207話 口での勝負は、もはやこれまで
赤いカーテンから怪しく光る月光が差し込む部屋には、長机と、複数の空席が目立つ椅子が並び、二人の悪魔と一人の少女が腰掛けていた。
スティルとディシアの前には、別室で自身のコピーと戦っているレルゲンたちが映し出されている。
満足そうにニコニコしながら画面を眺めるスティルに、ディシアは一種の気味の悪さを感じていた。
――戦いはどう見てもレルゲンとセレスたちが押している。にも関わらずこの悪魔の二人はどうしてこんなにも落ち着いているのか?
用意された紅茶には一切手をつけず、空席にあった紅茶は既に湯気を失い、主を失っている。
ディシアの疑う視線を感じ取ったのか、スティルは笑いかける。
「おや、何かな? 若き技術者担当のお嬢さん」
「ディシアです。あなた方はこの戦況を見てなぜそのような表情ができるのですか?」
「ではディシア君。君は研究がうまく進んでいる時、どんな表情をするかな?」
「質問の意味がわかりません。ですが、達成感による喜びの感情を表に出すでしょうね」
「そう! その表情こそ、今の僕というわけだよ」
ディシアはますます理解できないという表情になり、スティルを問いただす。
「戦況はどう見てもこちら側が押しています。あなたはそれを待ち望んでいたとでも言うのですか?」
「その通り、これは試練だ――逆に過去の自分に負けられると困る。だから今、僕の作ったインスタンス・コピーを君たちが圧倒しているのはとても望ましい結果だよ」
――このスティルという研究者……こちら側が勝つことを望んでいる……?
「君が今何を考えているのか当ててみようか。
僕の騎士君たちが勝つことを望んでいる。真の狙いはどこにある……かな?」
「……!」
完璧に思考をトレースされたディシアは、声に出すまいと何とか踏み止まる。
「真の狙いとは少し違うけれど、僕の望んでいることは君たちの成長さ。だから、過去の自分と向き合って足りないものや、自分にしかない優れた技術や才能を再認識してもらう。それこそが、まだ伸び代の多くある君たちには必要と言うわけさ。ご理解頂けたかな?」
「私たちはあなた方の敵です。それは間違いない。ですが、敵のあなたは我々の成長を望んでいるという矛盾を抱えている。なぜあなたに我々の成長を後押ししてもらわなければならないのでしょうか」
「……はぁ」
スティルは少し落胆したように息を吐き出し、ディシアを見つめて最後の答えを告げる。
「やれやれ、最後は君自身に気づいて欲しかったが、最後まで教えるとしよう。君は、君たちは魔王様の強さがどれくらいなのか、考えたことはあるかい?」
「いえ、ありません。というより、これからあなた方の主を必ず倒すと決めているのに、相手の強さを測るというフィルターは私たちにとっては不要です」
「ふむ、なるほど勇ましいね。でもそれはこう言い換えることもできる――思考停止と」
ディシアはすぐに反論しようと席を立ちかけたが、寸前のところで止まって椅子を引く仕草で誤魔化す。
スティルはディシアの顔を見て薄く笑い、話を続ける。
「魔王様は、短期間のうちに君たちが凄まじい速度で力をつけていること、その成長速度にご満悦だ。しかし、あくまでも未来の君たちが魔王様と対等な勝負ができる可能性が少しでもあるという希望の話。今の君たちの成長速度は研究者の私から見ても、悪魔より数段早いペースで進んでいる。正に驚異的と言っていい。だから人間界へ悪魔の尖兵を送って君たちの成長を促したというわけさ」
「今までの戦いが、全て魔王の掌の上だったとでも言いたいのですか?」
「全てじゃない。かつて騎士君の師であったナイト・ブルームスタットや、ダンジョン創始者であるテクト・シュトラーゼンとの戦いは予定にはなかった。そもそも、ヨルダルクが勝手に騎士君を警戒して勇者を召喚したんだ。こちらとしては魔王様の復活が進んで大変助かったが、今にして思えば勇者に粛正されなくて良かったよ。あれは正直に言って、僕たち魔王軍も介入すべきか、非常に迷ったんだよ?」
スティルは紅茶のお代わりをハーディに要求して、さらに続ける。
「だから騎士君という異分子に感化されて着実に成長し、そして何度も死戦を潜り抜ける君たちに目をつけた。今の勇者をここまで導いてくれると」
「つまり、成長速度は目を見張るものがあっても、まだ魔王と戦うには早い。そう仰りたいのですね」
「それだけではないけれど、おおかた正しい理解だよ。ディシア君」
新しい紅茶を飲みながら、片目を閉じてディシアを観察する。
煽られた後にどんな反論を理性的にしてくるのか楽しみだと言わんばかりの表情に、ディシアは応えなかった。
むしろ逆――感情的になって反論し、スティルの余裕の表情を一変させた。
「私たちを勇者のガイドとでも思っているのならば、それは大きな間違いですよ。研究者スティル。私は――私たちは、ここへ決死の覚悟でやって来ている。それを愚弄されて黙っているようでは、今を必死に戦っている彼等に泥を塗るのと同じこと。結局正しいのは歴史に刻まれる勝者のみ。敗者は死んでしまえば、もはやそれまで――それは私がこの杖を持っていても関係のないこと。さぁ、武器を取りなさい。研究者スティル」
まさか他に助けが全くいない状態で、戦闘員ではなかったはずのディシアが宣戦布告に打って出るとは思っていなかった二人は、大いに驚いた表情を浮かべた。
しかし、明らかに先程とは、言葉に込められた覚悟が違う。
本気で戦う意志がディシアにあると感じたスティルは、指をパチンと鳴らしてハーディに合図を出す。
「残念だよ。もっと君と話したかったけど、これまでのようだね。ハーディ、仕事だよ」
大きなため息を吐きながらも、スティルの前に立つ助手。
「わかりました、本当ならあなたが戦った方が早いでしょうに。ディシアさん――あまり抵抗されると痛いのでおすすめしません。なるべく早く殺して差し上げますから、そこを動かないで下さいね」
ディシアの頬から一滴の汗が零れ落ちる。
だが、全く勝算のない戦いだとも思わなかった。
ジャックからレルゲンを護った時の感覚、あれをもう一度できれば可能性はある。
震える足を叱咤して、再び吠えるようにスティルへ言い放つ。
「戦う覚悟の無いあなたには、絶対に負けません。私がもし倒れたとしても、きっとレルゲンがあなたを、そして魔王を止めてくれる!
ここで終わりにはしません!」
その時、聞き慣れた安心感を与えてくれる声が響いた。
「そうだ、俺たちには覚悟がある――それがないお前たちには、やはり負けるわけにはいかないな」
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スピンオフ短編もあります!
「悲恋の掌握者、ディシアは自分の足で歩いていく」




