表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀河鉄道管理局・第七遅延区の少女たち――遅れてきた未来と、記録にない少女――  作者: 明石竜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/22

第二十章 第七遅延区の少女たち

 噂が広まったのは、しばらくあとのことだった。

 第七遅延区には、正規記録に載らない者たちがいる。定刻から外れた駅員と、消えた未来から来た少女たちと、小さな時刻獣が、乗り遅れた人たちを案内している。

 噂の内容は、人によって少し違った。幽霊みたいな少女がいる、という人もいた。変な動物が切符を確認している、という人もいた。いつの間にか、前より楽になっていた、という人が多かった。

 管理局の公式記録には、何も書かれていない。

 ただし、ハルカの執務室には、定期的に観察記録が届いた。観察記録の提出者の名前は、星見すずな。区分は、遅延区構成員補助。

 ハルカはその記録を受け取るたびに、一度だけ目を通した。

 それから何も言わず、引き出しへしまった。

 そのあとで読み返しているのか、ただ保管しているだけなのか、すずなにはわからなかった。

 

 ある日、すずなに未処理の案件が届いた。

 正式な業務指示ではなかった。ただの封筒で、中に一枚の紙が入っていた。内容は、第三番線に長期滞在の乗客がいる、という情報だった。差出人の名前は書いていなかったが、字体がハルカのものだった。

「主任が、案件を回してくれました」

すずなはミオに伝えた。

「表向きは知らないふりをしながら」

ミオは尋ねる。

「そうなります」

「やっぱりいい人だ」

 それからも、ときどきそういう封筒が届いた。

 正式なルートではない。記録にも残らない。でも、確かに届いた。

 

 三番線の乗客は、四十代の女性だった。名前は、言わなかった。でも、長い間ここにいたことは、目を見ればわかった。乗り遅れた時間が、顔に積み重なっていた。

 すずなが声をかけると、最初は返事がなかった。

 ミオが隣に来て、すずなの隣に座った。何も言わなかった。ただ、座っていた。

 しばらくして、女性が言った。

「誰かと、ずっと一緒にいたかった」

「いなくなったんですか」

すずなは尋ねた。

「いなくなったというより、私が間に合わなかった。最後の場面に」

「間に合わなかった、という感覚があるんですね」

「ずっとある」

「間に合わなかったこと、覚えていますか?」

 ミオが尋ねた。

「覚えています。毎日」

「覚えてるってことは、大事にしてたってことじゃないですか」

 女性はミオを見た。

「大事にしていたのに、間に合わなかった」

「大事にしてたから、間に合わなかったことが残ってる。間に合わなかったことが残ってるのは、大事だったことの証拠だと思う」

 女性はしばらく、ミオを見ていた。

「あなたは、何者ですか?」

「消えた未来から来た人間です。だから、残ることの意味を、少しだけ知ってます」

 女性は何も言わなかった。でも、目が少しだけ変わった。

 すずなはノートを開いた。記録をつけた。乗客の状況、ミオの対応、変化の様子。事実を順番に。

 そのとき、ホームの端からネムの歌が聞こえてきた。

 空を泳ぐ魚の歌。意味のよくわからない、でも心地よい歌。

 女性が、その歌の方向を見た。

「誰が歌っているんですか」

「ネムです。一緒にいる子です」

「子ども?」

「外見は、そうです」

「いい声」

「そうですね」

 女性は歌を聞いていた。長い間ここにいて、乗り遅れた時間を抱えていた女性が、歌を聞いていた。

 少しずつ、肩が下がった。

 すずなはそれを記録した。

 

 季節が変わる感覚は、銀河鉄道の中にはない。昼と夜が繰り返すだけで、春も夏もない。でも、時間は確かに過ぎていた。

 ミオは変わっていった。

 最初のころの、少し挑発的で、何かをあきらめているような顔が、少しずつ変わった。変わったというより、別の顔が加わった。乗客の話を聞くとき、正確に何かを受け取ろうとする顔が、ミオにはできていた。


