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灰の街道

「昨日の三隊は、本隊じゃない」


 翌朝、偵察から戻ったガレスは、作戦室の机へ一枚の布を置いた。


 ラグナ軍の紋章が入っている。


「旧軍道を確認してた。橋が残ってるか、荷車が通れるか。三隊とも空荷車を連れてたのは、そのためだ」


「撤退路の下見?」


「ああ。そのうち一人を捕らえた」


 ガレスが次に広げたのは、簡単な道図だった。


 要塞から西へ伸びる旧軍道。その先に三つの印がある。


 昨日、カイたちが絞った三村と一致していた。


「これなら、敵が三村を調べていることは証明できますね」


 カイが言うと、イネスは道図を見たまま答えた。


「調べていることまでは」


「焼くことまでは証明できない?」


「ええ」


 家も畑も家畜も置いて逃げろと言うなら、そこまで必要になる。


 カイは息を吐いた。


「なら、焼く理由も探します」



 答えは、国境拠点に残っていた古い戦役記録にあった。


 約四十年前。


 オルディス軍が北へ攻め込んだ戦で、ラグナ軍は今回と同じ旧軍道を使って撤退している。


 イネスが一文を指でなぞった。


「《退却軍は沿道の食料を徴発し、残余を焼却》」


 さらに別の兵士の記録には、同じ道を指す言葉が残っていた。


「灰の街道」


 ミナが顔をしかめた。


「物騒な名前」


「正式名称ではありません。追撃した兵士が、焼けた集落の並ぶ道をそう呼んだだけです」


 カイは昨日の情報を並べた。


 敵が集めている食料。


 馬の飼料。


 灯火油。


 空荷車。


 そして、三村に印を付けた道図。


 撤退時に村から持てる物を奪い、残りを焼く。


 追撃する王国軍へ、食料も休息場所も残さない。


「焦土作戦」


 カイが言う。


 イネスが小さく頷いた。


「その可能性が高い、と記録できます」


「十分です」


 もう、裏予言を信じてもらう必要はなかった。



 四人が最初の村へ戻ると、村長は昨日と同じ顔をした。


「また予言の話か」


「今日は違うよ」


 前へ出たのはミナだった。


 捕らえた斥候。


 三村に印の付いた道図。


 過去に同じ街道で行われた焦土作戦。


 敵が集めている油と空荷車。


 一つずつ、短く話していく。


「王国軍が勝つから安全、じゃない」


 ミナが言った。


「負けるから、敵はここを通るかもしれない」


 ガレスも続ける。


「現地指揮官から一時退避の要請を出せる。今夜だけ、旧軍道から離れてくれ」


「家畜は?」


「動かせる分は運ぶ」


「畑はどうする」


「置いていくしかない」


 村長の顔が険しくなる。


 カイは口を挟まなかった。


 正しいから逃げろ、と言うだけなら簡単だ。


 だが、ここにある物がこの人たちの生活そのものなのも分かる。


「本当に敵が来なかったら?」


 しばらくして村長が聞いた。


「それが一番いい」


 ミナは即答した。


「明日帰ってきて、みんなであたしたちを笑えばいいよ」


 村長は長く黙り、やがて息を吐いた。


「……今夜だけだ」


 それで村が動いた。


 老人と子どもを先に荷車へ乗せる。


 家畜をまとめる。


 持ち出せる食料を積む。


 同じ証拠は残る二村にも伝えられ、現地騎士隊が避難を手伝うことになった。


 予言を信じた者は一人もいない。


 それでも、人は動いた。



 三村の避難は、夜までかけて終える予定だった。


 遅れていたわけではない。


 当初の攻城開始は翌朝。それまでに住民を旧軍道から離せば、敵の撤退とぶつからずに済む。


 夕刻、三村からの報告をまとめたミナが戻ってきた。


「第一村はほぼ終わり。第二村は半分くらい。第三村が一番遅い」


「どれくらい残ってる?」


「六十人以上。荷車が足りない。歩くのが難しい人もいる」


 それでも、夜まで時間はある。


 カイはそう計算した。


 その前提が、直後に崩れた。


「攻城開始が早まります!」


 伝令が作戦室へ飛び込んできた。


 ガレスが立ち上がる。


「いつだ」


「今夜です。敵守備隊に撤退の兆候あり。夜明けを待たず攻めます」


 カイの視線が地図へ落ちた。


 攻城が早まる。


 要塞を捨てる判断も早まる。


 避難に使えるはずだった夜が、消える。


「敵の動きは?」


「西門から二隊が出ました。荷車と油壺を伴っています」


「行き先は」


「旧軍道です。第一村、第二村方面へ分かれました」


 作戦室の空気が一気に張り詰めた。


 現地指揮官が即座に命じる。


「第一、第二村へ騎士隊を出せ。避難を急がせろ」


 カイは三つ目の印を見る。


「第三隊は?」


「確認できていません」


 それが一番嫌だった。


 第三村は、最も避難が遅れている。


 なのに、そこへ向かう敵だけが見えていない。


 安全なのではない。


 どこから来るのか分からない。


 裏予言の一文が頭に浮かぶ。


「奪還の翌日、国境の三村が焼失する」


 村が燃える時、人が残っていない保証などどこにもない。


「第三村の避難完了まで?」


 ガレスが聞く。


「急いでも二刻」


 ミナが答えた。


 六十人以上が残っている。


 歩けない者もいる。


 そして、どこかに第三の敵部隊がいる。


 カイは地図を睨んだ。


 第一、第二村には騎士隊が向かった。


 問題は三つ目だ。


「第三村の避難は続けてください」


 カイは言った。


「ガレス。第三隊を探します」


「ああ」


 敵の位置が分からなければ、先回りすらできない。


 予言を防ぐ準備はした。


 住民も動かした。


 それでも、予定どおりならあったはずの時間は、もうない。


 このまま敵が先に着けば、第三村は人を残したまま敵を迎える。


 カイは地図を掴んだ。


 未来の方が、先に動き始めていた。

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