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新入社員の私、実は課長の妻です 〜会社では冷たい上司、家では私に甘える旦那様〜  作者: ちょこまろ


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第4話 新人の私を、旦那は特別扱いしない

会社では、新入社員と課長。


家では、夫と妻。


そう決めていても、実際に夫から上司として注意されるのは、思っていたより少し苦しい。


仕事で初めて大きなミスをしてしまった小春に、黒沢課長は決して甘い顔を見せません。


でも、それこそが小春の望んだことでした。


第4話「新人の私を、旦那は特別扱いしない」。


仕事では厳しい上司、家では優しい夫。


二つの顔を持つ誠司と、小春の成長をお楽しみください。

 瀬川さんに昼食へ誘われた翌日から、私は少しずつ会社に慣れていった。


 朝の挨拶。

 メールの確認。

 資料のファイリング。

 会議室の準備。

 簡単な集計作業。


 まだ大きな仕事は任されていない。

 でも、小さな仕事にも全部意味がある。


 そう思えるようになっただけ、少しは成長しているのかもしれない。


 ただし、慣れた頃が一番危ない。


「高瀬さん、この数値、元データと違う」


 黒沢課長の声に、私は心臓が跳ねた。


「えっ」


「ここ。先週分の数字が反映されていない」


 課長が指差した表を見る。

 確かに、更新前のデータを貼ってしまっていた。


 血の気が引いた。


「申し訳ありません。すぐ修正します」


「会議開始まで十五分です。間に合いますか」


「間に合わせます」


 私は急いで席に戻った。


 手が震える。

 でも震えている場合ではない。


 データを開き直し、数字を確認し、表を差し替える。

 印刷。

 差し替え。

 部数確認。


 真帆さんも手伝ってくれた。


「高瀬さん、こっち私やるよ」


「ありがとうございます!」


 どうにか会議には間に合った。


 でも、私は完全に落ち込んでいた。


 会議が終わった後、黒沢課長に呼ばれた。


「高瀬さん」


「はい」


 課長席の前に立つ。

 周囲の人たちも、何となく空気を察している。


 黒沢課長は、いつも通り冷静だった。


「今回のミスは、更新日の確認不足です。資料作成では、数字そのものだけでなく、数字がいつの時点のものかを見る必要があります」


「はい。申し訳ありませんでした」


「次からは、元データの更新日をメモに残してください。自分で確認したことが分かる形にすること」


「はい」


「失敗はしてもいい。ただし、同じ失敗を繰り返さない工夫をしてください」


 その言葉は厳しい。

 でも、逃げ道を塞ぐ言葉ではなかった。


 私は深く頭を下げた。


「ありがとうございます。次から気をつけます」


 黒沢課長は小さく頷いた。


「お願いします」


 それだけだった。


 妻としての慰めはない。

 夫としての甘さもない。

 そこにいるのは、ただの上司だった。


 分かっている。

 これでいい。


 でも、胸は痛い。


 席に戻ると、真帆さんが小声で言った。


「大丈夫?」


「はい。大丈夫です」


「黒沢課長、厳しいけど、ちゃんと次のやり方まで言ってくれるから」


「はい」


「私も最初、何度も注意されたよ」


「真帆さんもですか?」


「もちろん。今でもたまにされる」


 真帆さんは笑った。


「高瀬さん、落ち込むよりメモだよ」


「はい」


 私は頷いて、すぐにノートを開いた。


 更新日の確認。

 元データの保存場所。

 チェック欄を作る。

 提出前に声に出して確認。


 書いているうちに、少し気持ちが落ち着いた。


 仕事は、落ち込んで終わりではない。

 次に間違えないようにすることが大事なのだ。


 昼休み、瀬川さんが缶コーヒーを持ってきてくれた。


「高瀬さん、これ」


「えっ、いいんですか」


「うん。朝、大変だったし」


「ありがとうございます。でも、申し訳ないです」


「気にしないで。新人の頃はみんな通る道だから」


 瀬川さんは本当に親切だ。


 その親切がありがたい一方で、私は少しだけ困った。


 課長席の方を見ないようにした。

 見たら、絶対に誠司さんの視線を拾ってしまう気がしたから。


「高瀬さんって、頑張りすぎるタイプ?」


「そう見えますか?」


「うん。失敗した時に、全部自分で抱えそう」


「そんなことは……」


 あるかもしれない。


 私は昔から、人に頼るのが少し苦手だった。

 社長が叔父だと知られたくないのも、誠司さんの妻だと知られたくないのも、結局は自分の力で立っていたいからだ。


「でも、誰かに聞くのも仕事だよ」


 瀬川さんの言葉に、私ははっとした。


「そうですね」


「黒沢課長も、分からないままにするなって言ってたでしょ」


「はい」


「だから、俺でも三浦さんでも、聞いて」


「ありがとうございます」


 その時、背後から声がした。


「瀬川」


 黒沢課長だった。


「はい」


