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証拠の無い区画

「見つかった六か所は、騎士が押さえている」


 ガレスが地図へ六つの印を付けた。


「油も連中には触らせない。だが、残りはまだだ」


 南区の臨時詰所に届く報告は、そこで止まっていた。

 六か所分の危険は減らした。それでも、街を安全だとは言えない。


 カイは地下図面を重ねた。

 見つかった油庫から伸びる線は、どれも途中で切れている。

 ただ、途切れる手前の向きには偏りがあった。


「南鐘楼の周りを調べたいです」


「残りの油庫が、そこに?」


 イネスが聞いた。


「いえ。地下路のつながる場所です」


 カイは六本の線を指で追った。


「欠けた先も同じ向きなら、この辺りで近づきます」


「途中で曲がる可能性はあります」


「だから、現地で確かめます」


 イネスは少し考え、図面の端へ書き込んだ。


 接続点の候補。現況未確認。


「確定図にはしません。調査の根拠として出します」


 ガレスは地図を取った。


「俺も行く。地下へ入るなら護衛が要る」


 誰も、足りない証拠を待てとは言わなかった。


 南鐘楼の地下室は物置になっていた。


 管理人に立ち会ってもらい、木箱を動かす。奥には石を積んで塞いだ古い戸口があった。

 ガレスが呼んだ技師は、戸口の脇へ手を当てた。


「門を下ろしていた溝ですね」


「何のための門です?」


「この先を見ないと分かりません」


 技師は古い床のくぼみも調べた。


「水路を使っていた跡があります。倉庫への運搬路に直した場所かもしれない」


 入口はある。

 だが、その先に油庫があるとは限らない。門が今も残っているかも分からない。


「向こう側を調べられますか」


「この積み石が天井を支えています。補強が先です」


 カイは頷いた。


「お願いします。門が残っていたら、どの道を閉じられるかも」


 地下路のつながりを探す。

 同時に、切り離せる場所も探す。

 通路を区切れれば、地上で避難する時間を稼げるかもしれない。



 午後、カイはその調査結果を神殿長室へ持ち込んだ。


「油庫の場所は、まだ六か所分不明です」


 セドリックは報告書を読み終え、顔を上げた。


「鐘楼の地下を調べれば、見つかるか」


「保証はできません。なので、捜索と避難を同時に進めたいんです」


「どこまで動かす」


「南区全体です」


 カイは地上の地図を広げた。


「油を確認した倉庫の周りは、先に退避を始めています。それ以外も、受け入れ先を確保できた街区から移します」


「一斉には動かさない、と」


「軍の道と重なる場所もあります。ミナと騎士に案内を頼みます」


 二万人という数字を叫ぶ必要はない。

 実際に大量の油が隠され、敵の工作員も見つかっている。火災に備えて退避する理由は、それで伝えられる。


「残りの倉庫が別の場所だったら?」


「分かった場所から範囲を直します。鐘楼の調査だけに、人を集めません」


「誤れば、家も仕事も離れさせたことになる」


「はい。受け入れ場所と食料の手配も、一緒にお願いします」


 自分が責められて済む話ではない。

 間違っていた時も、移動させた人たちの暮らしは続く。


 セドリックは地図へ目を戻した。


「君は、油庫があると断言するために来たのではないな」


「分からない場所に、人を残さないためです」


 短い沈黙の後、セドリックが命令書を引き寄せた。


「南区の段階的な退避と、確認済み油庫の封鎖継続を認める」


 認証印が押された。


「退避先の手配は私が引き受ける。現場の変更は君たちで判断し、必ず報告しなさい」


 カイは命令書を受け取った。

 紙の重さは変わらない。持つ指にだけ、力が入った。



 翌日も、地下の捜索と住民の退避は続いた。


 カイは臨時詰所で報告を集めた。ミナは地上の案内、ガレスは鐘楼の調査。イネスは届いた記録を地図へ書き加える。


 受け入れ場所が決まるたび、新しい街区を動かす。

 夜になっても、名簿の確認は終わらなかった。


 その次の朝、鐘楼から伝令が来た。


「入口の先は、やはり地下路です。途中に区画を分ける門も残っています」


「使えますか」


「技師が調べています。ガレス騎士から、カイ殿にも来てほしいと」


 カイが外套を取った時、ミナの使いが入ってきた。


「まだ四千人ほど、南区に残っています」


 イネスが人数を書き留める。


「歩けない人は先に移しました。今は裏通りを確認しています。空き家として届けられた家にも、人が残っています」


 カイは地図の空白を見た。

 残る六つの油庫は見つからない。だが、その上にある家々から、人を出すことはできる。


「戸別の確認を続けてください。鐘楼の調査が終わるのは待たないで」


 使いが頷いた時だった。


 王都の外から、太鼓が響いた。

 ほどなく前線の伝令が詰所へ駆け込んでくる。


「敵主力が退き始めました! 王都への攻撃を中止しています!」


 騎士の一人が顔を明るくした。

 カイは、捕らえた工作員の言葉を思い出した。


 撤退命令が届けば。


「各地の警備へ、警戒を続けるように」


 カイが言い終えるより先に、外で声が上がった。


「西の通りに煙が!」


 窓へ寄る。

 黒い煙が、屋根の向こうから立ち上っていた。

 地図を見る。退避に使っている道の近くだ。


 撤退命令が、もう工作員へ届いたのか。


「ミナへ伝えてください。西の道を確認して、通れなければ別の避難路へ」


 使いが飛び出した。

 カイはイネスに詰所を任せ、地下図面を掴んだ。


 まだ四千人が、南区の中にいる。


 カイは鐘楼へ駆け出した。

 火元を突き止める前に、煙が住民の逃げ道へ迫っていた。

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