「ミオは、乗客の話を聞くのが上手になりましたね」

ある夜、すずなは言った。

「上手かどうかわかんないけど。聞きやすい、ってことは言われる」

「なぜだと思いますか?」

「わたしも、乗り遅れた側の人間だから、かな? 追いつかなかった時間を知ってる。だから、その人の話を、変な気持ちなく聞ける」

「変な気持ち、というのは」

「かわいそう、とか、助けてあげなきゃ、とか。そういう距離感がない」

「なるほど」

「すずなも、そういう距離感がないね」

「わたしは……わたしも、どこかでは外れた側にいたのかもしれません。見えるものが周りと違っていたので」

「定刻から外れた人が見えた」

「はい。だから、乗り遅れた人の感覚を、完全には理解できないとしても、遠くには感じない」

「二人とも、外れた側にいたんだ。だから、ここにいるのかもしれない」

「そうかもしれません」

「変な縁だね」

ミオはくすっと笑った。

「でも、好きだよ、この縁」

 すずなは答えなかった。答えの代わりに、ノートに一行書いた。

 業務と関係のない一行だったが、消したくなかった。

 ミオは変わっていった。すずなも、変わっていった。

 ネムは変わらなかった。外見は変わらない。でも、歌の数が増えた。お父さんから覚えた歌だけでなく、第七遅延区で聞いた乗客の話から作った歌も、歌うようになった。

 乗客が言えなかった言葉を、歌にした。届かなかった気持ちを、歌にした。


 ある日、キップがネムに言った。

「お前の歌は、郵便車両と同じ機能を持ち始めているな」

「どういう意味?」

「届かなかった言葉を、形にする。歌は声に出されるから、少なくともここにいる人には届く」

「届いてるの?」

「届いている」

「よかった。届けたかったから」

「誰に?」

「わからない。でも、誰かに届けたかった。お父さんの歌が好きだったから、誰かに届けたかった」

 キップはしっぽを揺らした。それだけで、何も言わなかった。でも、それはキップなりの、わかった、という意味だとすずなは学んでいた。

 

 セイからの定期確認が、月に一度来た。

 観察記録の確認と、時刻表の状況の報告だった。すずなが記録を提出して、セイが確認する。それが繰り返された。

 ある月の確認で、セイが言った。

「第七遅延区の時刻表の安定度が、過去三年で最高値を示しています」

「把握しています」

「分岐存在が存在することとの相関が見られます」

「記録にその可能性を示しています」

「相関が因果とは限りません」

「限りません。でも、悪化はしていません」

「そうですね」

 セイは少しの間、端末を見ていた。

「星見すずな」

「はい」

「私は、あなたを止めるべきでした。最初から」

「そうだったかもしれません」

「でも、止めませんでした」

「止めなかった理由を、聞いてもいいですか?」

 セイは少し間を置いた。

「あなたが話し合いを続ける、と言ったからです。止めることで、話し合いが終わる。話し合いが終わることは、判断の機会を失うことです。管理局として、判断の機会を失うことは、好ましくない」

「それだけですか」

「それだけです」

「感情的な理由はありませんでしたか」

「ありませんでした。ただし」

「ただし?」

「ネムが歌う場面を、一度だけ遠くから見ました。その歌が、近くにいた乗客に影響を与えていました」

「記録にあります」

「記録で見るのと、実際に見るのは、少し違いました」

 すずなはセイを見た。穏やかな顔のまま、でも少しだけ何かが違う顔をしていた。

「セイ」

「はい」

「感情的な理由はなかった、と言いましたが」

「言いました」

「でも、記録と実際が違う、と言いましたね」

「言いました」

「その違いは、何だと思いますか?」


 セイはしばらく黙っていた。

「わかりません。ただ、違いがあることは、認めます」

「それでじゅうぶんです」

「じゅうぶんですか」

「わかることと、気づくことは、違います。気づいていれば、いつかわかる可能性があります。セイが、その違いに気づいていることは、良いことです」

 セイは少しの間、すずなを見た。

「あなたは、変わりましたね」

「そうですか」

「最初は、規則の解釈を探していた。今は、もっと別のことを言っている」

「整理が進みました」

「まだ整理しているんですか」

「必要な場面では、整理します」

「整理が終わることはないのかもしれませんね」

「終わらなくてもいいと、最近は思っています」

「なぜですか」

「整理し続けることが、考え続けることだから、です。考え続けることは、悪いことではないと思うようになりました」

 セイは端末を閉じた。

「来月の確認を、また行います」

「はい」

「記録の提出を続けてください」

「続けます」

 セイは去った。今日も静かに、穏やかに。

 でも、来るたびに、少しだけ何かが違う気がした。わずかなことだが、すずなには見えた。

 

