第7話 背負い式突入法(おんぶ)
おんぶは基本戦略…
「つまり、“いつ崩れてもおかしくない”わ。天井も床も。気圧も魔力構造も、もはや継ぎ接ぎのボロ布みたいなものよ」
アロンとリンカが同時に眉をひそめた。
「……じゃあそんな場所で採取しなきゃ良い話では?他の出現地域から回収すりゃいい」
もっともな指摘だった。
トライアングルホーンという魔物自体、そこまで珍しい個体群ではない。生息地域も複数確認されている。
だが────
「……だとしても」
ベラドンナは、ゆっくりと首を横に振った。
「依頼主が“その場所に生息する個体の角でなければ意味がない”と、そう言っているのよ」
「……頭イカれた奴が依頼主か。違いなんかあるわけないだろう…誰だ、そいつ」
アロンがグラスを傾けながら呟くと、ベラドンナはわずかに笑った。
「確か、“レダ”って名の依頼人だったわね」
「レダ……?」
リンカが眉をひそめ、頭に手を当てながら目を細める。
「どこかで聞いたような気が……」
「お前、そんなイカれ野郎と知り合いなのか?やめとけやめとけ。破滅するぞ。爆発するぞ」
「なぜ爆発する…………ああ、思い出した」
リンカが薄くため息をつく。
「元仲間のレダ。爆発魔法を使う女。……お前が“派手なやつは嫌いだ”とか言って、解雇させた奴」
「爆発魔法……あぁー、いたなそんな奴。無駄にエフェクトが派手なせいで、俺の活躍が地味に見えるからってクビにした奴だ」
「へえ、知り合いだったのね。ならよかったじゃない」
「よくないだろ…確か、アイツ最後に私達を“殺してやる”とか言ってなかったか?」
「……いつの話だよ、それ…どれだけ根に持ってんだ。今でもそんなこと考えてたら、頭イカれてるだろ…………いや、こんな依頼送ってくるような奴だから……うん、イカれてるな。間違いない」
アロンが勝手に自己解決したあたりで、ずっと静かに聞いていたベラドンナがゆったりと口を開く。
「……で、結局どうするの?受けるの、受けないの。早いところ決めてほしいんだけど」
「んー……まあ受けるか、暇だしな。いいか?副リーダー」
「別に。問題はない」
「じゃあ、詳細は追って連絡するわ」
ベラドンナは立ち上がりグラスを置いて、手を振りながら消えていった。
────
───
──
2日後……
朝靄の中、薄く差し込む陽光に照らされながら、二人の影が道を進んでいた。
……正確には、“ひとつの影”の中に“ふたつ分の重さ”があった。
「よいしょ、と……」
軽く膝を鳴らしてアロンが立ち上がる。その背中には、すでにリンカが乗っていた。
黒と銀のローブが、アロンの肩と背をおとなしく覆っている。
「相変わらず、毎度のことながら思うが……」
アロンは唸るように一言。
「俺と身長ほぼ変わらないのに、なんでお前こんな軽いんだ。もっと肉食え、肉」
「……そんなに食べられないんだよ」
「子供か」
「違う。胃が省エネなだけだ」
会話のリズムは慣れたものだった。
この“背負い式突入法”も、もはや儀式めいて板についている。
ダンジョンというのは腕と足で進むべき戦場のはずだ。
しかし、リンカの体力は子供も全力で大笑いするレベルの少なさだ。
故にこの形がアロンとリンカの最善の形なのだ。
「……一つ聞きたかった事があるのだが、罪悪感とかないのか?俺に背負わせることについて」
「勿論、あるに決まっているだろう。だからちゃんと礼儀として口数を減らしてる」
「どんな礼儀だ」
「こんな礼儀だ」
リンカがぽつりと笑ったのが、微かに背中に伝わる。
それを感じ取ったアロンは、肩を竦めながら前を見据えた。
目の前に広がっていたのは、灰色の石造りの古びた階段口────
かつて冒険者たちが夢と恐怖を抱いて踏み入れ、今では風化と崩落の気配が漂う老朽ダンジョンの入り口だった。
“今日一日で終わらせてほしい”───そう依頼主が言った。
その条件を満たすには、無駄な休憩や撤退は許されない。
「よし、ダンジョン潜るか」
「よろしく」
---
階層は着実に深まっていた。空気は暑く、湿度が増し、灯りの届かない区画が増えていく。
だが、二人の会話だけは相変わらずだった。
ダンジョンを潜っているとは思えぬ軽さ。まるで日曜の散歩だった。
「……おい、アロン…このダンジョン、暑くないか?」
「そうか?……まぁ言われてみれば、暑いな」
「早いとこ終わらしてくれ……私は暑いと死ぬんだ」
くだらないやりとりを交わす背中で、リンカは淡々と地図を広げている。
真っ暗な通路でも、一部だけ照明のように視界が明るいのは、アロンの手にしたランタンのせいだろうか、それとも“危険を感じてない男”の無駄な明るさだろうか。
────ザザザ……ギチギチ……
壁の亀裂が揺れた。次の瞬間、ぬめるような音とともに大量の足音が迫る。
「うわ出た。虫系魔物。ダンジョンの“厨房”みたいな臭いする奴」
「寝室で出られると発狂する自信しかないな」
「例えが嫌すぎる」
虫型魔物たち────五、十、それ以上。甲殻の擦れ、異様に多い脚、赤黒い粘液を這わせて一直線に迫ってくる。
だが、アロンの歩みは止まらない。背負ったリンカの重さは、もはや意識の外だ。
斬撃が走る…………一撃────
魔力も技術も一切の見せ場なし。ただ、重くて速い。
それだけで群れの先端が燃え爆ぜた。
「おい、あと何匹残している?私は魔力探知ができないから分からないんだ……さっさと掃除しろ」
「視界だけで十九、後方に巣穴らしき窪み。補充式と見ていいだろうな」
「よし私は無駄話をして場を盛り上げるから、早いとこ撃滅しろ」
「無駄話って……」
「なんだ不服か?盛り上げないと空気が死ぬだろ」
「空気ならもう臭いので死んでるぞ」
盗賊の気配はその直後だった。
虫たちを倒す音を聞きつけたのか、それとも獲物に背中を向けさせる算段か────
影の奥から、ひゅ、と鋭い風切り音…壁に当たると、シュー、と刺激臭が立ち込める。
「投擲短剣。毒付き。三方向からか…」
「おお、怖い怖い……任せたぞ」
リンカの声の後にアロンは指を鳴らす。
その瞬間、再び斬撃が虚空から生成され舞う。
不可視の斬撃が、1人、2人、そして3人の盗賊の首をまとめて奪った。
通路が再び静かになる。虫は焼かれ、盗賊は切り落とされ、湿った空気の中で、二人は階段を下る。
異常な静けさを残したまま────
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