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2/22

死ぬ隊長

「討伐終了から一刻以内に、隊長は死亡する」

薄灰色の一文を、カイはしばらく見つめた。

まただ。

二週間ほど前、同じ色の文字が祝鐘の落下と三人の負傷を告げた。実際に鐘は落ち、負傷者も三人だった。

だが、あの事故には原因があった。古くなった留め具が壊れただけだ。

偶然と言おうと思えば、まだ言える。

二度目も同じならどうだ。

黒い文字の方には、こうある。

「王都騎士団は北街道の灰狼を討伐する」

周囲の書記たちは、その一文だけを書き写していた。

カイは自分の作業紙へ薄灰色の文まで写し、すぐに紙を伏せた。

未来が見える。

そんな結論には、まだ飛びつきたくない。

なら、確かめればいい。

表の予言は正式な文書となって騎士団へ送られる。どの隊が出るのか。隊長は誰か。死ぬ理由になりそうなものが、本当にあるのか。

見間違いかどうかは、現実の側を調べれば分かる。

「騎士団への認証文、俺が届けます」

正書官が少し意外そうな顔をした。

普段のカイなら、わざわざ外へ出る仕事を進んで引き受けたりしない。

自分でもそう思う。

だが今回は、書庫の椅子に座ったままでは確かめられなかった。

王都騎士団の詰所では、灰狼討伐の準備が始まっていた。

北街道で荷馬が襲われ、今朝には商人一人が怪我をしたらしい。予言が出る前から、討伐そのものは検討されていたという。

カイが認証文を渡すと、一人の若い騎士が内容を確認した。

赤褐色の短い髪。長身で、軽い鎧の留め具まできっちり締めている。

「神殿の書記が届けに来るのは珍しいな」

「ついでに確認したいことがあります」

「何を?」

「今回の隊長ですが、持病はありますか」

騎士の眉が動いた。

「ない。少なくとも俺は聞いてない」

「治療役は同行します?」

「当然だ」

「解毒薬は?」

「待て」

そこで初めて、騎士の視線が認証文からカイへ移った。

「何を心配してる?」

遠回しに聞くのはここまでらしい。

カイは一度だけ周囲を見た。出発準備で人は多いが、こちらへ注意を向けている者はいない。

「予言には、続きがありました」

「続き?」

「俺にだけ見えた一文です」

言ってから、自分でも相当怪しいと思った。

騎士は笑わなかった。

ただ、短く聞いた。

「何て書いてあった」

「討伐終了から一刻以内に、隊長は死亡する」

数秒、沈黙があった。

「証拠は?」

「ありません」

「他に見た奴は」

「いません」

「隊長が死ぬ理由は?」

「分かりません」

騎士は息を吐いた。

「それで隊を止めろって話なら無理だ」

「そこまでは言ってません」

北街道ではすでに被害が出ている。表の予言がなくても、灰狼は討伐する必要がある。

カイが知りたいのは、止める方法ではない。

隊長が死ぬ理由だ。

「何か分かったら、もう一度来ます」

「具体的な根拠があるならな」

騎士は認証文を持って踵を返しかけ、思い出したように止まった。

「ガレス・ヴォルクだ。俺は今回の討伐隊に入る」

カイも名を返した。

ガレスは一度だけ頷き、今度こそ準備へ戻った。

信じてもらえなかった。

当然だ。

むしろ、追い出されなかっただけ話が早い。

隊長が死ぬ。

その結果から逆に考える。

戦闘中の傷なら、「討伐終了から一刻以内」という書き方は妙だった。伏兵なら灰狼とは限らない。持病や過労も調べた限りでは手掛かりがない。

残ったのは毒だった。

神殿の古い討伐記録をめくっていたカイの指が、一枚の報告書で止まった。

四十年以上前の灰狼討伐。

討伐そのものは成功。

その後、一人の騎士が急に呼吸を乱し、倒れている。

傷は浅かった。

記録の端に、奇妙な記述が残っていた。

――群れの一頭、舌および牙根に黒変あり。

それだけだった。

カイは報告書を抱え、薬師のもとへ走った。

「灰狼に毒?」

老いた薬師は最初、露骨に眉をひそめた。

「普通の灰狼にはないよ」

「普通じゃない個体なら?」

報告書を見せる。

薬師の表情が変わった。

「……ずいぶん古い記録を掘ったね」

「知ってるんですか」

「昔聞いた程度だ。ごく稀に、牙の根に毒を持つのが出るとか。噛まれてすぐ死ぬような毒じゃない。だから厄介なんだ」

「症状は?」

「息苦しさ、脈の乱れ。傷を負ったまま走り回れば、早く出るかもしれない」

カイは報告書を握る手に力を入れた。

一刻以内。

初めて、薄灰色の文字と現実の間に一本の線がつながった。

「解毒できますか」

「古い処方なら残ってる。ただし効く保証はしないよ」

「作ってください」

即答した。

薬師が薬棚へ向かう。

間に合うか。

そう考えたところで、店の外から騎士団の鐘が聞こえた。

短く、二度。

薬師が窓へ顔を向ける。

「出発の鐘じゃないか?」

カイは店を飛び出した。

通りの向こう、北門へ続く道を騎馬の列が進んでいる。

予定より早い。

灰狼による被害が増え、討伐隊は出発を前倒ししたらしい。

薬は、まだできていない。

カイは遠ざかる騎馬の列を見た。

ここで神殿へ戻れば、自分の仕事は終わる。薄灰色の文字が間違いなら、それで何も起きない。

だが正しければ、死ぬのは自分ではなく隊長だ。

祝鐘の時は、見なかったことにした。

今度は、それでは済ませられなかった。

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