表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀河鉄道管理局・第七遅延区の少女たち――遅れてきた未来と、記録にない少女――  作者: 明石竜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/22

第十五章 遅延証明書

 朝になった。

 ミオは結局、夜明け前に少しだけ眠った。すずなも、気がついたら目を閉じていた。ネムはよく眠っていた。キップだけが、窓枠の上でずっと起きていたらしく、朝になっても同じ場所にいた。

 起きたとき、ミオはすずなの肩に頭を預けたまま眠っていた。すずなは動かなかった。ミオが自分で起きるまで、そのままにしていた。

 ミオが目を開けた。

「……おはよう」

「おはようございます」

「眠れた?」

「少し」

「わたしも少し」

ミオは体を起こした。髪が乱れていたが、気にしない様子だった。

「今日、セイに会うの?」

「はい。第八の主任に、連絡を取ってもらえるか聞いてみます」

「わかった」

 ネムが目を覚ました。キップが台から降りてきた。

 すずなたちは、朝の準備をした。

 第八の主任は、すでに執務室にいた。すずなが連絡の件を頼むと、主任は端末に向かった。

「セイに伝えます。ただし、応じるかどうかは」

「わかっています。お願いします」

 待っている間、すずなはキップと話した。

「昨夜、考えていたことがあります」

「言ってみろ」

「遅延証明書の発行権限は本局にあります。セイが認めない限り、発行できない」

「そうだ」

「発行権限を持つ者が、セイだけとは限りませんか」

 キップは少し考えた。

「本局の上層部であれば、複数の者が権限を持つ可能性はある。ただし、今回の通達はセイが発令した。セイの権限が今回の件に関しては最上位にある」

「セイより上の権限を持つ者はいますか」

「局長がいるが、局長は現在、長期不在だ。セイは局長代理として動いている」

「局長が戻れば、話が変わる可能性がありますか」

「局長が戻れば、最終判断は局長になる。ただし、局長がいつ戻るかは、吾輩には分からない」

「では、別の方向から考えます。遅延証明書の発行要件に、何か抜け道はありますか」

「抜け道か」

「規則の範囲内で、セイの許可なく発行できる場合はありますか」

 

キップはしばらく考えた。長い間、黙っていた。

「一つだけ、可能性がある」

「何ですか」

「遅延証明書の発行には、通常、本局の承認が必要だ。ただし、古い規則に例外がある。第三十二条第七項。緊急遅延処置として、主任駅員以上の権限を持つ者が、当該遅延区の管轄内において、暫定的に遅延証明書を発行できる場合がある」

「暫定的に」

「あくまで暫定だ。あとから本局の承認が必要になる。承認されなければ、証明書は無効になる」

「でも、暫定でも発行できれば、時間が稼げます」

「そうだ。ただし、その規則を適用するためには、当該遅延区の主任駅員が緊急遅延処置を宣言する必要がある」

「第七遅延区の主任は、ハルカです」

「そうだ」

「ハルカが宣言すれば、暫定的に発行できますか」

「理論上は、そうなる。ただし、セイが第七遅延区に来ている状況で、ハルカが宣言するとは考えにくい」

「考えにくいということは、ゼロではありません」

「新人、ハルカ主任は規則を守る側にいる。セイの通達に従うことが、ハルカの立場だ。それに逆らう判断を、あの人がするとは思えない」

「聞いてみなければ、わかりません」

「ハルカ主任に、今から会いに行くのか」

「第七遅延区は、今どういう状況ですか」

「セイが来ているので、警戒が高まっている。ただ、セイは今朝から第八に向かっているはずだ。第七の状況は、少し落ち着いている可能性がある」

「行けますか」

「廃止路線を使えば、管理局に気づかれずに戻れる可能性がある。ただし、保証はできない」

「行きます。ミオとネムはここに置いていきます」

「一人で行くの?」

 ミオが尋ねた。

「キップと一緒です」

「わたしも行く」

「ミオは第七に近づかない方がいいです。セイの通達の対象なので」

「でも」

「ここで待っていてください」

すずなはミオを見た。

「約束しましたね。次は言う、と」

「言う、って約束したけど、一人でいなくなる約束をしたわけじゃない」

「そうですが、今回は状況が違います。ミオがいると、リスクが上がります」

「すずなだって、リスクがあるじゃん」

「わたしは管理局の見習い駅員です。正式な記録がある。ミオとは立場が違います」

 ミオはしばらくすずなを見ていた。

「……絶対に戻ってくる?」

「戻ります」

「約束?」

「約束します」

 ミオは少しの間、黙っていた。それから、すずなの制服の襟を少し直した。さりげない動作だった。すずなは少し驚いた。

「ちゃんと戻ってきて」

「戻ります」

「キップも」

「吾輩は常に戻る」

「ありがとう、ちび車掌」

「うるさい」

 

