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14/22

奪還の予言

 王都へ戻って二日後。


 白碑の鐘が鳴った。


 国境要塞が陥落してから、まだ四日しか経っていない。


 これまでより明らかに早い。


 カイは啓示の間へ入り、白碑に浮かんだ黒い文字を見た。


「王国軍は国境要塞を奪還する」


 室内の空気が変わった。


 要塞を奪ったラグナ軍の主力は、すでにオルディス国内へ入っている。


 もし後方の要塞を取り戻せれば、敵の補給路を断てる。


 戦況そのものを変える予言だった。


 周囲の書記たちが急いで転写を始める。


 カイも筆を動かした。


 そして、その下を見る。


 薄灰色の文字が続いていた。


「奪還の翌日、国境の三村が焼失する」


 筆先が止まった。


 三村。


 人数ではない。


 村そのものが消える。


 しかも、要塞を奪還した翌日。


 カイは自分の紙へ一文を書き足した。


 要塞は取り戻す。


 だが、その勝利の後で三つの村が焼ける。


 また同じだ。


 表を捨てる理由にはならない。


 問題は、三村の方だった。



 表予言は認証されると、すぐ王宮と騎士団へ送られた。


 その日のうちに軍議が開かれた。


「要塞奪還は、もともと検討していた」


 騎士団の指揮官が地図を指した。


 国境要塞から南へ、太い軍道が伸びている。


 敵主力はそこを通り、王都方面へ進んでいるという。


「後方の要塞を取り戻せば、敵は補給を失う。白碑の予言も出た。反撃を遅らせる理由はない」


 軍は即時進軍を決めた。


 カイも反対しなかった。


 要塞奪還には意味がある。


 敵軍の補給を断ち、これ以上国内へ兵や物資を送り込ませないために必要だ。


「問題はこちらです」


 カイは自分の転写紙を広げた。


「奪還の翌日、国境の三村が焼失する」


 指揮官の表情が険しくなる。


「また、君にしか見えない一文か」


「はい」


「対象は?」


「分かりません」


「原因は?」


「それも」


 軍議室に重い沈黙が落ちた。


 セドリックが口を開く。


「要塞攻略は変更しない」


「分かっています」


 カイは即答した。


「止めたいわけではありません」


 以前なら、まず表予言を止める方法を考えていたかもしれない。


 だが、水門で答えは出た。


 要塞は奪還する。


 三村も焼かせない。


「国境周辺の村と、敵軍の動きを調べさせてください」


 指揮官がセドリックを見る。


「戦場だぞ」


「承知している」


 セドリックはカイへ向き直った。


「現地の地図、戦役記録、村の出入り記録を使う許可を出す。ただし、裏付けなく軍の攻城計画を変えることは認めない」


「十分です」


「それと」


 セドリックの視線が少しだけ厳しくなる。


「今回は事故ではない。敵がいる」


 分かっている。


 煙道や排水路とは違う。


 相手も考えて動く。


「無理はしません」


「君のその言葉は、最近あまり信用していない」


 ミナが吹き出し、イネスが視線を逸らした。


 カイは何も言い返せなかった。



 出発準備の途中、ガレスが騎士団本部へ呼ばれた。


 戻ってきたのは夕方だった。


「遅かったですね」


「ああ。ちょっと話があった」


 いつもより歯切れが悪い。


 ミナがすぐ食いついた。


「何の話?」


「攻城隊に入らないかって」


 カイは顔を上げた。


「要塞攻略に?」


「先鋒の補助隊だ」


 国境要塞を奪還する戦い。


 白碑が勝利を示した戦場だ。


 そこで功績を挙げれば、評価は大きい。


 ガレスがずっと目指している近衛への推薦にもつながる。


「行くんですか」


「断った」


「……なんで?」


 思わず聞き返した。


 ガレスは当然のような顔をした。


「俺が攻城隊に入ったら、お前は誰と三村を調べるんだ」


「現地の騎士に頼めます」


「お前が初対面の騎士に『三つの村が燃えます。でもどこかは分かりません』って説明するのか?」


「それは……」


 かなり嫌だ。


「俺なら説明がいらない」


 ガレスは荷物を肩へ掛けた。


「近衛は次でも狙える。燃えた村は戻らない」


 カイは少し黙った。


 ガレスは近衛になりたいと、最初から言っていた。


 そのために実績を欲しがっていた男だ。


 以前なら、目の前の戦功を逃す選択はしなかったはずだ。


「いいんですか」


「もう断った」


「後悔しても知りませんよ」


「その時はお前のせいにする」


「やめてください」


 ガレスが笑った。


「だから三村、ちゃんと見つけろ」


 正書官になって、安全な書庫で働く。


 カイにも、ずっと欲しかったものがある。


 それでも最近は、そのために何をしないかより、今何をするかを考える時間の方が長くなっていた。


 少しだけ、ガレスの気持ちが分かる気がした。



 翌朝、カイたちは王都を出た。


 軍用の継馬を使い、北へ急ぐ。


 イネスは国境一帯の地図と過去の戦役記録を持ち込んだ。


 ミナは軍の臨時伝達員という扱いで同行する。


 セドリックだけは王都へ残った。


 敵主力が国内へ入った以上、王宮との調整を離れることはできない。


 三日の移動中にも戦況は変わった。


 ラグナ軍主力は南下を続けている。


 一方、国境要塞には守備隊が残され、王国軍の反撃に備えているという。


 さらに北方からの補給荷車が減り始めていた。


「要塞を取られると困るから、敵も物資を中に集めてるのかもね」


 ミナが言った。


「撤退準備の可能性もあります」


 イネスは即座に答える。


「まだどちらとも言えません」


「相変わらず固いなあ」


「記録官なので」


 聞き慣れたやり取りだった。


 夕方。


 一行は国境地帯の王国軍拠点へ到着した。


 遠くに、占領された要塞の黒い城壁が見える。


 カイはすぐ作戦地図を借りた。


「国境の村を全部教えてください」


 現地騎士が地図へ印を付けていく。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 そこで終わらない。


 印はさらに増えた。


 カイは数え直した。


「十一?」


「要塞周辺だけで十一村あります」


 裏予言を読み返す。


「奪還の翌日、国境の三村が焼失する」


 十一のうち、三つ。


 村の名前も場所も書かれていない。


 しかも要塞攻略までは、残り三日しかない。


 ガレスが地図を見下ろした。


「まず三つに絞るところからだな」


 カイは十一個の印を見た。


「はい」


 敵がなぜ村を焼くのか。


 どの三村を選ぶのか。


 そこから見つけなければならなかった。

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