あなたの選択は変わらない。ただ、ここに何があるかを、確認することができます」

 ユキノの手が、少しだけ動いた。膝の上で、ゆっくりと握られた。

「……見ます」

 すずなは箱の蓋を開けた。

 中には、絵が入っていた。

 小さなスケッチブックだった。ユキノが美大で描いていたはずの絵が、ページを重ねて入っている。描かれているのは、街の景色や、人の横顔や、窓から見える光のような、静かなものばかりだった。インクの匂いと絵の具の匂いが、待合室に広がった。

 ユキノが、手を伸ばした。

 すずなは止めなかった。規則には触れさせることではない、と書いてある。でも、すずなは止めなかった。

 ユキノの指先がスケッチブックに触れた瞬間、ページがひとりでに開いた。最初のページには、鉛筆で描かれた一枚の絵があった。見たことのない町の景色で、丘の上に小さな校舎が建っている。

 ユキノは声を上げなかった。ただ、目から涙が落ちた。声もなく、表情もほとんど変えないまま、涙だけが落ちた。

 すずなは黙っていた。

 ミオも黙っていた。

 キップも何も言わなかった。


 しばらくして、ユキノはスケッチブックから手を離した。

「わかりました。持っていってください」

「はい」

「私は、正しい選択をしました。後悔はしていません」

ユキノの声は平坦だった。でも、少し違った。さっきとは、何かが違った。

「ただ、こういう自分もいたんだと、知りました」

 すずなは箱の蓋を閉めた。目録に記録をつけた。提示完了。乗客の意思確認済み。回収手順へ移行。

 それだけ書いてから、すずなはポケットから何かを探した。

 白い切符が一枚、入っていた。

 管理局の切符ではない。すずなが昨夜、自分で用意したものだ。行き先は書いていない。発行日も書いていない。ただ白い、何も書かれていない切符。

 すずなはそれをユキノに渡した。

「これは」

「規則には書いていないので、説明が難しいですが。未来を変えるものではありません。どこへ行けるわけでもない。ただ、選びたかった自分がいたことを、忘れないための切符です」

 ユキノは切符を見た。

「こういうものを渡すのは、規則にありますか」

「ありません」

「でも、渡してくれるんですか」

「はい」

 ユキノはしばらく切符を見ていた。それから、そっと胸のポケットに入れた。

「……ありがとうございます」

 声が、少しだけ変わった。さっきより、ほんの少しだけ温かい声だった。

 すずなは頭を下げた。

「お大事に」

 それ以上のことは言えなかった。言えることが、もうなかった。

 

 帰りの列車の中で、すずなたちはしばらく黙っていた。

 ミオは窓の外を見ていた。行きと同じ景色だが、少し見え方が違うような気がした。キップはすずなの膝の上で目を閉じている。

「新人」

「はい」

「今日したことは、規則の範囲内だ」

キップは目を閉じたまま言った。

「ただ、白い切符は規則にない」

「そうですね」

「記録には残る」

「残るなら、残ります」

 キップは何も言わなかった。

「すずな、あの切符、昨夜から用意してたの?」

ミオが振り返った。

「ユキノさんのことを事前に知っていたので」

「でも、規則にないのに」

「渡すかどうか、昨夜はまだ決めていませんでした。今日、ユキノさんに会って、決めました」

「何を見て決めたの」

 すずなは少し考えた。

「正しいことをして、泣いている人を見て」

 ミオは窓に向き直った。外の銀河が流れていく。

「そっか」

 しばらく、列車の揺れだけが続いた。

「ねえ、さっき、わたしがわかる気がするって言ってたこと」

「はい」

「すずなは、正しいことをして後悔したことある?」

 すずなは答えなかった。

 答えを探した。規則を守って、正しい判断をして、それでも何かが引っかかったことが、あったかどうか。

 一ヶ月前のことを思い出した。管理局に来る前に、普通の駅で見たことがある。夜のホームに一人で立っていた老人が、もう来ない列車の方向を見ていた。すずなには見えていたが、他の駅員には見えなかった。すずなは規則通りに対応した。不審者の確認をして、異常なしと判断して、記録を書かなかった。