「午後の打ち合わせ資料、確認したい。準備できていますか」


「あ、はい。すぐ持っていきます」


「お願いします」


 黒沢課長は私の方を見なかった。

 でも、見ていないことが逆に分かった。


 これは、夫として我慢している顔だ。


 やめて。

 その我慢、空気に出てる。

 心の中でツッコむこっちの身にもなってほしい。


 午後は、朝のミスを引きずらないよう必死に働いた。

 分からないことは真帆さんに確認し、メモを取り、チェックリストも作った。


 夕方、黒沢課長に修正後の資料を提出する。


「確認お願いします」


 課長は資料を見る。

 しばらく沈黙が続く。


 心臓に悪い。


「修正されています。更新日のメモもありますね」


「はい」


「次回からもこの形で続けてください」


「はい」


 それだけだった。


 でも私は少しだけ救われた。


 退勤後、私は一人で会社を出た。

 誠司さんとは時間をずらす。


 駅へ向かう道で、少し泣きそうになった。


 悔しい。

 恥ずかしい。

 でも、次はちゃんとやりたい。


 そう思って歩いていると、スマホが震えた。


 誠司さんからだった。


『先に帰っていてくれ。今日は少し遅くなる』


 私は画面を見つめた。


『分かりました。お疲れさまです』


 そう返信して、スマホをしまった。


 家に帰ると、部屋は静かだった。

 私は着替えて、夕食の準備を始めた。


 作りながら、今日のことを何度も思い出してしまう。


 誠司さんは正しかった。

 私は確認を怠った。

 でも、夫に注意されるのは、思ったより心に刺さる。


 分かっているのに。

 自分で望んだことなのに。


 鍋の中の味噌汁を見つめていると、玄関の鍵が開く音がした。


「ただいま」


「おかえりなさい」


 私はできるだけ普通に言った。


 誠司さんがリビングに入ってくる。

 ネクタイを緩めた姿を見た瞬間、急に安心してしまった。


「小春」


 その声が優しくて、私はもうだめだった。


「……今日、悔しかったです」


「ああ」


「ちゃんと確認したつもりだったのに、できていませんでした」


「ああ」


「課長の言っていることは正しかったです」


「ああ」


「でも、少しだけ、落ち込みました」


 誠司さんは何も言わずに私を抱きしめた。


 今日一日、会社では絶対に触れなかった手が、私の背中に回る。


「会社では、言えなかった」


「はい」


「小春、よく踏ん張った」


 その一言で、涙がこぼれそうになった。


「泣いてもいいですか」


「いい」


「でも、少しだけです。明日、目が腫れたら困ります」


「冷やす」


「現実的ですね」


「夫だからな」


 私は笑いながら、少しだけ泣いた。


 誠司さんは何も急かさず、私の背中を撫でてくれた。


「小春」


「はい」


「俺は、会社では君を特別扱いしない」


「分かっています」


「でも、家では特別扱いする」


 私は顔を上げた。


「それは、ずるいです」


「ずるくてもいい」


 誠司さんは、少しだけ困ったように笑った。


「君は俺の妻だから」


 胸の奥が甘く痛む。


「……じゃあ、今日は特別扱いしてください」


「ああ」


「食後の洗い物、お願いします」


「任せろ」


「あと、靴下」


「今日はもう洗濯かごに入れた」


「成長していますね」


「小春に育てられているからな」


 私は思わず笑った。


 カカア天下というほど偉そうではない。

 でも、たぶん私はこの人を少しだけ手のひらで転がしている。


 そしてこの人も、それを分かっていて嬉しそうにしている。


 翌朝、私は会社へ向かう電車の中で、ノートを開いた。


 昨日作ったチェックリストをもう一度見る。


 失敗した。

 でも、次は失敗しないようにできる。


 会社では、新入社員の高瀬小春。

 家では、黒沢誠司の妻。


 どちらの私も、少しずつ成長していけばいい。


 そう思っていた。

第4話をお読みいただき、ありがとうございます。


仕事でミスをしてしまった小春。


黒沢課長は、妻だからと庇うことも、甘く済ませることもしませんでした。


失敗した原因を伝え、

次に同じミスをしない方法まで教える。


会社では、あくまで一人の上司として小春に向き合います。


そして家に帰ってからは――。


「小春、よく踏ん張った」


会社では言えなかった言葉を、今度は夫として伝えてくれました。


「俺は、会社では君を特別扱いしない」

「でも、家では特別扱いする」


厳しくされることも、甘やかされることも、どちらも小春にとって大切な時間です。


失敗を経験した小春は、同じことを繰り返さないためのチェックリストを作り、少しずつ新入社員として成長し始めます。


そして次話――。


そんな小春の頑張りを、瀬川もちゃんと見ていました。


しかし、それを面白く思えない人が一人。


次話「課長、嫉妬を隠せていません」。


仕事では完璧な黒沢課長の、隠しきれない夫の顔にもご注目ください。

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