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勝利の鐘

「西の道は、もう使えません!」


 南鐘楼の前で、ミナの使いがカイを呼び止めた。

 煙に追われた住民を、東の通りへ誘導しているという。

 まだ四千人ほどが南区に残っている。逃げ道が一つ減った。


「東は通れますか」

「騎士が確認しています。神殿長の命令で、軍の荷車も別の道へ回しました」


 受け入れる場所だけでなく、そこまでの道も必要だ。

 カイは使いに詰所への報告を頼み、鐘楼へ入った。


「こっちだ」


 ガレスが地下への階段を示した。

 塞がれていた戸口には補強材が入り、その先で技師が待っている。

 灯りの届く範囲に煙はない。


「道は、つながっていました」


 技師が調査中の図を広げた。

 鐘楼の下で、幾本もの地下路が分かれている。

 西の道は火災が起きた倉庫側へ。東の道は、住民を逃がしている通りの地下へ続く。

 別々の火元を、ここから消せるわけではない。

 だが、敵が地上の警備を避けて行き来できる道でもあった。


「区画を分ける門は?」

「西の通路に一枚。動くことは確認しました。東の道と、ここの階段は残せます」


 カイは図面に印を付け、写しを詰所へ送らせた。


「東の出口にも警備を。捜索する人の出入りを、必ず数えてください」


 全部の地下路が分かったわけではない。

 見つけた道から一つずつ、敵が自由に使えない道へ変える。



 技師が確認した通路を進む間にも、地上から報告が届いた。


「新たに三か所です」


 イネスの書き付けを、伝令が読み上げる。

 西の倉庫は火災対応中。橋際の工房と、染物店の地下は騎士が確保した。

 初めに押さえた六か所も、警備を続けている。


 これで九か所。

 残る三か所は、まだ見つからない。


「退避は?」

「二千人ほど残っています。東の通りへ移動中です」


 西から回った住民も合流し、列の後ろは煙の見える通りにかかっているという。


 カイは地上の地図を見た。

 東の通りが使えなくなれば、残った人々は引き返すことになる。

 西には煙がある。

 もう、逃げる道を減らせない。


 その時、西の通路から騎士が戻ってきた。


「奥に男が三人。呼び止めたら、剣を抜いた!」


 ガレスがカイを壁際へ下がらせた。

 技師とカイの前に、護衛の騎士たちが並ぶ。

 灯りの向こうに人影が見えた。

 剣がぶつかる音が響く。


 敵の一人が、ガレスの横を抜けようとした。

 目を向けた先は、東への分かれ道だった。


「西の門を閉じます」


 カイは技師へ告げた。


「閉じれば、西側の捜索は中断です」

「地上から探し直します」


 まだ油庫は残っている。

 ここを開けておけば、場所を突き止められるかもしれない。

 だが、その間に敵が東へ抜ければ、住民の逃げ道が危ない。


「今は、通さない方を選びます」


 技師が頷いた。

 カイは戻ってきた騎士へ向き直る。


「奥に味方は?」

「捜索に入った四人、全員戻っています」


 ガレスと護衛が、敵を西の通路へ押し戻す。

 カイは門の手前から呼んだ。


「ガレス、戻って!」


 最後の騎士が通り、ガレスがこちらへ退いた。

 技師たちの操作で、重い門が下り始める。

 敵が駆け寄るより先に、門が床へ届いた。


 向こう側から音がした。

 カイは一歩下がる。

 火が消えたのではない。敵を捕らえたわけでもない。

 ただ、東へ通じるこの道だけは塞いだ。


「門には俺たちがつく。お前は上の状況を確かめろ」


 ガレスに促され、カイは階段へ向かった。



 地上へ出ても、西の空には煙が残っていた。

 別の場所でも火が上がり、鐘楼前を救援の荷車が通っていく。

 カイは立ち止まらず、臨時詰所へ戻った。


 イネスが次々に届く報告を地図へ置く。


「東の出口は騎士が確保。ミナから、残るのは最後の通りの確認だと」


 カイは椅子を引いたが、座れなかった。

 窓の向こうを人々が通っていく。

 子どもの手を引く父親。背負った荷物を何度も直す女。

 一人が通り過ぎるたび、次の一人を探した。


 昼を回った頃、王宮からの伝令が到着した。


「侵攻軍の撃退を確認。勝利を公示します!」


 やがて、鐘が鳴った。

 神殿から。南鐘楼から。

 王都中へ、勝利の音が広がっていく。


「勝利の鐘が鳴る時、南区で二万人が死亡する」


 頭の中に、薄灰色の一文が浮かんだ。

 カイは外へ目を向けた。

 人々は歩いている。鐘を聞いて顔を上げ、それでも騎士の案内に従って進んでいく。


 まだ、喜ぶには早い。

 カイは次の報告を受け取った。


 残っていた三つの油庫は、技師が確かめた地下路を地上の建物と照合して見つかった。

 煉瓦倉庫と裏通りの長屋は、火がつく前に騎士が確保。

 河港の荷扱い場では火災が起きていたが、周囲の住民は退避を終えていた。

 各地の消火は、そのまま続いている。


 十二か所すべてに対応が届いた。

 それでも、カイは最後の紙を待った。


 夕方、ミナが詰所へ入ってきた。


「最後の通りも確認した。住民は全員、外に出たよ」


 イネスが受け入れ先からの名簿と照合する。

 残留の印が、一つずつ消えた。


「死亡の報告はありません。捜索と消火の担当者も、全員の所在を確認しています」


 カイは、自分の転写紙を開いた。

 王国軍は侵攻軍を王都外へ退けた。

 南区の家も店も、すべて無事だったわけではない。

 それでも、今日失われるはずだった人たちは、夕食を待っている。


「裏予言は、外れた」


 声にすると、ようやく息が抜けた。

 ミナが紙をのぞき込む。


「じゃあ、その下に書こうよ。何をしたか」


 イネスが新しい記録用紙を広げた。

 表題には、南区退避・封鎖の実施記録。

 その下の、立案者の欄へ筆を運ぶ。


「カイ・レムナ。あなたの名前で残します」


 カイは今度は、頷いた。

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