 それが正しかった。普通の駅では、見えないものの記録はつけない。

 でも、翌朝、そのホームへ行ったら、老人はもういなかった。どこへ行ったかはわからない。

「……あったかもしれません」

「そっか。じゃあ、わかる気がする、って言っていい」

「何を」

「正しいことをして後悔する気持ち」

 すずなはミオを見た。ミオは窓の外を向いたままだった。横顔が、銀河の光を受けている。輪郭は薄いが、今は確かにそこにある。

「わかります。でも、今日は後悔していません」

「なんで」

「白い切符を渡したのは、規則の外でした。でも、ユキノさんが選びたかった自分を知った顔を見て、正しかったと思いました。規則の正しさじゃなく、別の正しさがあった気がします」

「別の正しさ」

「まだうまく言葉にできません」

 ミオが振り返った。すずなを見て、少し笑った。

「すずなって、不器用だよね」

「そうですね」

「でも、なんかいい」

 すずなは何と答えればいいかわからなかった。なんかいい、という評価を、どう受け取ればいいのかも。

 キップが言った。

「新人。帰ったら報告書を書け。白い切符の件は、どう記録するつもりだ」

「乗客への情報提供として記録します」

「規則にない行為だが」

「規則にないことを禁止する条文も、ありません」

「うまいことを言う」

「キップが教えてくれた第七条第二項から学びました」

 キップは鼻を鳴らした。

「吾輩は何も教えていない。ただ、規則の内容を読み上げただけだ」

「そうですね」

「新人が自分で判断したことだ。吾輩は関与していない。記録にもそう書け」

「……はい」

 すずなはノートを開いた。今日の出来事を書いた。白瀬ユキノとの対応、貨物の提示、回収の記録。最後に、白い切符について一行書いた。

 乗客の状況確認に際し、乗客への参考情報を提供した。規則外の対応だが、乗客の精神的安定に寄与したと判断する。

 書いてから、少し迷って、もう一行加えた。

 今後の業務における判断基準として、継続検討する。

 ノートを閉じた。

 列車は銀河の縁を走っていた。窓の外に星が流れる。行きと同じ景色なのに、なぜか少しだけ違う色に見えた。

「すずな」

「はい」

「さっきの、別の正しさって。たぶん、すずなはもう知ってると思う。言葉にできてないだけで」

「そうですか」

「うん」

ミオは窓に向き直った。

「わたしが言うのも変だけど。でも、たぶんそう」

 すずなは懐中時計を取り出した。

 針はまだ、どこへ向かうかわからない動き方をしている。正確な時刻は示さない。でも、動いている。

 ミオが近くにいる間、この時計は正確な時刻を刻まない。

 それを、すずなは今日初めて、おかしいとは思わなかった。

 列車は第七遅延区へ向かって走っていた。


 第七遅延区に到着すると、ミオを休憩室に預け、すずなは執務室に戻った。提出用の報告書はすでに端末へ送られていた。

 すずなは控えを確認し、白紙駅での対応を一行ずつ読み返した。

 貨物提示。乗客意思確認。回収完了。

 そして、白い切符。

 

「星見すずな」

 背後から呼ばれた。

 振り返ると、鐘ヶ瀬ハルカ主任が立っていた。

「白紙駅で、規則にない対応をしましたね」

「はい」

「理由を説明できますか」

「乗客の精神的安定に必要だと判断しました」

「判断したのは、あなたですか」

「はい」

 ハルカは少しのあいだ、すずなを見ていた。

「規則にない対応は、失敗したときに守ってくれる条文がありません」

 すずなは答えられなかった。

「それでも行うなら、結果だけでなく、理由も記録しなさい。あなたが何を見て、何を選んだのか。記録に残らない判断は、ただの逸脱です」

「……はい」

「今回は処分しません。ただし、記録には残ります」

 記録には残る。その言葉が、今までとは違う重さで胸に落ちた。


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