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第24話 リンカとかいう




 リンカの弱さの最大の原因は、彼女が体内に宿す『魔力』そのものにあった……



 魔力とは、生まれ持った素質だけで決まるものではない。

 確かに器の大きさは血筋に左右されることもあるが、それは微々たる誤差に過ぎない。

 魔力の質を、精度を、そしてその絶対量を決定づけるのは────自身の『魔力鍛錬』に他ならないからだ。


 いわゆる、どれほど強くなりたいと渇望し、己を研鑽し続けてきたか。

 生半可な修行であっても、魔力の精度は上がる。



 だが、そこには必ず『打ち止め』がくる。



 現在、世界に数名しか存在しないSSランクと認定されている冒険者たちは、例外なく、幼少期から血反吐を吐くような過酷な日々を過ごしてきた。

 自身の魔力を研究し、細胞の一つ一つに魔素を染み込ませるような、狂気的なまでの反復。

 


 話を普通の人間に戻そう…

 普通の人間はそんな過酷な鍛錬をせずとも、本来ある程度は強くなれるはずなのだ。

 魔力というエネルギーは、成長期の肉体において乾いたスポンジが水を吸い上げるように自然と吸収されていくものなのだから。



 だというのに……



 このリンカという女……ミカの目から見ても、その『魔力』はあまりに微弱すぎた。



 実力を、あるいは真の魔力を隠しているだけかもしれない……

 そう疑ったこともあった。

 だが、それにしても彼女は、文字通り『何もしなさすぎる』のだ。


 移動手段を支える『身体強化魔法』……

 冒険者ならば誰もが、いや素養がある子供であれば幼少期に誰しもが会得しているはずの基礎中の基礎である魔法の一つ。

 それすら、リンカは一度として使用する素振りを見せない。



 「子供にさえ負ける」



 彼女が以前発言した言葉…単なる自虐でも何でもなく、事実かもしれない…

 この魔導が支配する世界において、彼女はあまりに無防備で、あまりに脆弱だった。




 だが────




 そんな魔力の希薄さとは裏腹に。

 彼女は、『上から目線』だった。

 物理的な弱さを補って余りある、舌鋒の鋭さ。

 ミカが勇気を振り絞って口にした異議など、どこ吹く風。

 それどころか、倍返し、あるいは十倍返しの勢いで、完膚なきまでに言い負かされるのが常だった。



 そして何より恐ろしいのは……



 その毒を含んだ言い分に、なぜかこちらが納得させられてしまうことだった。

 理論も、理屈も、倫理さえも。

 リンカが口を開けば、それが世界の正解であるかのように響く。

 弱者の皮を被りながら、その魂だけは、誰よりも傲慢に世界を見下ろしていた。



「いえ! そうじゃなくて!! あの! ………そうそう!! なんでリンカさんは冒険者に? リンカさんなら、もっと別の職業の方が向いていると思うんですけど」



 急激に、そしてあまりに露骨な話題の転換だった。

 松明の炎がパチリと爆ぜる音さえ、今のミカには心臓を叩く音に聞こえていた。

 だが、その強引な転換はかえって不自然さを際立たせ、リンカの眉を不機嫌そうに跳ね上げさせる結果となった。



「いや!! 悪い意味じゃなくてですね!! リンカさん、本当にお綺麗ですから!! 歌姫とかになればいいのになぁ、とか思っちゃって!! あははは!!!」



 キツい……



 自分で言っておきながら、ミカは自らの言葉の軽さに吐き気がした。


 確かに、リンカの容姿は整っている。

 整っている、という言葉では足りないほどに。

 ミカがこれまでの人生で出会ってきたどんな人間よりも、群を抜いて、飛び抜けて、その顔立ちは完成されていた。

 

 端正な輪郭、意志の強さを感じさせる瞳。

 さらに言えば、そのスタイルさえも、モデルか何かのそれのように隙がない。

 

 だが、それにしても話の変え方が雑すぎた。

 無理に褒めちぎり、機嫌を伺っていると思われても文句は言えない。



「(終わった……)」



 ミカはギュッと目を瞑り、これから浴びせられるであろうリンカの冷酷な小言に備えて身を硬くした。

 罵倒か、あるいは氷のような沈黙か。




 だが────




「ほーう……中々見る目はあるじゃないか」



 鼓膜を揺らしたのは、怒号でも冷笑でもなかった。

 ミカが恐る恐る目を開けると、そこには。

 松明の炎に照らされて、これ以上ないほど機嫌良さそうにニコニコと笑うリンカの顔があった。



「実はたびたびスカウトされるんだよなぁ、困ったことに。ふふん」



 その表情は、どこをどう見ても『困っている』者のそれではない。

 あまりに分かりやすく、あまりに現金な態度の豹変に、ミカの思考は完全に停止した。



「全然困ってる顔には見えないんだが?」



 アロンが至極冷静なトーンで横からツッコむ。



「じゃあ、なんで受けないんですか……?」



 困惑の極致で、ミカがようやく絞り出した問い。

 リンカは満足げに、そして芝居がかった仕草で髪をかき上げ、不敵に笑ってみせた。



「フッ……それはな────」









































 彼女がその『真の理由』を口にしようとした、その瞬間だった。



「そろそろ、件の壁に着くぞ」



 アロンの低い声が、弛緩しかけた空気を一瞬で切り裂いた。

 冗談も、雑談も、届かない。

 松明の光が届く限界の先に、異質な『沈黙』が横たわっていた。


 突き当りを右に折れた、その先。

 本来ならば、オルテが『魔力の流れがおかしい』とボヤいていた、特徴のない壁が立ち塞がっているはずだった。




 だが────




「なに……?」


「ほう」



 アロンとリンカが、同時に足を止めた。

 松明の橙色の炎に照らし出されたのは、無機質な岩肌ではない。


 そこには、口を開けたような巨大な『穴』が穿たれていた。

 大人一人が容易く通り抜けられるほどの、不自然な亀裂。


 ギルド長オルテの報告には一言もなかった、完全なる異常事態。

 穴の奥には底知れない暗闇が広がっており、松明の火をかざしたところで、その光は墨を流したような闇に一瞬で吸い込まれて消えた。




 それは、まるで────









































「口だな」



 アロンが、低く、冷めた声で呟いた。

 壁の向こう側に潜む何かが、獲物を待ち構えて喉を広げているかのような、禍々しい静寂。



「どうする? アロン」



 リンカは大きく仰け反るようにして、その闇の奥を観察しながら問いかける。

 アロンの脳内にある『効率』の天秤が、ゆっくりと揺れた。



「……どうするも何も、オルテに報告するしかないだろうな……とりあえず一旦地上に────」



 アロンが『撤退』の判断を下そうとした、その瞬間。




 ゴクッ!!!




 第七階層の空気を丸ごと飲み込むような、巨大な『嚥下音』が鳴り響いた。



 ────衝撃



 足元が、世界が、音を立てて爆ぜた。

 穴の奥から噴き出したのは、暴風などではない。

 それは、獲物を胃袋へと引きずり込むための、暴力的なまでの『吸引』。



「なにッ!?」


「なッ……!!」



 アロンとリンカの叫びが、闇の中に溶けていく。





次回更新は金曜日です!

読んでくれている方、モチベーションに繋がってます、本当に嬉しさと感謝でいっぱいです!

ありがとうございます!

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