灰の街道
「昨日の三隊は、本隊じゃない」
翌朝、偵察から戻ったガレスは、作戦室の机へ一枚の布を置いた。
ラグナ軍の紋章が入っている。
「旧軍道を確認してた。橋が残ってるか、荷車が通れるか。三隊とも空荷車を連れてたのは、そのためだ」
「撤退路の下見?」
「ああ。そのうち一人を捕らえた」
ガレスが次に広げたのは、簡単な道図だった。
要塞から西へ伸びる旧軍道。その先に三つの印がある。
昨日、カイたちが絞った三村と一致していた。
「これなら、敵が三村を調べていることは証明できますね」
カイが言うと、イネスは道図を見たまま答えた。
「調べていることまでは」
「焼くことまでは証明できない?」
「ええ」
家も畑も家畜も置いて逃げろと言うなら、そこまで必要になる。
カイは息を吐いた。
「なら、焼く理由も探します」
*
答えは、国境拠点に残っていた古い戦役記録にあった。
約四十年前。
オルディス軍が北へ攻め込んだ戦で、ラグナ軍は今回と同じ旧軍道を使って撤退している。
イネスが一文を指でなぞった。
「《退却軍は沿道の食料を徴発し、残余を焼却》」
さらに別の兵士の記録には、同じ道を指す言葉が残っていた。
「灰の街道」
ミナが顔をしかめた。
「物騒な名前」
「正式名称ではありません。追撃した兵士が、焼けた集落の並ぶ道をそう呼んだだけです」
カイは昨日の情報を並べた。
敵が集めている食料。
馬の飼料。
灯火油。
空荷車。
そして、三村に印を付けた道図。
撤退時に村から持てる物を奪い、残りを焼く。
追撃する王国軍へ、食料も休息場所も残さない。
「焦土作戦」
カイが言う。
イネスが小さく頷いた。
「その可能性が高い、と記録できます」
「十分です」
もう、裏予言を信じてもらう必要はなかった。
*
四人が最初の村へ戻ると、村長は昨日と同じ顔をした。
「また予言の話か」
「今日は違うよ」
前へ出たのはミナだった。
捕らえた斥候。
三村に印の付いた道図。
過去に同じ街道で行われた焦土作戦。
敵が集めている油と空荷車。
一つずつ、短く話していく。
「王国軍が勝つから安全、じゃない」
ミナが言った。
「負けるから、敵はここを通るかもしれない」
ガレスも続ける。
「現地指揮官から一時退避の要請を出せる。今夜だけ、旧軍道から離れてくれ」
「家畜は?」
「動かせる分は運ぶ」
「畑はどうする」
「置いていくしかない」
村長の顔が険しくなる。
カイは口を挟まなかった。
正しいから逃げろ、と言うだけなら簡単だ。
だが、ここにある物がこの人たちの生活そのものなのも分かる。
「本当に敵が来なかったら?」
しばらくして村長が聞いた。
「それが一番いい」
ミナは即答した。
「明日帰ってきて、みんなであたしたちを笑えばいいよ」
村長は長く黙り、やがて息を吐いた。
「……今夜だけだ」
それで村が動いた。
老人と子どもを先に荷車へ乗せる。
家畜をまとめる。
持ち出せる食料を積む。
同じ証拠は残る二村にも伝えられ、現地騎士隊が避難を手伝うことになった。
予言を信じた者は一人もいない。
それでも、人は動いた。
*
三村の避難は、夜までかけて終える予定だった。
遅れていたわけではない。
当初の攻城開始は翌朝。それまでに住民を旧軍道から離せば、敵の撤退とぶつからずに済む。
夕刻、三村からの報告をまとめたミナが戻ってきた。
「第一村はほぼ終わり。第二村は半分くらい。第三村が一番遅い」
「どれくらい残ってる?」
「六十人以上。荷車が足りない。歩くのが難しい人もいる」
それでも、夜まで時間はある。
カイはそう計算した。
その前提が、直後に崩れた。
「攻城開始が早まります!」
伝令が作戦室へ飛び込んできた。
ガレスが立ち上がる。
「いつだ」
「今夜です。敵守備隊に撤退の兆候あり。夜明けを待たず攻めます」
カイの視線が地図へ落ちた。
攻城が早まる。
要塞を捨てる判断も早まる。
避難に使えるはずだった夜が、消える。
「敵の動きは?」
「西門から二隊が出ました。荷車と油壺を伴っています」
「行き先は」
「旧軍道です。第一村、第二村方面へ分かれました」
作戦室の空気が一気に張り詰めた。
現地指揮官が即座に命じる。
「第一、第二村へ騎士隊を出せ。避難を急がせろ」
カイは三つ目の印を見る。
「第三隊は?」
「確認できていません」
それが一番嫌だった。
第三村は、最も避難が遅れている。
なのに、そこへ向かう敵だけが見えていない。
安全なのではない。
どこから来るのか分からない。
裏予言の一文が頭に浮かぶ。
「奪還の翌日、国境の三村が焼失する」
村が燃える時、人が残っていない保証などどこにもない。
「第三村の避難完了まで?」
ガレスが聞く。
「急いでも二刻」
ミナが答えた。
六十人以上が残っている。
歩けない者もいる。
そして、どこかに第三の敵部隊がいる。
カイは地図を睨んだ。
第一、第二村には騎士隊が向かった。
問題は三つ目だ。
「第三村の避難は続けてください」
カイは言った。
「ガレス。第三隊を探します」
「ああ」
敵の位置が分からなければ、先回りすらできない。
予言を防ぐ準備はした。
住民も動かした。
それでも、予定どおりならあったはずの時間は、もうない。
このまま敵が先に着けば、第三村は人を残したまま敵を迎える。
カイは地図を掴んだ。
未来の方が、先に動き始めていた。




