第6話 ベラドンナ
ミステリアスな大人の女性はお好き?
「つまりだな───“マンドラゴラが叫ぶ瞬間”…あれ実は裏声じゃないかって話なんだよ」
「ほーう、植物も歌手を目指す時代になったんだな」
「いやだから、“人を殺す裏声”なんだよ。音の問題というより、人格の……」
「お前酔ってるのか?」
そんな会話が、もうかれこれ十五分は続いていた。
地図の話も終わり、罠の話も終わり、気づけば今は“植物の声帯構造”という謎の議論に花が咲いていた。
アロンはテーブルに肘を突き、空のグラスをコトンと鳴らす。
「だいたい、魔物が叫ぶたびに回避行動とらなきゃならんバランス設計って、どーなんだ?」
「知らん。開発者に言え」
「開発者って誰だよ」
「神様とかじゃないか?」
「じゃあ神様のバランス調整が雑って言いたいのか?“また”天罰が下るぞ」
「なら今度はお前が下されろ」
まったく意味のない言葉遊びが、真顔で交わされていた。
これがアロンとリンカの“通常運転”だった。
他人からしたら何を言っているのか分からない、理解のできない話し合い。
だが、これでいいのだ…
これがアロンとリンカにとって心地いいのだ。
────その空気に、水面のひびのような声が割って入った。
「盛り上がっているわね……私も混ぜてくれないかしら?」
涼やかで、艶のある声。
それでいて“会話の流れを問答無用で叩き落とす”ような、異質な存在感があった。
ふたり同時に振り返る。
「……ベラドンナ」
「おい、なんでお前がここに」
驚きも隠せぬまま、アロンとリンカが目を細める。
ベラドンナはいつものように優美な微笑みを浮かべ、静かに彼らと同じテーブルに腰を下ろした。
「あら、居たら悪い? この街は私の縄張りよ。ここで飲むことに、何の疑問があるのかしら?」
その一言で、場の空気が一段下がった気がした。
アロンとリンカは顔を見合わせた。ほんの一瞬、無言のうちに通じ合う。
「(ああ、なるほど……)」
「(それでこの街、空気が妙な既視感が)」
ギルドが騒がしいだけの都市だと思っていた。
だが、治安の落ち具合と妙な均衡の保たれ方、裏筋の流通と秩序が共存する異様な都市構造────
すべてが腑に落ちた。
「……この街、お前のかよ」
そう呟いたアロンのグラスに、ベラドンナが静かに酒を注ぐ。
「ええ。ようこそ、私の街へ。歓迎してあげるわ」
◆
彼女が支配する街において、“秩序”という言葉は建前でしかない。
だがそれでも、誰かがルールを敷かねば、街は一夜にして火の海と化す。
それを知っていたからこそ、この女は“支配”を選んだ。
彼女の名は────ベラドンナ。
表向きはギルドの有能な仲介人。
だが裏では、巨大マフィア《サイレント》の首魁として暗黒街を牛耳る女帝である。
その素顔は、優美で知的な淑女。
だが、その内側に眠る本性は冷酷で残虐、好戦的な“戦いの申し子”。
あらゆる交渉は武力で着地させることも辞さない。
味方ですら“使えない”と見なせば即座に切り捨てる。
戦いにおいて、彼女は誇り高き狂人である。
血を見てなお、なお足りぬと笑い、相手の悲鳴に微笑んで杯を傾ける。
だがそれでいて、戦略においても一分の隙もなく、彼女が通った道はすべからく血の海と化す。
皮肉な話だ…
誰よりも非情な女が、誰よりも平穏な街を作っているのだから。
◆
「……で、なんの用だ?」
アロンがグラスを傾けたまま、横目で問いかける。
「まさか天下のベラドンナさんが、“一杯やりたくて”こんな場末に現れたってわけでもないだろう?」
ベラドンナはくすりと笑った。
音はなかったが、その笑みには不思議と“音”が宿っていた気がする。
「あら?こう見えて、私もたまには“気分転換”をしたくなって飲みにここに来る時だってあるわよ? とはいえ……」
ベラドンナは、ゆったりと懐から一枚の紙を取り出し、紙をテーブルに滑らせる。
肘はつかず、指先は丁寧に…
「あなた方、今暇でしょ?片手間にちょうどいい依頼があるのよ」
アロンが眉をひそめながら、紙に視線を落とす。
そこには、“トライアングルホーンの角を10本採取”と、墨で無駄に丁寧に書かれていた。
依頼地は、ここから少し外れた場所にある、名もないような寂れた旧ダンジョン。
アロンはすぐに視線を細める。
「……なあ、ひとつ訊いていいか」
アロンは手元の依頼書を指でくるくると回しながら、ゆるく首を傾げた。
「こんなクソみたいな依頼を、なんで俺たちに?」
声に棘はなかった。だが、その無関心風の軽口の裏に、明確な不信が含まれているのをベラドンナは見逃さない。
「別に、角フェチでもないしな。あれか、俺が角コレクションしてるとでも思ってるのか?」
「そんな趣味は聞いたことがないな」
横でリンカが相槌を打つ。珍しく彼女も同意の姿勢だった。
そもそも────トライアングルホーン。
その魔物は、言ってしまえば初心冒険者から中級冒険者へと成長する際にひとつの壁として立ちはだかる一種の指標的な魔物なのだ。
“ビッグホーンに角が3本ついてるだけ”の個体群で、確かに突進力や縄張り意識は厄介ではある。
こいつを単独で討伐することで中級者へと問題なく名乗れるのだ。
ゆえにSSSランク(自称だが、)のアロンが相手にするような敵ではない。
「別の連中にやらせた方がよっぽど自然だろ?こんな、ただの採取クエスト……」
「それが、そうとも限らないのよ」
ベラドンナはグラスを指先で転がしながら、どこか遠くを見るような目で呟いた。
「……問題は、場所」
「……場所?」
「件のダンジョン。発見されたのは、かれこれ二十年も前。維持管理もまばら、定期調査も既に打ち切られている」
彼女の声音が一段落ちる。
「つまり、“いつ崩れてもおかしくない”わ。天井も床も。気圧も魔力構造も、もはや継ぎ接ぎのボロ布みたいなものよ」
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