 すずなとキップは廃止路線を使って、第七遅延区へ向かった。

 往路は足音を忍ばせて歩いた。管理局の人員が廃止路線を確認に来ていないか、確認しながら進んだ。誰もいなかった。通達が出てから数日、管理局は廃止路線より現役路線の確認を優先しているようだった。

 七番線の扉から外へ出た。

 第七遅延区のホームは、静かだった。朝の業務が始まる前の時間帯で、駅員の姿が少ない。すずなは制服を正して、管理局の建物へ向かった。

 廊下を歩いているとき、すれ違った駅員が、すずなに気づいて少し目を細めた。でも、止めなかった。すずなは表情を変えずに歩いた。

 三階の執務室の前に着くと、ノックした。

「鐘ヶ瀬主任。星見すずなです」

 少しの間があった。

「入りなさい」

 扉を開けると、ハルカは机の前にいた。書類を持ったまま、すずなを見た。驚いた様子はなかった。

「戻ってきましたね」

「はい」

「無事で何よりです」

「ご心配をかけました」

「座りなさい」

 すずなは座った。キップは肩の上にいた。ハルカはキップを見て、すずなを見た。

「ミオさんとネムさんは」

「第八遅延区にいます」

「第八の主任から、あなたたちが来ていると連絡がありました」

「知っていましたか」

「昨夜から知っていました。烏丸セイにも伝えました」

「伝えたんですか」

「嘘をついてまで隠す理由が、私にはありません」

 すずなはその言葉を聞いた。ハルカは自分の立場から動かない。情報を隠すことはしない。それがこの人の仕事の仕方だと、すずなは改めて確認した。

「セイは今朝、第八へ向かいました。あなたたちと話し合いをするためだと聞きました」

「はい。昨夜、話し合いをしました」

「どうでしたか」

「セイの立場は変わりませんでした。わたしの答えも、まだ出ていません」

「それで、ここへ来た理由は」

「一つ、確認したいことがあります。第三十二条第七項について」

 ハルカの表情が、わずかに動いた。

「緊急遅延処置の規定ですね」

「知っていますか」

「管理局の規則は、すべて把握しています。古い規定ですが、有効です」

「主任権限で、暫定的に遅延証明書を発行できます」

「理論上は、そうです」

「ハルカ主任が緊急遅延処置を宣言すれば、ミオとネムのために、暫定的に遅延証明書を発行できます」

「そのあと、本局の承認が必要です。セイが承認するとは思えません」

「承認されなければ、証明書は無効になります。でも、時間を稼ぐことができます。セイと本格的な話し合いをするための時間が」

 ハルカは机の上の書類を置いた。窓の外を見た。第七遅延区のホームが見える。朝の光が差し始めていた。

「星見、あなたがここへ来て、私にそれを頼む。その意味は、わかっています」

「わかっていただいていると思って、来ました」

「私がそれをすれば、管理局の方針に逆らうことになります。セイの通達に反することになります」

「はい」

「処分の対象になり得ます」

「はい」

「それを承知で、私に頼んでいるんですか」

「承知しています。ハルカ主任が断っても、わかります。規則を守ることに、主任の仕事の意味があるのを、知っています。だから、強制するつもりはありません。ただ、可能性として、聞きに来ました」

 ハルカは窓から、すずなへ視線を戻した。

「あなたは、私が引きずられたことがある、と言ったのを覚えていますか」

「覚えています」

「あのとき、詳しくは話しませんでした。今、少しだけ話します」

 すずなは黙って聞いた。

「十年前、わたしはまだ一般の駅員でした。担当していた路線で、ある乗客と出会いました。規則違反の乗客でした。切符も身分証も持っていなかった」

 すずなは息を止めた。

「わたしはその乗客を、規則通りに引き渡しました。処理の対象として、上に報告しました。正しい判断でした。規則通りの判断でした。でも、その乗客が処理されたあと、わたしの担当していた路線で小さな異変が起きました」

