208話 呪縛を断ち斬る
「レルゲン! 皆さん!」
ディシアが振り返った先には、見慣れた顔が揃っていた。
全員が自らのコピーを打ち倒し、スティルの前に姿を見せると、狼狽した様子の研究者とその助手が佇んでいた。
「馬鹿な……! 倒されることは予定通りとはいえ、早過ぎる……! まさか」
「逃げたと疑っているのか?」
「……っ!」
思考を先読みされ、スティルが一歩下がる。
レルゲンが懐から魔石を取り出して見せると、脇に控えていたハーディが呟いた。
「コピーの魔石……」
「では本当に君たちはこの短時間で自らの壁を打ち破ったとでも言うのか……ふふっ」
驚きの表情から一変し、スティルは徐々に笑いを堪えきれなくなっていく。
「ふふふ、ハハハハハ!! 素晴らしい! 素晴らしい成果だよ!! 私の予想を大いに上回った! これが笑わずにいられるだろうか!」
天を仰ぎながら口元を押さえて高笑いをする研究者は、喜びの感情を爆発させながら机を何度も強く叩いた。
しばしスティルの高笑いだけが場を包んだが、レルゲンが空気を引き締める。
「喜んでいるところ悪いが、これからお前たちを倒させてもらう」
「ん? あぁ、そうだったね。そういえば僕たちは敵同士だ。その考えは十分理解できる。だけど教えて欲しい。どうやって僕のインスタンス・コピーを倒したんだい? あれには悪属性付与もされていたと思うが」
「なるほど、ならあの言動には納得だ。研究者――お前は間違えていた」
「何にだい?」
「俺たちのコピーに悪属性を追加して強くしたつもりだろうが、むしろ逆だったな。あれは俺たちの心に余裕を持たせていたぞ」
「そうか……ふむ、では僕は強くしたつもりが逆に弱体化させていたと。参考までにどんなやり取りをしたのか教えてもらっても?」
「俺たちの中にある負の感情を悪属性付与で増幅させたような言葉を使っていたが、そんなことはもうとっくに乗り越えているんだよ」
「では僕の用意した試練はここにくる前に既に乗り越え、結果的に二番煎じの試練を用意してしまったと」
真っ直ぐに見つめていると、スティルは椅子から立ち上がり、頭を下げて謝罪した。
「それはすまなかった。大層不快な思いをさせただろう。僕は君たちの成長速度を見誤っていたんだね」
ハーディは敵から完全に目を切り、頭を下げている上官を見て好機だと判断すると、レルゲンへ視線を向けた。だが、誰一人としてスティルの首を落とそうとする者はいなかった。
小さくため息をついてまた一歩下がると、マリーが神剣を構えてハーディを斬りつけた。
突然凶行に走ったマリーに、全員が驚いてハーディを見る。しかし、傷一つ付いていない。
ハーディは斬られた所を何度も触って確かめたが、そもそも再生したわけではない――正真正銘、擦り傷すらついていなかった。
神剣を肩に担いで、マリーが口を開く。
「あなた、そのスティルって奴に嫌々従っていただけなんでしょう? その呪いの契約ってやつで。だからあなたを縛っているその契約だけ断ち切らせてもらったわ」
「は? いやいや、そんなことができるとは思えないね。ハーディ、戯言を抜かしたマリー君を黙らせるんだ」
ハーディは一度マリーを見て薄く笑ったが、すぐに表情を戻して小さく礼を返した。
「かしこまりました」
素直に命令を聞いた助手を見て、スティルは満足そうな表情を浮かべて紅茶を啜る。
一歩前に出てマリーに近づく。
そばに控えていたハーディが拳に魔力を込めて腰を落とした。だが、突進するのではなく、回転するように身体を捻り、スティルの顔面へと裏拳を命中させた。
声にならない悲鳴を漏らして後方に吹き飛んでいき、スティルが壁面に叩きつけられる。
「……がはっ!」
「あなたに感謝を――改めて、名前をお伺いしても?」
「マリーよ。マリー・トレスティア」
「では改めてマリー。本来敵である私の呪いを断ち切って下さりありがとうございました。あそこで寝ている悪魔はすぐには起きてこないでしょう。ご案内いたします。魔王のもとへ」
ハーディの案内で進んでいきながら、レルゲンが尋ねる。
「隷属の加護っていう新しい加護を授かったの。だからその加護を使って、呪いの契約部分だけ斬れる気がして。なんか隷属と契約って似てるでしょ?」
にこやかに言ってのけるマリーを見て、レルゲンは薄く笑う。
「こちらが魔王が座す間になります。準備ができたらお声がけください」
「あぁ、開けてくれ」
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スピンオフ短編もあります!
「悲恋の掌握者、ディシアは自分の足で歩いていく」




