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勝者は朝を迎えない

「優勝者は翌朝までに死亡する」


 三度目の薄灰色の文字を見たとき、カイはもう目をこすらなかった。


 白碑に浮かんだ黒い文字は、その一行上だ。


「王国武術選定会で優勝者が決まる」


 周囲の書記たちは黒い文だけを転写している。


 見えているのは、やはり自分だけ。


 カイは薄灰色の一文を作業紙の端へ書き写し、正式な転写紙には黒い文だけを記した。


 灰狼の一件から十日ほど。


 カイは白碑の常任補助になった。正書官へ一歩近づいたはずなのに、増えたのは啓示の間の清掃と転写準備、それから白碑の点検だ。


 面倒は増えた。


 だが今回は、その立場のおかげで予言が現れた瞬間に動ける。


 認証が終わると、カイは紙を折って懐へ入れた。


 向かう先は一つだった。



「今回は、誰が死ぬかも決まってないのか」


 武術場で警備確認をしていたガレスは、紙を読むなり眉を寄せた。


「優勝者です。大会が終わるまで誰かは分かりません」


「なら、先に候補を全部洗う」


 即答だった。


 以前なら、まず「証拠は」と返されていた。


 まだ信じられているわけではない。


 それでも、無視されなくなった。


 カイには十分だった。


 二人は出場者、武器、食事、治療体制を順に確認した。


 武器は試合前に運営が預かり、不正な加工がないか検査する。食事は全員が同じ厨房を使う。試合後には治療役が必ず選手を診る。


 優勝候補に恨みを持つ者も調べた。


 賭けで大金を動かしている者もいる。


 怪しい人間なら、いくらでもいた。


 だが、決め手がない。


「勝つ奴が分からないなら、誰か一人に毒を盛るのは無理か」


 ガレスが腕を組む。


「全員を狙えばできます」


「それなら死ぬのは優勝者だけじゃない」


「はい」


 そこでカイは止まった。


 優勝者だけ。


 薄灰色の文は、最初からそう書いている。


 誰が勝つかは分からない。


 なのに、勝った者だけが死ぬ。


 なら、狙われるのは人物ではない。


 勝者という立場だ。


 カイは懐から紙を出した。


「優勝者は翌朝までに死亡する」


「また読んでどうする」


「試合中に死ぬとは書かれてません」


 ガレスの目が細くなった。


「続けろ」


「優勝したあと、勝者だけがすることは?」


 ガレスは少し黙った。


「表彰。王家への挨拶。それから……英雄の間」


「何です、それ」


「優勝者が一晩過ごす部屋だ。昔からの儀式でな」


 勝者はその夜、武術場に隣接する《英雄の間》へ入る。


 室内の《誓いの火》を夜明けまで絶やさず、一人で過ごす。


 翌朝、部屋を出たところで王家の徽章を受け取る。


 カイはすぐに立ち上がった。


「そこです」


「まだ何も見てないだろ」


「だから見ます」


 ガレスは一瞬だけ黙り、それから笑った。


「俺は人間を疑ってた。お前は『優勝者だけ』って条件を疑うのか」


「人を調べても何も出ませんでしたから」


「分かった。案内する」


 ガレスが先に歩き出した。


 疑う相手ではなく、調べる場所をカイに選ばせた。


 それは前回までになかった変化だった。



 英雄の間は、武術場の奥にある小さな石室だった。


 厚い扉。


 高い位置の細い窓。


 壁際には、石造りの祝火炉。


 冬前に改修されたばかりらしく、壁板も天井も新しい。


 むしろ安全そうに見える。


 それが気になった。


「誓いの火は、夜通し燃やすんですよね」


「ああ」


「窓は?」


「閉める。外から声をかけられないようにする決まりだ」


「扉も?」


「閉める」


 一人。


 閉め切った部屋。


 夜通し燃える火。


 カイは祝火炉へ近づいた。


 炉の上には煙を逃がす煙道が伸びている。


 床に落ちていた薄い紙片を拾い、煙道の口へ近づけた。


 動かない。


 風がないにしても、不自然だった。


「最近、ここで火を使いましたか」


 部屋を開けた係員が首を横に振る。


「改修後は一度も。本番前に誓いの火を焚くのは縁起が悪いとされておりますので」


「改修した場所は?」


「屋根と壁です。雨漏りがありましたので」


 屋根。


 カイは顔を上げた。


 煙道も、当然そこを抜けている。


 炉の横へ回ると、新しい壁板の下から古い煤が細くのぞいていた。


「ガレスさん」


 呼ぶ前に、ガレスも屈み込んだ。


「ここ、何か塞いでるな」


「掃除口かもしれません」


「壁の改修で隠した?」


「それだけなら煙は上へ抜けます」


 問題は屋根だ。


 改修後、一度も火を入れていない。


 もし工事で煙道の出口まで塞がれていたら。


 閉じた窓。


 厚い扉。


 一晩中の火。


 勝者だけが入る部屋。


 予言の条件が、一つにつながった。


「優勝者が死ぬのは、試合のせいじゃない」


 ガレスがカイを見る。


「この部屋か」


「たぶん」


「たぶん?」


「まだ証拠がありません」


 カイは祝火炉を見た。


 明日には大会が始まる。


 勝者が決まれば、その夜にはここへ入る。


 なら、確認する方法は一つだ。


「試し焚きをします」


「縁起が悪いらしいぞ」


「人が死ぬよりはましです」


 ガレスの口元がわずかに上がった。


「それはそうだ」


 カイは煙道を見上げた。


「明日までに、この部屋が人を殺すかどうか確かめます」

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