奪還の予言
王都へ戻って二日後。
白碑の鐘が鳴った。
国境要塞が陥落してから、まだ四日しか経っていない。
これまでより明らかに早い。
カイは啓示の間へ入り、白碑に浮かんだ黒い文字を見た。
「王国軍は国境要塞を奪還する」
室内の空気が変わった。
要塞を奪ったラグナ軍の主力は、すでにオルディス国内へ入っている。
もし後方の要塞を取り戻せれば、敵の補給路を断てる。
戦況そのものを変える予言だった。
周囲の書記たちが急いで転写を始める。
カイも筆を動かした。
そして、その下を見る。
薄灰色の文字が続いていた。
「奪還の翌日、国境の三村が焼失する」
筆先が止まった。
三村。
人数ではない。
村そのものが消える。
しかも、要塞を奪還した翌日。
カイは自分の紙へ一文を書き足した。
要塞は取り戻す。
だが、その勝利の後で三つの村が焼ける。
また同じだ。
表を捨てる理由にはならない。
問題は、三村の方だった。
*
表予言は認証されると、すぐ王宮と騎士団へ送られた。
その日のうちに軍議が開かれた。
「要塞奪還は、もともと検討していた」
騎士団の指揮官が地図を指した。
国境要塞から南へ、太い軍道が伸びている。
敵主力はそこを通り、王都方面へ進んでいるという。
「後方の要塞を取り戻せば、敵は補給を失う。白碑の予言も出た。反撃を遅らせる理由はない」
軍は即時進軍を決めた。
カイも反対しなかった。
要塞奪還には意味がある。
敵軍の補給を断ち、これ以上国内へ兵や物資を送り込ませないために必要だ。
「問題はこちらです」
カイは自分の転写紙を広げた。
「奪還の翌日、国境の三村が焼失する」
指揮官の表情が険しくなる。
「また、君にしか見えない一文か」
「はい」
「対象は?」
「分かりません」
「原因は?」
「それも」
軍議室に重い沈黙が落ちた。
セドリックが口を開く。
「要塞攻略は変更しない」
「分かっています」
カイは即答した。
「止めたいわけではありません」
以前なら、まず表予言を止める方法を考えていたかもしれない。
だが、水門で答えは出た。
要塞は奪還する。
三村も焼かせない。
「国境周辺の村と、敵軍の動きを調べさせてください」
指揮官がセドリックを見る。
「戦場だぞ」
「承知している」
セドリックはカイへ向き直った。
「現地の地図、戦役記録、村の出入り記録を使う許可を出す。ただし、裏付けなく軍の攻城計画を変えることは認めない」
「十分です」
「それと」
セドリックの視線が少しだけ厳しくなる。
「今回は事故ではない。敵がいる」
分かっている。
煙道や排水路とは違う。
相手も考えて動く。
「無理はしません」
「君のその言葉は、最近あまり信用していない」
ミナが吹き出し、イネスが視線を逸らした。
カイは何も言い返せなかった。
*
出発準備の途中、ガレスが騎士団本部へ呼ばれた。
戻ってきたのは夕方だった。
「遅かったですね」
「ああ。ちょっと話があった」
いつもより歯切れが悪い。
ミナがすぐ食いついた。
「何の話?」
「攻城隊に入らないかって」
カイは顔を上げた。
「要塞攻略に?」
「先鋒の補助隊だ」
国境要塞を奪還する戦い。
白碑が勝利を示した戦場だ。
そこで功績を挙げれば、評価は大きい。
ガレスがずっと目指している近衛への推薦にもつながる。
「行くんですか」
「断った」
「……なんで?」
思わず聞き返した。
ガレスは当然のような顔をした。
「俺が攻城隊に入ったら、お前は誰と三村を調べるんだ」
「現地の騎士に頼めます」
「お前が初対面の騎士に『三つの村が燃えます。でもどこかは分かりません』って説明するのか?」
「それは……」
かなり嫌だ。
「俺なら説明がいらない」
ガレスは荷物を肩へ掛けた。
「近衛は次でも狙える。燃えた村は戻らない」
カイは少し黙った。
ガレスは近衛になりたいと、最初から言っていた。
そのために実績を欲しがっていた男だ。
以前なら、目の前の戦功を逃す選択はしなかったはずだ。
「いいんですか」
「もう断った」
「後悔しても知りませんよ」
「その時はお前のせいにする」
「やめてください」
ガレスが笑った。
「だから三村、ちゃんと見つけろ」
正書官になって、安全な書庫で働く。
カイにも、ずっと欲しかったものがある。
それでも最近は、そのために何をしないかより、今何をするかを考える時間の方が長くなっていた。
少しだけ、ガレスの気持ちが分かる気がした。
*
翌朝、カイたちは王都を出た。
軍用の継馬を使い、北へ急ぐ。
イネスは国境一帯の地図と過去の戦役記録を持ち込んだ。
ミナは軍の臨時伝達員という扱いで同行する。
セドリックだけは王都へ残った。
敵主力が国内へ入った以上、王宮との調整を離れることはできない。
三日の移動中にも戦況は変わった。
ラグナ軍主力は南下を続けている。
一方、国境要塞には守備隊が残され、王国軍の反撃に備えているという。
さらに北方からの補給荷車が減り始めていた。
「要塞を取られると困るから、敵も物資を中に集めてるのかもね」
ミナが言った。
「撤退準備の可能性もあります」
イネスは即座に答える。
「まだどちらとも言えません」
「相変わらず固いなあ」
「記録官なので」
聞き慣れたやり取りだった。
夕方。
一行は国境地帯の王国軍拠点へ到着した。
遠くに、占領された要塞の黒い城壁が見える。
カイはすぐ作戦地図を借りた。
「国境の村を全部教えてください」
現地騎士が地図へ印を付けていく。
一つ。
二つ。
三つ。
そこで終わらない。
印はさらに増えた。
カイは数え直した。
「十一?」
「要塞周辺だけで十一村あります」
裏予言を読み返す。
「奪還の翌日、国境の三村が焼失する」
十一のうち、三つ。
村の名前も場所も書かれていない。
しかも要塞攻略までは、残り三日しかない。
ガレスが地図を見下ろした。
「まず三つに絞るところからだな」
カイは十一個の印を見た。
「はい」
敵がなぜ村を焼くのか。
どの三村を選ぶのか。
そこから見つけなければならなかった。




