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三つ目の村

「第三村へ向かう敵だけ、まだ見つかっていない」


 作戦室の地図には、二本の赤い線が引かれていた。


 第一村方面へ向かった敵部隊。


 第二村方面へ向かった敵部隊。


 どちらにも、すでに現地騎士隊が向かっている。


 だが、第三村へ向かう敵の姿だけがない。


「第三村は安全ってこと?」


 ミナが聞いた。


「分からない」


 カイは自分の転写紙を開いた。


「奪還の翌日、国境の三村が焼失する」


 三村。


 二村ではない。


 しかも、要塞はまだ奪還されていない。


「第三村を狙う敵は、まだ動いていないのかもしれません」


 ガレスが地図を見る。


「それか、俺たちが見てない道を使ってるか」


「現在確認されている撤退路は旧軍道だけです」


 イネスが答えた。


「確認されている道は?」


 カイが聞き返す。


 イネスの手が止まった。


 古い戦役図を一枚抜き出す。


「一つあります」


 要塞の北西から森へ伸びる細い線。


 現在の軍用図にはない。


「北西補給道。四十年以上前には使われています」


「今は?」


「記録がありません」


 使えないのか。


 使われていないだけなのか。


 それすら分からない。


 だが、その道は森を回り、第三村の北側へつながっている。


 第一村と第二村へ向かう旧軍道より遠い。


 同時に敵が撤退しても、第三村へ着くのは遅くなる。


「ここを確認します」


「証拠はないぞ」


 ガレスが言った。


「だから確認するんです」


 裏予言では三つの村が焼ける。


 第一村と第二村を狙う敵は見つかった。


 残るのは第三村だけだ。


 他に手掛かりがないなら、まだ確認していない道を見るしかない。


 ミナが立ち上がった。


「あたしは第三村に戻る。避難、少しでも進めとく」


「お願いします」


 カイとガレスも地図を掴んだ。



 第三村へ着いた頃には、夜が明け始めていた。


「あと三十人ちょっと!」


 村の中央でミナが叫んでいる。


 昨日の夕方には六十人以上が残っていた。


 避難は進んでいる。


 だが、まだ終わっていない。


 最後の荷車へ老人と子どもを乗せ、歩ける者から南の丘へ向かわせているところだった。


「北西補給道は?」


「敵は見てない」


 安心できる言葉ではなかった。


 カイとガレスは村の北へ向かった。


 森の中を探すと、草に埋もれた道が見つかった。


 長く使われていない。


 だが完全には消えていない。


 ガレスが道の端へしゃがみ込んだ。


「枝が折れてる」


 低い位置の枝が何本も切られている。


 さらに奥では、草が踏み潰されていた。


「最近、誰か通ってます?」


「ああ。荷車を通すために道を開けた跡だ」


 北西補給道は、まだ使える。


 それも、誰かが使う準備をしている。


 その時。


 遠くの要塞から角笛が響いた。


 一度。


 二度。


 三度。


 ガレスが顔を上げた。


「奪還の合図だ」


 王国軍は国境要塞を奪還する。


 表予言が成立した。


 だが、カイは喜べなかった。


 裏予言に書かれていた時間が、ここから始まる。


「村へ戻ります」


 二人が駆け出した直後だった。


 森の奥から音がした。


 車輪。


 馬。


 複数の足音。


 ガレスが振り返る。


「来たぞ」



 北西補給道から現れた敵部隊は十数人だった。


 二台の荷車を連れている。


 一台には食料。


 もう一台には油壺。


 目的を説明するには十分だった。


 灰の街道。


 村から物資を奪い、残りを焼く。


「避難は?」


 ガレスが聞く。


 村の方からミナの声が返る。


「あと一台!」


 間に合っていない。


 敵と村の間には、小さな石橋が一本ある。


 荷車一台が通れる程度の幅しかない。


 その脇に、避難へ使わなかった農業用の荷車が残されていた。


 カイは石橋と荷車を見た。


「ガレス。敵の荷車を村へ入れなければ、時間を稼げますか」


「兵は歩いて渡ってくるぞ」


「油は?」


 ガレスが油壺を見る。


 すぐに意味を理解した。


「荷車を止めれば持ち込めない」


「なら、そこを止めます」


 二人で農業用の荷車を押す。


 村に残っていた男たちも加わった。


 重い車体を石橋の手前まで運び、横倒しにする。


 道が塞がった。


 敵の荷車が止まる。


 油壺を積んだままでは通れない。


「これで村を一気に焼く道具は入らない」


「後は騎士の仕事だな」


「お願いします」


「やっと分担らしくなったな」


 ガレスが剣を抜いた。


 敵兵が荷車を捨て、橋を越えてくる。


 避難補助に残っていた現地騎士たちも前へ出た。


 カイは戦いには入らない。


 何度も村を振り返る。


「最後、乗った!」


 ミナの声が響いた。


 老人を乗せた最後の荷車が動き始める。


「行って!」


 荷車が南の丘へ向かう。


 村に住民はいなくなった。


 その直後。


 要塞方面から、別の角笛が聞こえた。


「追撃隊だ!」


 敵兵も気づいた。


 村を焼くどころではない。


 このまま戦えば、要塞から出た王国軍に退路を断たれる。


 敵部隊が森へ引き始めた。


 油を積んだ荷車は、橋の向こうへ置き去りにされた。


 ガレスたちも深追いしなかった。


 敵の姿が森へ消える。


 第三村には、最後まで火が上がらなかった。



 昼過ぎ。


 第一村と第二村からも報告が届いた。


 どちらも避難は完了。


 向かっていた敵部隊は現地騎士隊に阻まれ、火を放つ前に撤退した。


 三村とも残った。


 国境要塞には、再びオルディス王国の旗が上がっている。


 表の勝利は成立した。


 裏に書かれていた焼失だけが消えた。


 国境拠点へ戻ると、現地指揮官がカイを呼び止めた。


「レムナ書記」


「はい」


「次に妙な危険を見つけたら、俺にも早めに話を通してくれ」


 裏予言を信じるとは言わなかった。


 それでもいい。


 ガレスが横で笑った。


「また一人増えたな」


「何がです?」


「お前の面倒に付き合う奴」


「増やしてません」


 その時、イネスが声を上げた。


「カイ。これを」


 第三村で敵が捨てた油の荷車。


 御者台の下から、何枚かの書類が見つかっていた。


 一枚は、王都へ入るための通行証。


 印章は本物に見える。


 だが。


「この登録番号、存在しません」


 イネスが言った。


「偽造?」


「その可能性が高いです」


 もう一枚を広げる。


 描かれていたのは国境ではなかった。


 王都南区。


 地上の通りではない。


 倉庫の下を走る、地下の通路図だった。


 紙の端には商会印がある。


 カイは見覚えがあった。


 穀物倉庫事件で見つけ、その後も保留にしていた南区の油商会。


「なんで敵が、王都の地下図面を持ってるの?」


 ミナの声から軽さが消えた。


 カイは答えられなかった。


 三村を焼こうとした敵の荷車から出てきたのは、国境の資料ではない。


 王都へ入るための偽造通行証。


 南区の地下図面。


 そして、あの油商会の印。


 三村を救って終わるはずだった戦いが、王都の地下へ続いていた。

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