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外れた予言

 一刻が消えた。


 なら、時間ではなく道を分けるしかない。


 カイは東門前に広げた配置図へ、三本の線を引き直した。


 花火帰りの人波は東門へ。

 北通りの客は大通りへ抜く。

 南通りの荷車は、人が減るまで動かさない。


「これなら三方向は重なりません」


 ガレスが図面をのぞき込む。


「問題は、祭り当日に露店が言うことを聞くかだな」


「そこは、あたしの仕事でしょ」


 ミナが紙束を抱えたまま言った。


 昨日までなら、特ダネになるかどうかを先に聞いていた。


 今日は違う。


「東門前の二軒は少し下げてもらう。北通りの店には、花火の後は西へ客を流すって伝える。南の荷車はまとめて待たせる場所がある」


「頼めますか」


「もう半分話つけた」


「早いですね」


「街報屋なめないで」


 得意げに笑ってから、ミナは付け足した。


「百二十人の話はしてないよ」


 カイは頷いた。


 それでいい。


 危険そのものを隠したいわけではない。


 だが、根拠を示せない数字を叫べば、人は別の危険な動きをする。


 今必要なのは恐怖ではなく、流れを変える理由だった。


 ガレスが新しい配置図を丸める。


「騎士隊には俺から出す。片門の故障と混雑対策だけで十分通る」


 三人が別々に動けば、まだ間に合う。


 建国祭は明日だった。



 祭りの日、東門は朝から人で埋まった。


 飾り布が風に揺れ、露店の呼び声が通りを満たす。


 昼前になると騎士たちが通路を空けた。


 王族行列が近づく。


 カイは門の脇から人の動きを見ていた。


 片側しか開かない東門を、先導の騎士、馬車、護衛が順に通っていく。


 混乱はない。


 立ち止まる馬車もない。


 やがて最後尾が門を抜けた。


「建国祭の王族行列は、東門を滞りなく通過する」


 白碑の予言は、その通りになった。


 けれど、カイが見ているのはその後だった。


「ここからです」


 ガレスが頷く。


 王族警備の一部が行列とともに離れる。


 東門の警備人数が減った。


 同時に、祭りの人々が止められていた道へ戻ってくる。


 さらに今日は、花火が一刻早い。


 夕方。


 東の空へ最初の光が上がった。


 予定より早い歓声が響く。


 そして花火が終わるより先に、南通りの荷車が動き出そうとした。


「止めて!」


 ミナが駆け寄った。


「今出たら東門でぶつかる! 荷車はここ!」


 御者たちが不満そうに声を上げる。


 その横を、花火を見終えた人々が門へ向かって流れ始めた。


 北通りからも人が来る。


 三方向。


 予想した通りだった。


「北を開けろ!」


 ガレスの声が飛ぶ。


 騎士たちが柵を動かし、北通りの人波を大通り側へ誘導する。


 カイは東門前を見る。


 まだ多い。


「東門へ入れる人数を絞ってください。止めるんじゃなく、少しずつ!」


「止めたら後ろが詰まるからか」


「はい!」


 先頭を完全に止めれば、後ろから来る人が押し続ける。


 歩みを残したまま、流れだけを細くする。


 ガレスが即座に騎士へ指示を飛ばした。


 一瞬、東門前で人の波が膨らんだ。


 ざわめきが広がる。


 肩が触れ、前へ進めない者が振り返る。


 カイの手に汗がにじんだ。


 ここだ。


 何もしなければ、ここで人が重なる。


「北通り、抜けた!」


 ミナの声が聞こえた。


 横へ逃がした人々が大通りへ流れていく。


 南の荷車も動いていない。


 東門前の密集が、少しずつほどけた。


 やがて、人々は普段の歩幅を取り戻した。


 倒れる者はいなかった。



 祭りが終わった夜、東門の詰所には負傷者報告が一枚も届かなかった。


「ゼロだ」


 ガレスが確認表を机へ置く。


「少なくとも、東門ではな」


 カイは椅子へ深く座った。


 百二十人。


 その数字が、現実には一人にもならなかった。


 これまで救ったのは、一人や数人だった。


 今回は違う。


 顔も名前も知らない百二十人が、怪我をするはずだった夜を普通に歩いて帰っていった。


 それで十分だった。


「カイ」


 ミナが詰所へ入ってきた。


 手には刷り上がったばかりの街報がある。


「これ、先に謝っとく」


「嫌な始まり方ですね」


 受け取る。


 一面には建国祭の盛況が大きく載っていた。


 その下。


『百二十人はどこへ? “嘘つき書記”の警告、空振り』


 カイはしばらく紙を見た。


「百二十人って、出したんですか」


「祭りが終わった後なら混乱は起きないと思って。あたしは、導線を変えたから何も起きなかったって書いた」


「でも、見出しは違う」


「店主に直された」


 ミナは悔しそうに口を曲げた。


「何も起きなかった方が、あんたが嘘ついたって話の方が売れるんだって」


 外から笑い声が聞こえた。


「百二十人だってよ」

「一人も倒れてないじゃないか」

「嘘つき書記か」


 短い言葉は、妙に耳へ残った。


 カイは街報を畳んだ。


「まあ、間違ってはいません」


「間違ってるでしょ」


「百二十人は負傷しなかった」


「誰かのせいでね」


 ミナは机の向かいへ立つ。


「あたし、もっと調べたい」


「何をです?」


「起きたことじゃなくて、起きなかった理由」


 カイは顔を上げた。


「次にまた変な続きが見えたら呼んで。街のことなら、騎士よりあたしの方が使える時もある」


「それ、ガレスの前で言います?」


「聞こえてるぞ」


 奥から声が飛んだ。


 ミナは笑った。


 カイも少しだけ笑った。


 嘘つき書記。


 正書官からは、また一歩遠ざかった気がする。


 それでも次に薄灰色の文字が現れた時、隣にいる人間は一人増えている。


 悪くない取引だと思った。

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