「異変?」

「定刻が、少しだけ乱れました。わずかなものでしたが、その乗客がいなくなったことと、無関係ではないと思いました。証明はできません。でも、そう思いました」

 すずなは考えた。

「その乗客は、分岐存在でしたか?」

「今思えば、そうだったかもしれません。当時は、分岐存在という概念を、私は深く知りませんでした。処理したあとで、調べました。旧記録書庫で、似たような事例を探しました。いくつか見つかりました。分岐存在を消すことで、その周辺の定刻が乱れる事例が、稀にある」

「稀に」

「すべての場合ではありません。でも、ある」

 すずなは、その言葉の意味を考えた。分岐存在を消すことで、定刻が乱れる場合がある。セイの言うことが、常に正しいとは限らない可能性がある。

「主任がその話を、わたしに話してくれた理由は」

「情報を持っている人間と、持っていない人間では、できることが違います。以前も言いました」

「はい」

「それだけです」

 すずなはハルカを見た。ハルカはすずなを見ていた。事務的な目だったが、その奥にあるものが、今日は少しだけ違って見えた。

「主任」

「何ですか」

「十年前に引き渡した乗客のことを、今でも後悔していますか?」

 ハルカは少しの間、窓を見た。

「後悔しています。だから、今もその話をしています」

 執務室に静かな時間が流れた。

「第三十二条第七項を、適用することを検討します。返答は、今夜中にします」

「ありがとうございます」

「礼は早い。断るかもしれません」

「それでも、聞いてもらえたことに、感謝します」

 ハルカは書類を取り上げて、視線を下げた。話が終わったという意味だった。

 すずなは立ち上がった。

「一つだけ、最後に」

「何ですか」

「主任が言っていましたね。あなたは優しい。だからこそ、駅員には向いていないかもしれない、と」

「言いました」

「今も、そう思いますか」

 ハルカは書類を持ったまま、少しだけすずなを見た。

「向いていないかもしれない。でも」

「でも?」

「向いていないことが、悪いとは、今は思っていません」

 すずなはそれを聞いて、頭を下げた。

「ありがとうございました」


 執務室から廊下に出た瞬間、キップが言った。

「聞いたか」

「はい」

「ハルカ主任が、動くかもしれない」

「動いてくれるかどうかは、まだわかりません」

「でも、可能性がある」

「はい」

「新人、一つだけ聞いていいか」

「はい」

「遅延証明書が発行されたとして、責任を引き受ける者が必要だ。誰がなるつもりだ」

 すずなは少しだけ歩みを遅らせた。

「わたしです」

「管理局の記録から外れる可能性がある。通常の時間へ戻れなくなる可能性がある」

「知っています」

「それでも」

「それでも、です。ミオのそばにいたいからです」

「規則ではなく」

「規則ではなく」

「感情で、か」

「整理の終わった感情で、です」

 キップはしばらく何も言わなかった。廊下を歩く音だけが続いた。

「吾輩も、署名する」

 すずなは止まった。

「キップ」

「新人一人に責任を取らせるつもりはない。吾輩も補助車掌として、責任を引き受ける」

「処分されます」

「昔、処分できなかった後悔がある。今回は、する」

「昔というのは」

「規則通りに乗客を降ろした件だ。あのとき、規則の外で動ける立場にあった。でも、動かなかった。今回は動く」

 すずなはキップを見た。肩の上で、小さな体を真っすぐにして、車掌帽をかぶって、尊大な顔をしていた。

「ありがとうございます、キップ」

「礼は不要だ」

「言います」

「聞かない」

「言います」

 キップは耳を立てて、前を向いた。

「帰るぞ。ミオが待っている」

「はい」

 二人は廊下を歩いた。第七遅延区の廊下を、管理局の建物を、七番線へ向かって。

 廃止路線の扉の前に着いたとき、すずなは一度だけ振り返った。

管理局の建物を見た。琥珀色の照明が、廊下を照らしている。

 ここへ来て、一ヶ月と少しが経っていた。最初の夜間巡回で、貨物車両のミオを見つけた夜から、ここまで来た。規則を一度も破らなかった見習い駅員が、今は管理局の方針に逆らおうとしている。

 それを、後悔しているかと聞かれれば、していないと答える。

 懐中時計をポケットから出した。針は動いていた。管理局の定刻ではない方向へ、でも確かな方向へ。

 ミオが待っている場所へ、針は向いていた。

 すずなは扉を開けた。

 廃止路線の薄暗い空気が、迎えてきた。

 今夜、ハルカから返答が来る。

 それを受けて、次を決める。

 答えはまだ出ていないが、向かっている方向だけは、はっきりしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