212話 イミテーション・スパイラル
レルゲンを潰さんとする力を上空に逃がすと、天井が圧力に耐えかねて派手に吹き飛び、雲一つない空が露わになる。
しかし、依然としてレルゲンは気を失ったまま。マリーはレルゲンの鼓動を感じ取ったが、左目からの出血が激しい。
「セレス姉様!」
「任せてください。レルゲン、しっかりしてください!」
すぐに遠距離からの回復魔術が発動し、出血の勢いが緩やかになる。
レルゲンの眼が完全に焼き焦がされ、回復魔術の効きまで阻害されていることに、セレスティアはすぐに気づく。額に汗を滲ませながらも、治療を続けた。
すぐに治せない重症と判断した召子も、アビィにリジェネライト・ヒールを掛け直すように指示を出す。
その様子を黙って見ていた魔王メアリーが口を開いた。
「やるね。確かマリーだったかな? 新しい力で私の魔術を上空に逃がしたか。しかし残念だ。君たちの心の拠り所は、既に倒れた。もう諦めてしまってもいいよ。楽に殺してあげるから」
全員が今の一言で諦めたと確信した魔王メアリーに、脇に控えていたクラリスが報告する。
「魔王様――こちらを」
「心念計の腕時計がどうしたんだい? おぉ、どんどん上昇している。諦めるどころか、さらにやる気になっているじゃないか」
魔王メアリーは満足そうな表情を浮かべながら、倒れているレルゲンの周りに集まっている仲間を眺めていた。
普段から何度も助けられてきたマリーとセレスティアは、特に闘志が漲っていた。
――いつも私たちを助けてくれたレルゲンを、今度は私たちが助ける番!
「マリー! 力を貸してください! あなたの、念動魔術が必要です!」
「念動魔術が……? どうするの?」
――レルゲンの目を潰してから焼いた魔術は恐らく私で言うところのトリプルキャスト・マジック。その技の構成と考え方、利用させて頂きます。もうナイト・ブルームスタットの時のように、ただ理解できない魔術行使を眺めている時の私ではありません!
「魔王は、何らかの圧力を利用した魔術を使っています。その力をマリーの念動魔術で打ち消して欲しいのです」
これから行使するのは初めて挑戦する複合魔術。小声で呟きながら頭の中をクリアにしていき、そして唱える。
「トリプルキャスト・マジック!――イミテーション・スパイラル!」
唱えられた瞬間、セレスティアの背後に現れたのは氷でできた螺旋を描く巨大な剣。
その螺旋剣は、剣自体を氷へ性質変化させた水属性、形状を強化する聖属性、そしてレルゲンがよく使っていた、貫通力を高める風属性を合わせた複合魔術。
完成した巨大な螺旋剣を待機させ、マリーの名を呼ぶ。
「マリー! お願いします!」
大きく頷いて、マリーは細い半透明の糸のようなものを接続する。
すると少しずつ回転数を上げていき、周辺の大気を巻き込みながら風切り音を部屋中に響かせていく。
ナイト・ブルームスタットが最後に繰り出した奥の手――コンセクティブ・フラッドは四種の魔術を複合させたユニーク魔術。
セレスティアとマリーの合わせ技とはいえ、疑似的にフォースキャスト・マジックを可能にしていた。
マリーが念動魔術で勢いよく魔王メアリーに向けて射出する。
――ギュイィィィイイインンン!!
巨大な螺旋剣は高速回転しながら轟音をまき散らし、一直線に突き進むが、切っ先が下に向き始める。
「フィフティーン・タイムス」
魔王メアリーが唱えると、螺旋剣の先端が垂れるように下がっていく。
――絶対に落としてなるものか!!
魔力糸に全力で魔力を流し、魔王から放たれる重圧に抵抗していく。
だが、少し、また少しと高度が落ちていく。
「上がって……!」
懇願にも似た声を上げてなおも抵抗を続けるが、高度が落ちる現実を止められない。
諦めかけたその時、優しい光でできた手がマリーの肩に乗せられた。
――マリー、念動魔術は魔力の総量で何とかする魔術じゃない。イメージだ。奴の重圧よりも上がるイメージを魔力糸から剣に伝えるんだ。君ならきっと……いや、必ずできるはずだ)
「……レルゲン!」
マリーがその名を呼ぶ。
心に響いてきた声は確かにレルゲンのものだったが、声の主は未だ立ち上がらない。
マリーは気のせいか、あるいはレルゲンの幻聴なのかとも思ったが、この際どちらでもよかった。
レルゲンの手に触れると、声を聞くと、不思議と勇気が湧いてくる。
マリーは心の中で感謝して一度瞼を閉じた。
――必要なのは魔力じゃない。この剣を上昇させるだけのイメージ力。それが念動魔術の真髄。
感情が落ち着き、再び瞼を開く。
螺旋剣はもう床に接触する寸前。
今にも破壊されそうになるが、マリーは落ち着いていた。
「――上がれ!」
短く命令された氷の螺旋剣は、重圧を押し返すように少しずつ上昇していく。
高速回転する剣が、魔王メアリーへと迫ってゆく。
再び笑いながら避けずにあえて受け止めようと、魔王メアリーは両手を前に掲げたが、割って入る者がいた。
その者は片手で螺旋剣の先端を、万力で締め付けるかのように握り潰す。
回転が少しずつ緩やかになっていった。
――今の一撃を受け止めた!?
セレスティアとマリーが驚愕の表情を向けた相手は、長い銀髪をたなびかせたメイドだった。
しかし、凄まじい威力を殺しきれなかった証拠に、クラリスの右手から流れた血が螺旋剣を伝い、床へボタボタと零れ落ちている。
次の瞬間――室内を強烈な殺気が充満していき、その場にいる全員が、クラリスさえも脂汗を流すほどだった。
「誰が護って欲しいと願った? その命令は誰が出した?」
魔王メアリーはセレスティアやマリーに向けてではなく、クラリスに対して殺気を放っていた。
「御身に危険が及ぶ可能性が……」
「質問に答えなさい。お前も私を憐れむのか?」
返事はない。
何を言っても魔王メアリーの激情を煽り立てるだけ。そう判断したクラリスは瞼を閉じてただ礼の構えを取るのみ。
常軌を逸した忠誠心が魔王メアリーの激情を止めた。
「少し、お話でもしようか」
戦いの最中だというのに、魔王メアリーは誰の許可を得るでもなく話し始めた。
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スピンオフ短編もあります!
「悲恋の掌握者、ディシアは自分の足で歩いていく」




