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新入社員の私、実は課長の妻です 〜会社では冷たい上司、家では私に甘える旦那様〜  作者: ちょこまろ


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2/7

第2話 社長だけが知っている、二つの秘密

課長は夫。


そして、社長は叔父。


新入社員・高瀬小春には、会社で絶対に知られてはいけない秘密が二つあります。


しかも、その両方を知っている社長本人が、一番楽しんでいるようで……。


「課長の妻」でも「社長の姪」でもなく、自分自身の力で認められたい小春。


秘密だらけの社会人生活、二日目の始まりです。


第2話、お楽しみください。

 桐谷宗一郎社長は、私の母の弟だ。


 母の旧姓が桐谷で、社長も桐谷。

 私の旧姓は高瀬。

 結婚後の名字は黒沢。


 つまり、社内で私と社長の血縁に気づく人はまずいない。


 ありがたい。

 名字が違うって、こんなに便利なんですね。


 ただし、本人がうっかり「小春」と呼ばなければ、の話だけれど。


「高瀬さん、社長室にこの資料を届けてもらえる?」


 午前十時。

 真帆さんから頼まれた私は、資料を抱えて社長室へ向かった。


「はい」


 普通なら緊張する場面だと思う。


 でも私の場合、緊張の種類が違う。


 社長。

 お願いだから余計なことを言わないでください。

 私、まだ二日目です。

 心臓が新人仕様です。


 社長室の前で深呼吸をして、ノックする。


「高瀬です。資料をお持ちしました」


「どうぞ」


「失礼します」


 扉を開けると、社長はデスクで書類に目を通していた。


 会社では、やはり立派な社長に見える。

 家族の集まりで、焼き鳥を片手に「小春は小さい頃からよく喋る子だった」と笑っていた叔父とは別人だ。


 人間って、場所でこんなに変わるんだ。

 うちの夫もだけど。


「こちら、営業企画部からの資料です」


「ありがとう」


 社長は資料を受け取ると、私の顔を見た。


「どうだい、会社は」


「まだ分からないことばかりですが、皆さん親切です」


「黒沢くんは?」


「課長として、きちんと接してくださっています」


「家では?」


「社長」


「はい」


 社長は笑った。


 いや、はいじゃない。

 なぜ自然に家の話を混ぜるんですか。


「叔父さんとしては心配でね」


「会社では社長です」


「分かっているよ、小春」


「社長」


「ああ、そうだった。高瀬さん」


 この人、絶対にわざとだ。


 私は資料を置きながら、小さく息を吐いた。


「本当に、会社では秘密にしてください。私、ちゃんと仕事で認められたいんです」


 社長の表情が、少しだけ真面目になった。


「分かっている。採用にも私は関わっていない。君は君の力で入った。そこは私が保証する」


「ありがとうございます」


「黒沢くんも、そこは分かっているよ。だから会社では厳しくするだろう」


「はい」


「でも、家では甘えるだろうね」


「社長」


「事実だろう?」


 否定できないのが悔しい。


 社長は楽しそうに笑ったあと、少しだけ声を柔らかくした。


「黒沢くんは、君と結婚してから少し柔らかくなった。前は責任感ばかり強くて、自分の弱さを誰にも見せなかったからね」


 私は少し黙った。


 誠司さんは、会社では完璧に見える。

 でも家では、たまに疲れた顔をする。

 ソファに座って、何も言わずに私の手を握ってくる日がある。


 あの人が、私の前だけで力を抜いてくれること。

 それが少し誇らしくて、少し愛おしい。


「私も、誠司さんに支えられています」


 思わずそう言ってから、はっとした。


 社長の口元がにやりと上がる。


「誠司さん」


「今のは忘れてください」


「いやあ、いいね。新婚だね」


「社長」


「はいはい。忘れた」


 絶対忘れてない。


 私は逃げるように社長室を出た。


 フロアへ戻ると、瀬川さんが声をかけてきた。


「高瀬さん、社長室どうだった?」


「緊張しました」


 嘘ではない。

 種類は違うけど。


「社長、穏やかそうだよね」


「はい。とても」


 穏やかです。

 ただし、余計なことを言う叔父です。


「高瀬さんって、落ち着いてるよね。新入社員なのに」


「そんなことないです。内心ずっと慌ててます」


「そう? 黒沢課長の前でもちゃんと受け答えしてるし」


 その瞬間、課長席の方から視線を感じた。


 黒沢課長が資料を見ながら、こちらに意識を向けている。


 見てる。

 絶対に聞いてる。

 夫の耳がこっちを向いている。


「黒沢課長って怖くない?」


 瀬川さんが小声で聞いてきた。


 私は一瞬、返答に詰まった。


 怖い?

