十二の油庫
地下から、足音がした。
カイたちは一斉に口を閉じた。
大量の火油が並ぶ地下倉庫。
その奥に、さらに通路が続いている。
ガレスが剣へ手を掛けた。
「誰かいる」
灯りを落とす。
足音が近づいた。
一人。
男が地下倉庫へ入ってくる。
こちらに気づいた瞬間、男は踵を返した。
「止まれ!」
ガレスが走る。
男も地下通路へ逃げ込んだ。
カイたちが追った時には、二人の姿は暗闇の向こうへ消えている。
「ガレス!」
返事はない。
しばらくして、鈍い音が響いた。
続いて。
「捕まえた!」
声が返ってきた。
*
男は油商会の荷運び人として登録されていた。
だが、懐から出てきた通行証は別人名義だった。
第三村で見つけたものと同じ。
印章だけは本物に見える、偽造通行証。
「ラグナ軍の工作員で間違いなさそうだな」
ガレスが男の両手を縛った。
男は何も話さない。
代わりに、イネスが持ち物を一つずつ机へ並べた。
鍵。
通行証。
油商会の札。
そして、小さく折られた紙。
開く。
数字が十二個並んでいた。
一から十二。
そのうち、一の横だけに印がある。
「倉庫番号?」
ミナが聞く。
「まだ分かりません」
イネスは即答した。
カイは紙と、周囲の火油を見比べた。
今いる場所が一番なら。
残りは十一。
「この地下倉庫だけじゃない」
カイが言った。
男の目が、一瞬だけ動いた。
ガレスも気づいたらしい。
「当たりっぽいな」
男はまた黙った。
だが、もう言葉だけを頼る必要はなかった。
「イネスさん。油の搬入記録を全部見直せますか」
「何年分です?」
「この商会が南区で営業を始めてから」
「簡単に言いますね」
「お願いします」
「やりますけど」
イネスは紙を持って立ち上がった。
*
翌朝。
記録庫から持ち込まれた帳簿が、南区の臨時詰所を埋めていた。
数年分の油。
工房用。
灯火用。
冬季備蓄。
どれも一回の量は多くない。
だからこれまで目立たなかった。
イネスが十二枚の紙を机へ並べる。
「同じ癖があります」
「癖?」
「届け先です」
油商会から出た荷の一部が、別名義の倉庫へ送られている。
商会名は毎回違う。
だが登録を辿ると、住所が存在しない。
名義だけの商会。
「いくつあります?」
「十二」
部屋が静かになった。
男が持っていた十二の数字。
十二の偽商会。
偶然と考えるには一致しすぎている。
「場所は?」
「現在の住所だけでは追えません」
イネスが古い地下図面を広げた。
「ただ、搬入記録には荷下ろし口の番号が残っています」
河港から運ばれた油は、一度地上の倉庫へ入る。
そこから一部が旧運搬路へ下ろされていた。
地下図面と番号を重ねる。
一つ目。
今いる油庫。
二つ目。
三つ目。
線が南区の各方向へ広がっていく。
「十二か所へ分けてたんだ」
ミナの声が低くなった。
カイは南区全体を見る。
一つの倉庫が燃えるだけなら、二万人という数字にはならない。
だが十二か所なら。
倉庫。
工房。
河港。
人の多い居住区。
離れた場所で同時に火が上がれば、避難路まで塞がる。
「だから南区全体なんだ」
裏予言の数字が、初めて現実の規模を持った。
*
工作員が口を開いたのは、その日の午後だった。
ガレスが十二の番号を見せる。
「もう全部分かってる。十二か所に油を置いたんだろ」
男は答えない。
「いつ燃やす?」
沈黙。
カイが言った。
「王国軍が勝った時ですね」
男の視線が動いた。
「違う」
初めて声が出た。
「鐘じゃない」
「鐘?」
「お前たちが鳴らす鐘なんか関係ない」
カイはガレスを見る。
やはりそうだった。
勝利の鐘は原因ではない。
男が続ける。
「撤退命令が届けば、終わりだ」
「何を終わらせる」
「残せないものを燃やす」
ラグナ軍が王都を奪えるなら、南区の物流設備は利用する。
奪えないなら。
「王国軍に使わせない」
男はそれ以上話さなかった。
だが、十分だった。
裏予言に書かれた二万人の死は、事故でも偶然でもない。
敵が敗れた時に実行される、計画された破壊だった。
*
その日のうちに捜索が始まった。
一つ目は発見済み。
二つ目は、閉鎖された工房の地下。
三つ目は、河港近くの空き倉庫。
四つ目。
五つ目。
六つ目。
どこにも同じように火油が隠されていた。
中には、火を移しやすいよう布や木片まで用意された場所もある。
ガレスが六つ目の地下から戻ってきた。
「これで半分だ」
机上の地図には、六つの印。
そして、空白が六つ。
イネスが首を横に振った。
「残りの搬入口番号は、現在の地下図面にありません」
「昔の図面は?」
「欠けています」
ミナも戻ってきた。
「地上から探しても、それっぽい倉庫は見つからない」
残り六か所。
場所が分からない。
カイは南区の地図を見つめた。
城外から軍の太鼓が聞こえる。
敵主力は、もう王都の近くまで来ている。
決戦は遠くない。
王国軍が勝てば、工作員たちは火を放つ。
その未来を知っているのに。
十二のうち、まだ半分しか見つけられていなかった。




