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十二の油庫

 地下から、足音がした。


 カイたちは一斉に口を閉じた。


 大量の火油が並ぶ地下倉庫。


 その奥に、さらに通路が続いている。


 ガレスが剣へ手を掛けた。


「誰かいる」


 灯りを落とす。


 足音が近づいた。


 一人。


 男が地下倉庫へ入ってくる。


 こちらに気づいた瞬間、男は踵を返した。


「止まれ!」


 ガレスが走る。


 男も地下通路へ逃げ込んだ。


 カイたちが追った時には、二人の姿は暗闇の向こうへ消えている。


「ガレス!」


 返事はない。


 しばらくして、鈍い音が響いた。


 続いて。


「捕まえた!」


 声が返ってきた。



 男は油商会の荷運び人として登録されていた。


 だが、懐から出てきた通行証は別人名義だった。


 第三村で見つけたものと同じ。


 印章だけは本物に見える、偽造通行証。


「ラグナ軍の工作員で間違いなさそうだな」


 ガレスが男の両手を縛った。


 男は何も話さない。


 代わりに、イネスが持ち物を一つずつ机へ並べた。


 鍵。


 通行証。


 油商会の札。


 そして、小さく折られた紙。


 開く。


 数字が十二個並んでいた。


 一から十二。


 そのうち、一の横だけに印がある。


「倉庫番号?」


 ミナが聞く。


「まだ分かりません」


 イネスは即答した。


 カイは紙と、周囲の火油を見比べた。


 今いる場所が一番なら。


 残りは十一。


「この地下倉庫だけじゃない」


 カイが言った。


 男の目が、一瞬だけ動いた。


 ガレスも気づいたらしい。


「当たりっぽいな」


 男はまた黙った。


 だが、もう言葉だけを頼る必要はなかった。


「イネスさん。油の搬入記録を全部見直せますか」


「何年分です?」


「この商会が南区で営業を始めてから」


「簡単に言いますね」


「お願いします」


「やりますけど」


 イネスは紙を持って立ち上がった。



 翌朝。


 記録庫から持ち込まれた帳簿が、南区の臨時詰所を埋めていた。


 数年分の油。


 工房用。


 灯火用。


 冬季備蓄。


 どれも一回の量は多くない。


 だからこれまで目立たなかった。


 イネスが十二枚の紙を机へ並べる。


「同じ癖があります」


「癖?」


「届け先です」


 油商会から出た荷の一部が、別名義の倉庫へ送られている。


 商会名は毎回違う。


 だが登録を辿ると、住所が存在しない。


 名義だけの商会。


「いくつあります?」


「十二」


 部屋が静かになった。


 男が持っていた十二の数字。


 十二の偽商会。


 偶然と考えるには一致しすぎている。


「場所は?」


「現在の住所だけでは追えません」


 イネスが古い地下図面を広げた。


「ただ、搬入記録には荷下ろし口の番号が残っています」


 河港から運ばれた油は、一度地上の倉庫へ入る。


 そこから一部が旧運搬路へ下ろされていた。


 地下図面と番号を重ねる。


 一つ目。


 今いる油庫。


 二つ目。


 三つ目。


 線が南区の各方向へ広がっていく。


「十二か所へ分けてたんだ」


 ミナの声が低くなった。


 カイは南区全体を見る。


 一つの倉庫が燃えるだけなら、二万人という数字にはならない。


 だが十二か所なら。


 倉庫。


 工房。


 河港。


 人の多い居住区。


 離れた場所で同時に火が上がれば、避難路まで塞がる。


「だから南区全体なんだ」


 裏予言の数字が、初めて現実の規模を持った。



 工作員が口を開いたのは、その日の午後だった。


 ガレスが十二の番号を見せる。


「もう全部分かってる。十二か所に油を置いたんだろ」


 男は答えない。


「いつ燃やす?」


 沈黙。


 カイが言った。


「王国軍が勝った時ですね」


 男の視線が動いた。


「違う」


 初めて声が出た。


「鐘じゃない」


「鐘?」


「お前たちが鳴らす鐘なんか関係ない」


 カイはガレスを見る。


 やはりそうだった。


 勝利の鐘は原因ではない。


 男が続ける。


「撤退命令が届けば、終わりだ」


「何を終わらせる」


「残せないものを燃やす」


 ラグナ軍が王都を奪えるなら、南区の物流設備は利用する。


 奪えないなら。


「王国軍に使わせない」


 男はそれ以上話さなかった。


 だが、十分だった。


 裏予言に書かれた二万人の死は、事故でも偶然でもない。


 敵が敗れた時に実行される、計画された破壊だった。



 その日のうちに捜索が始まった。


 一つ目は発見済み。


 二つ目は、閉鎖された工房の地下。


 三つ目は、河港近くの空き倉庫。


 四つ目。


 五つ目。


 六つ目。


 どこにも同じように火油が隠されていた。


 中には、火を移しやすいよう布や木片まで用意された場所もある。


 ガレスが六つ目の地下から戻ってきた。


「これで半分だ」


 机上の地図には、六つの印。


 そして、空白が六つ。


 イネスが首を横に振った。


「残りの搬入口番号は、現在の地下図面にありません」


「昔の図面は?」


「欠けています」


 ミナも戻ってきた。


「地上から探しても、それっぽい倉庫は見つからない」


 残り六か所。


 場所が分からない。


 カイは南区の地図を見つめた。


 城外から軍の太鼓が聞こえる。


 敵主力は、もう王都の近くまで来ている。


 決戦は遠くない。


 王国軍が勝てば、工作員たちは火を放つ。


 その未来を知っているのに。


 十二のうち、まだ半分しか見つけられていなかった。

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