 黒沢課長が?


 家では私の作った味噌汁を飲んで「小春の味がする」と真顔で言う人ですけど。

 昨日は洗濯物を畳みながら、私の靴下を左右揃えて満足そうにしていた人ですけど。


 怖いというより、大型犬です。

 会社では狼っぽいけど、家では完全に大型犬です。


「えっと……仕事には厳しいですけど、ちゃんと見てくださる方だと思います」


「へえ。高瀬さん、よく見てるね」


「い、いえ。昨日今日の印象です」


 危ない。

 妻目線が出るところだった。


 その時、黒沢課長が立ち上がった。


「瀬川」


「はい」


「午前中の集計、確認したい。五分後に持ってきて」


「承知しました」


 瀬川さんが慌てて席に戻る。


 黒沢課長は私の方を見なかった。

 でも、少しだけ横顔が硬い。


 まさか。

 今ので嫉妬?


 いやいやいや。

 会社で?

 課長の顔で?

 新入社員と先輩が会話しただけで?


 やめて。

 夫の嫉妬、会社に持ち込まないで。

 私が笑いそうになるから。


 午後は資料作成の補助だった。

 真帆さんが作った資料の数字を確認する。

 小さな作業だけれど、責任はある。


 私は何度も確認してから、黒沢課長へ提出した。


「確認お願いします」


「分かりました」


 課長は資料に目を通す。

 その横顔は真剣だった。


 家では、こんな顔をあまり見ない。

 仕事をしている誠司さんは、やっぱりかっこいい。


 いや、だめ。

 今、課長。

 課長をかっこいいと思うのは部下として自然かもしれないけど、妻として顔に出したら終わり。


「高瀬さん」


「はい」


「ここ、数字は合っています。ただ、表の見出しが一つ前の形式のままです」


「あっ、すみません。修正します」


「次からは、前回資料を流用する時に、見出しと日付を先に確認してください」


「はい」


 きちんと注意された。


 でも、不思議と嫌ではなかった。

 妻として甘やかされるのではなく、新入社員として扱われている。

 それが嬉しかった。


「ありがとうございます」


 私が言うと、黒沢課長は一瞬だけ目を細めた。


「お願いします」


 その一瞬の優しさを、私はちゃんと見てしまう。


 退勤後、私は少し遅れて会社を出た。

 誠司さんとは別々に帰る。

 これも決まりだった。


 帰り際、瀬川さんがコピー機の前で私を呼び止めた。


「高瀬さん」


「はい」


「今日、色々大変だったね。お疲れさま」


「ありがとうございます」


「……あれ?」


「え?」


 瀬川さんの視線が、私の左手に落ちた。


 薬指。


 私は会社では結婚指輪を外している。

 でも、昨夜までつけていた指輪の痕が、うっすら残っていた。


 まずい。


「高瀬さんってさ」


 瀬川さんが、少し不思議そうに言った。


「指輪、してないんだね」


 私は一瞬、息を止めた。


「……え?」


「いや、なんか、痕みたいなのが見えた気がして」


 心臓が跳ねる。


 黒沢課長の妻であること。

 社長の姪であること。


 二つの秘密は、まだ二日目なのに、指先からバレかけていた。

第2話をお読みいただき、ありがとうございます。


社長は叔父。

直属の課長は夫。

そして小春は、何も知らない新入社員として働いています。


誠司も会社ではきちんと上司として接し、小春のミスはしっかり指摘する。


それを小春自身も、


「妻として甘やかされるのではなく、新入社員として扱われている」


と嬉しく感じています。


ところが――。


会社では外しているはずの結婚指輪。


その薬指には、うっすらと「痕」が残っていました。


「指輪、してないんだね」


秘密生活、まだ二日目。


早くも最大級のピンチです。


次話「外した指輪と、家でだけ戻る証」も、お楽しみいただけましたら嬉しいです。

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