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灰になる穀物

「北方穀物輸送隊は、すべての積荷を王都第三区倉庫へ運び終える」


 白碑の黒い文字を写しながら、カイは少しだけ眉を寄せた。


 北方の街道では、このところ商人の往来が減っている。神殿にも、国境近くで荷車の検査が増えたという報告が届いていた。


 そんな中で、穀物輸送隊が積荷を欠かさず王都まで運び終える。


 それなら、冬を前にした朗報だった。


 だが、その下には薄灰色の文字があった。


「搬入後、積荷の半分が焼失する」


 カイは二つの文を続けて読んだ。


 道中では失わない。


 倉庫までは届く。


 それなのに、届いた後で半分が焼ける。


 なら、調べるべき場所は街道ではない。


 王都第三区倉庫だ。



「今回の便は、ただの定期便ではない」


 神殿長室で、セドリックは北方から届いた報告書を机へ置いた。


「国境情勢が落ち着かないため、冬用の一部を前倒しした緊急備蓄便だ。失えば王都の備蓄計画に響く」


 白碑が予言した理由も、それなら分かる。


「倉庫を調べます」


「すでに倉庫側へ安全確認を命じた」


「火災の危険を?」


「白碑に書かれているのは輸送の完了だ。君の申告は別件として伝えてある」


 言い方は相変わらずだった。


 信じるとは言わない。


 だが、調べることは止めない。


「ガレス・ヴォルクを同行させる。倉庫側も、今の君を門前払いはしないだろう」


 少しだけ立場が変わっている。


 予言者としてではなく、面倒な事故を事前に見つける書記として。


 それで十分だった。



 王都第三区倉庫は、石壁で区切られた六つの保管区画からできていた。


 ガレスと一緒に一つずつ見て回る。


 火炉はない。


 照明も壁掛けの魔灯で、裸火を使わない。


 倉庫責任者は、いかにも迷惑そうに説明した。


「穀物倉庫ですよ。火には一番気を遣っています」


「油は?」


「荷車用なら外の整備小屋です。倉庫内には持ち込みません」


 ガレスが整備小屋を確認したが、鍵も在庫も問題ない。


 屋根裏。


 壁際。


 搬入口。


 火が自然に出そうな場所は見つからなかった。


「また煙道みたいなものがあるわけじゃなさそうだな」


「そうですね」


 カイは倉庫の中央に立った。


 事故なら、火元があるはずだ。


 火元がないのに燃えるなら。


 誰かが火を持ち込む。


 そう考えた時、別の違和感に気づいた。


 空き場所が多い。


「今、ここにはどれくらい穀物が?」


「帳簿を見てください」


 責任者が棚の脇に掛けられた在庫表を指した。


 カイは数字を追った。


 そして倉庫内を見回す。


「これ、合ってます?」


「何がです」


「帳簿では、もっと埋まってるはずです」


 責任者の顔がわずかに固まった。


「軍への払い出しが続いています。現場と記録には多少ずれが出ます」


「多少?」


 カイには、それ以上判断できなかった。


 書記ではあるが、倉庫会計の専門家ではない。


 ここで推測を重ねても仕方がない。


「記録庫へ持っていきます」


 責任者が何か言う前に、ガレスが在庫表の写しを取った。


「確認だけだ。困ることはないだろ」



「推測は結構です。分かっていることだけ話してください」


 神殿記録庫で最初に言われたのが、それだった。


 イネス・ヴァレル。


 深緑の記録官服に細縁眼鏡。机の上には、カイが持ち込んだ写しがすでに三種類に分けられている。


「倉庫の帳簿では在庫が多い。でも現場には空きがあるように見える」


「まだ憶測ですね」


「輸送隊の積荷は全部届く。その後、半分が焼ける」


「それはあなたの主張です」


「厳しいですね」


「記録官なので」


 どこかで聞いた返しだった。


 イネスは表情を変えず、軍への払い出し記録と倉庫の受領記録を照合していく。


 しばらくして、指が止まった。


「確かに合いません」


 カイは身を乗り出した。


「何がです?」


「帳簿上の在庫と、実際に払い出された量です。記録どおりなら、倉庫にはもっと穀物が残っていなければおかしい」


「つまり、消えてる?」


「まだ言っていません」


 即座に切られた。


「数字が一致しない。それだけです」


 だが、それだけで十分だった。


 火事で何が消えるのか。


 穀物だけではない。


 帳簿との差も消える。


 カイは立ち上がった。


「ミナに、最近この周辺で油を大量に買った人間がいないか調べてもらいます」


「なぜ油を?」


「自然に燃える理由が見つからないからです」


 イネスは少しだけカイを見た。


「推測ですね」


「だから、確かめます」


 今度は何も返されなかった。


 カイが扉へ向かいかけた時だった。


「レムナ書記」


 呼び止められる。


 振り返ると、イネスは古い記録簿を一冊開いていた。


「第三区倉庫で火災を警告した書記が、過去にもいます」


 カイの足が止まった。


「いつです?」


「七十二年前」


 イネスは古びた一行を指で示した。


 火災は、発生しなかった。


 警告した書記だけが、虚偽報告として処分されている。


「あなたと同じです」


 イネスが眼鏡越しにカイを見る。


「この人も、起きなかった火事を警告しています」

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