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消える場所

「十一村全部を守るのは無理です」


 国境拠点の作戦室で、現地騎士が言った。


 要塞攻略まで、あと三日。


 周辺十一村へ兵を分散すれば、攻城部隊そのものが薄くなる。


「分かっています」


 カイは地図を見下ろした。


 裏予言は、十一村が焼けるとは書いていない。


「奪還の翌日、国境の三村が焼失する」


 三つだけだ。


 なら、敵が選ぶ理由がある。


「村そのものではなく、場所に意味があるんじゃないでしょうか」


 イネスが隣で古い戦役記録を開いた。


「同感です」


 地図の上へ三冊の記録が並ぶ。


 過去に国境要塞を巡って戦闘が起きた際、軍がどの道を使ったか。


 イネスは一本ずつ線を引いていった。


「東側は湿地が多く、大部隊の移動には向きません。中央軍道は最短ですが、要塞から見通せます」


「残るのは西か」


 ガレスが地図をのぞき込む。


「西の旧軍道なら森が多い。敵が要塞を捨てて北へ逃げるなら、使う可能性はあるな」


 その道沿いにある村は、四つ。


 まだ一つ多い。


「見てくる」


 ガレスが立ち上がった。


「旧軍道と四村。敵の動きがないか確認する」


「一人で?」


「斥候を借りる。お前が来ても馬が遅くなるだけだ」


「否定できないのが腹立ちますね」


「書記だからな」


 ガレスが出ていった直後、扉が勢いよく開いた。


「こっちは結構当たりかも」


 ミナだった。



「要塞に出入りしてた商人を捕まえた」


「捕まえた?」


「話を聞いたって意味」


「言い方を選んでください」


 ミナは気にせず紙を広げた。


「敵が最近買い集めてるもの。干し肉、穀物、馬の飼料。それから灯火油」


「軍なら使う物ですね」


 イネスが言う。


「そこだけならね。でも変なのは荷車」


「荷車?」


「空荷の荷車を何台も要塞へ入れてる」


 カイは地図を見る。


 敵が要塞を守るなら、物資を中へ運ぶ荷車が必要になる。


 空荷を集める理由は逆だ。


「何かを運び出す?」


「たぶん」


「まだ憶測です」


 イネスが即座に返した。


「はいはい」


 ミナが肩をすくめる。


 カイは地図から目を離さなかった。


 要塞を王国軍が奪還する。


 つまり、敵守備隊は敗れる。


 全滅しない限り、生き残った兵は撤退することになる。


 そのための荷車。


 食料。


 油。


「村から物資を取るつもりなんじゃ」


 ミナが言った。


 カイも同じところへ辿り着いていた。


 逃げる敵が必要とするのは、帰路の食料だ。


 だが、全部は持っていけない。


「持てる分は奪う」


 カイは言った。


「残りは?」


 イネスが問う。


「王国軍には渡さない」


 地図上の村を見る。


 家。


 納屋。


 穀物。


 井戸。


 家畜。


 追撃する側にとっては、休息と補給の場所になる。


 敵にとっては、自分たちが通り過ぎた後に残したくない物ばかりだ。


「だから焼く」


 ミナの表情から笑みが消えた。


 これは腹いせではない。


 撤退を助けるための行動だ。


 村を燃やせば、追う側は補給できない。


 住民が残っていれば、王国軍は救助にも兵を割かなければならない。


「三村が狙われるんじゃない」


 カイは地図上の旧軍道を指でなぞった。


「敵は、自分たちの撤退路を使えなくするつもりなんだ」



 夕方、ガレスが戻った。


「四つから三つに絞れる」


 泥の付いた手袋を外し、地図の西側を指す。


「一番北の村へ向かう道は崩れてる。荷車じゃ通れない」


 残った三村。


 すべて旧軍道上に並んでいる。


 要塞から北へ逃げるなら、順番に通る位置だった。


「この三つです」


 カイが言う。


 イネスが記録と地図をもう一度確認する。


「過去の撤退路、現在の道路状況、商人の証言。三つとも一致します」


 初めて、裏予言の三村が具体的な場所になった。


 カイたちは一番近い村へ向かった。



「避難はしない」


 村長の答えは早かった。


「敵軍が来る可能性があります」


 ガレスが説明する。


「王国軍が要塞を取り返すんだろう?」


「その予定です」


「なら敵は逃げる。こっちは反対方向だ」


「逃げるために、ここへ来る可能性があります」


 村長は眉を寄せた。


「何の証拠がある」


 カイは答えられなかった。


 敵が旧軍道を使う可能性は高い。


 だが、まだ来ていない。


 三村を焼くという裏予言は、証拠として見せられない。


「家も畑も家畜も置いて逃げろと?」


 周囲の住民からも声が上がる。


「王国軍が勝つって予言が出たんだろ」

「敵が負けるのに、なんで俺たちが逃げるんだ」


 表予言が、逆に避難を難しくしていた。


 王国軍は要塞を奪還する。


 人々が信じる未来は、勝利だ。


 その翌日に村が燃えることを知っているのは、カイたちだけだった。


 ガレスが小声で言う。


「見えない危険だけじゃ、騎士隊も住民を強制退避させられない」


「分かってます」


 必要なのは、予言ではない。


 敵が実際に三村へ向かっている証拠だ。


 その時、村の外から馬の音が響いた。


 王国軍の斥候が駆け込んでくる。


「ガレス騎士!」


 馬から降りるより先に叫んだ。


「要塞西門から敵兵が出ました!」


「数は?」


「三隊です。空荷車を伴っています」


 カイは地図へ目を落とした。


 三つの村。


 三つの敵部隊。


 もう、予言だけの危険ではなかった。

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