 ある夜、ミオがすずなに言った。

「ねえ、すずな」

「はい」

「わたし、ここにいていいんだって、最近は思えるようになった」

「最近は、というのは」

「前は、いていいかどうか、半分くらいは疑ってた。管理局に消されるかもしれないとか、すずなに迷惑をかけてるかもしれないとか」

「今は違いますか」

「今は……ここで役に立てることが、あるから。乗客の話を聞くことも、記録をとることを手伝うことも。なんかわたしにできることが、ある気がする」

「ありますね」

「ありますって言い切るんだ」

「あると思っているので」

「前はできないかも、って言う場面だったと思う。すずなも変わった」

「そうですか」

「うん。わたしのことを、信じるようになった気がする」

「最初から信じていました」

「信じる仕方が変わった、ってことかな。最初は、いてほしいっていう感情で信じてた。今は、ミオにはできることがあるって、事実として信じてる」

「そうかもしれません。一緒にいて、わかってきたことです」

「一緒にいて、わかること、ってあるんだね」

「あります」

「たとえば」

「ミオが大丈夫と言うときは、大丈夫ではないことが多い、というのは、一緒にいてわかりました」

「そんなこと、覚えてるんだ」

「覚えています」

「他には」

「ミオは乗客の話を聞くとき、最初に黙って座る。言葉より先に、そこにいることを示す。それを見て、わたしも学びました」

「わたしから学んだの?」

「はい」

「わたしが、すずなに何かを教えたんだ」

ミオは少し驚いた顔をした。

「たくさん、教えてもらいました」

「たとえば」

「正しいことと、苦しくないことは違う、というのは、白紙駅でミオが最初に言いました」

「そんなこと言ったっけ」

「言いました」

「覚えてるんだ」

「覚えています。大事な言葉だったので」

 ミオは少しの間、黙っていた。

「すずな、覚えることが多いね」

「覚えていたいものが、多いからです」

「わたしのことも?」

「一番多いです」

 ミオは何も言わなかった。

 代わりに、すずなの隣に近づいた。肩に少し寄りかかった。

「ありがとう」

「何のためにですか」

「覚えていてくれて」

「当然です」

「当然じゃない。でも、ありがとう」


 ネムが遠くで歌っていた。キップが見回りに出ていた。ホームに、乗り遅れた人たちの気配がある。

 すずなはノートを開いて今日の記録をつけた。乗客の状況、ミオの対応、ネムの歌の影響。事実を順番に書いた。

 最後に、一行だけ書いた。

 ──ミオが、ここにいていいと思えるようになった、と言った。

 業務記録に必要な内容ではなかった。でも、記録しておきたかった。

 消えた未来から来た少女が、今いる場所を、いていい場所だと思えるようになった日。

 それは、大事な日だと思ったから。

 ノートを閉じた。

 ミオがまだ肩に寄りかかっていた。すずなはそのままにしておいた。

 懐中時計が、ポケットの中で静かに動いていた。

 管理局の定刻ではない。でも、止まってもいない。ある方向へ、今日も確かに動いていた。

 窓の外に、第七遅延区の夜が広がっていた。

 琥珀色のホームの灯りが、並んでいる。遠くに列車の光が見える。乗り遅れた人たちの列車が、今夜も銀河の縁を走っている。

 その列車を、今夜も誰かが待っている。

定刻から外れた人たちが、それぞれの遅れを抱えて、ここに来る。

その人たちのそばに、定刻から外れた駅員と、消えた未来から来た少女たちと、小さな時刻獣がいる。

 それが、今の第七遅延区だった。

 正規記録に載らない者たちが、正規記録に載らない仕事をしている。

 変な区画だと、キップは言った。

 でも、悪くないと、すずなは思っている。

 ミオも、思っているはずだ。

 今夜、そこにいていい、と言ったから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