外れた予言
一刻が消えた。
なら、時間ではなく道を分けるしかない。
カイは東門前に広げた配置図へ、三本の線を引き直した。
花火帰りの人波は東門へ。
北通りの客は大通りへ抜く。
南通りの荷車は、人が減るまで動かさない。
「これなら三方向は重なりません」
ガレスが図面をのぞき込む。
「問題は、祭り当日に露店が言うことを聞くかだな」
「そこは、あたしの仕事でしょ」
ミナが紙束を抱えたまま言った。
昨日までなら、特ダネになるかどうかを先に聞いていた。
今日は違う。
「東門前の二軒は少し下げてもらう。北通りの店には、花火の後は西へ客を流すって伝える。南の荷車はまとめて待たせる場所がある」
「頼めますか」
「もう半分話つけた」
「早いですね」
「街報屋なめないで」
得意げに笑ってから、ミナは付け足した。
「百二十人の話はしてないよ」
カイは頷いた。
それでいい。
危険そのものを隠したいわけではない。
だが、根拠を示せない数字を叫べば、人は別の危険な動きをする。
今必要なのは恐怖ではなく、流れを変える理由だった。
ガレスが新しい配置図を丸める。
「騎士隊には俺から出す。片門の故障と混雑対策だけで十分通る」
三人が別々に動けば、まだ間に合う。
建国祭は明日だった。
*
祭りの日、東門は朝から人で埋まった。
飾り布が風に揺れ、露店の呼び声が通りを満たす。
昼前になると騎士たちが通路を空けた。
王族行列が近づく。
カイは門の脇から人の動きを見ていた。
片側しか開かない東門を、先導の騎士、馬車、護衛が順に通っていく。
混乱はない。
立ち止まる馬車もない。
やがて最後尾が門を抜けた。
「建国祭の王族行列は、東門を滞りなく通過する」
白碑の予言は、その通りになった。
けれど、カイが見ているのはその後だった。
「ここからです」
ガレスが頷く。
王族警備の一部が行列とともに離れる。
東門の警備人数が減った。
同時に、祭りの人々が止められていた道へ戻ってくる。
さらに今日は、花火が一刻早い。
夕方。
東の空へ最初の光が上がった。
予定より早い歓声が響く。
そして花火が終わるより先に、南通りの荷車が動き出そうとした。
「止めて!」
ミナが駆け寄った。
「今出たら東門でぶつかる! 荷車はここ!」
御者たちが不満そうに声を上げる。
その横を、花火を見終えた人々が門へ向かって流れ始めた。
北通りからも人が来る。
三方向。
予想した通りだった。
「北を開けろ!」
ガレスの声が飛ぶ。
騎士たちが柵を動かし、北通りの人波を大通り側へ誘導する。
カイは東門前を見る。
まだ多い。
「東門へ入れる人数を絞ってください。止めるんじゃなく、少しずつ!」
「止めたら後ろが詰まるからか」
「はい!」
先頭を完全に止めれば、後ろから来る人が押し続ける。
歩みを残したまま、流れだけを細くする。
ガレスが即座に騎士へ指示を飛ばした。
一瞬、東門前で人の波が膨らんだ。
ざわめきが広がる。
肩が触れ、前へ進めない者が振り返る。
カイの手に汗がにじんだ。
ここだ。
何もしなければ、ここで人が重なる。
「北通り、抜けた!」
ミナの声が聞こえた。
横へ逃がした人々が大通りへ流れていく。
南の荷車も動いていない。
東門前の密集が、少しずつほどけた。
やがて、人々は普段の歩幅を取り戻した。
倒れる者はいなかった。
*
祭りが終わった夜、東門の詰所には負傷者報告が一枚も届かなかった。
「ゼロだ」
ガレスが確認表を机へ置く。
「少なくとも、東門ではな」
カイは椅子へ深く座った。
百二十人。
その数字が、現実には一人にもならなかった。
これまで救ったのは、一人や数人だった。
今回は違う。
顔も名前も知らない百二十人が、怪我をするはずだった夜を普通に歩いて帰っていった。
それで十分だった。
「カイ」
ミナが詰所へ入ってきた。
手には刷り上がったばかりの街報がある。
「これ、先に謝っとく」
「嫌な始まり方ですね」
受け取る。
一面には建国祭の盛況が大きく載っていた。
その下。
『百二十人はどこへ? “嘘つき書記”の警告、空振り』
カイはしばらく紙を見た。
「百二十人って、出したんですか」
「祭りが終わった後なら混乱は起きないと思って。あたしは、導線を変えたから何も起きなかったって書いた」
「でも、見出しは違う」
「店主に直された」
ミナは悔しそうに口を曲げた。
「何も起きなかった方が、あんたが嘘ついたって話の方が売れるんだって」
外から笑い声が聞こえた。
「百二十人だってよ」
「一人も倒れてないじゃないか」
「嘘つき書記か」
短い言葉は、妙に耳へ残った。
カイは街報を畳んだ。
「まあ、間違ってはいません」
「間違ってるでしょ」
「百二十人は負傷しなかった」
「誰かのせいでね」
ミナは机の向かいへ立つ。
「あたし、もっと調べたい」
「何をです?」
「起きたことじゃなくて、起きなかった理由」
カイは顔を上げた。
「次にまた変な続きが見えたら呼んで。街のことなら、騎士よりあたしの方が使える時もある」
「それ、ガレスの前で言います?」
「聞こえてるぞ」
奥から声が飛んだ。
ミナは笑った。
カイも少しだけ笑った。
嘘つき書記。
正書官からは、また一歩遠ざかった気がする。
それでも次に薄灰色の文字が現れた時、隣にいる人間は一人増えている。
悪くない取引だと思った。




