第22話 オルテの本音
今回から火曜日と金曜日更新になります!
「くぅ〜〜〜!!これだよ、これこれ!スープを飲み仕事で熱くなった身体を冷やし、ステーキで再び身体が熱くさせ、最後にグリブリ(グリーン・ブリザードの略)が冷やしてくれるこの感覚がたまらん!」
オルテは椅子にもたれ、全身で悶えていた。
その表情は、ギルド長ではなく────
ただの“美味いものを食べて幸せになっている男”そのものだった。
このひとときがあるからこそ、
あの激務を続けられると言っても過言ではない。
いや、むしろこれがなければ、ギルド長の仕事など一週間で投げ出しているだろう。
だがしかし────高い。
ランチタイム中ならリーズナブルなセット価格で食べられるのだが、
オルテが昼食を取るのはいつも時間外。
当然、セットは終了しており、
どれも単品で頼むしかない。
そして単品は、ランチタイムの倍ほどする。
しかしオルテは気にすること、臆することなく頼む。
なぜならオルテはギルド長だから。
なぜならオルテはこの街のギルド長だから。
なぜならオルテはギルド長だから。
……別にギルド長だから安くしてもらっているわけではない。
ギルド長は給料が良いのだ。
むしろ、給料が良くなければ
この街の冒険者達の面倒など見ていられない。
オルテはグリブリを一口すくい、
口に含んだ瞬間、目を細めた。
「……はぁ……生き返る……」
その声は、まるで天国を味わっているかのようだった。
店を出れば、この幸せなひとときが終わり、また仕事へと戻る。
オルテは、食事を終えた後のこの余韻が好きだった。
皿の上にはもう何も残っていない。
だが、舌に残る味と、胸の奥に広がる満足感が心地よい。
ガラス越しに見える街の景色──
ゆっくりと人々が歩き、会話し、笑い合う姿。
その“日常”を見るのが好きだった。
……だが、ここ一年でセイドウは変わってしまった。
誰も彼も、どこか影を落とした表情で歩いている。
笑っていても、目が笑っていない。
無明の層の影響は、街全体にじわじわと広がっていた。
『……本心では、お前も、誰かに助けを乞うていたんじゃないか?』
昨日アロンに言われた言葉が、再び胸に突き刺さる。
ガラスに映る自分の顔。
その横を、影を落とした街の人々が歩いていく。
全員が心の中で助けを求めている。
そして────
自分もまた、その一人だった。
昨日は図星だからこそ怒鳴ってしまった。
アロンの言葉は、妙に胸に残る。
生意気で、態度も悪く、美人を引き連れている生意気な冒険者。
……だが、不思議と説得力があった。
今、アロン達はこの街のために
元凶である無明の層を攻略している。
死んでも構わない──
そう言っていたが。
「やはり…………死んでほしくないな」
オルテは静かに呟いた。
ギルド長としてではなく、
ただの一人の人間としての本音だった。
「俺は祈ってやることしかできない…………どうか……生きて帰ってきてくれ」
思い浮かぶアロン。
リンカ。
ミカ。
その三人が────
ガラスの向こうを歩いている。
「そうそうあんな風に帰ってきてく───帰ってきた!?」
オルテは椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がった。
---
セイドウの街路は、午後の柔らかな日差しに包まれていた。
「本当に、帰ってきてよかったんですか……?」
ミカが、何度も後ろを振り返りながら、不安げに声を漏らした。
その瞳には、決死の覚悟で挑んだはずの場所を、散歩の途中で雨に降られたかのような軽さで立ち去る二人への、隠しきれない困惑が浮かんでいる。
「良いも悪いも、これが俺たちのやり方だ」
アロンは、背負ったリンカの重さを微塵も感じさせない足取りで、淡々と答えた。
「今回のダンジョンは別に攻略の速さを競ってるわけじゃないんだ。なら、ゆっくり攻略した方が安全だ……そろそろ副リーダーの体力が底をつき始める頃だったしな」
「そうだ……体力がつきた」
リンカの声には眠気に抗う気だるさが色濃く混じっている。
「結構……安全に攻略する感じなんですね」
第一層を終え、次は第二層へ────。
そう思った矢先に踵を返し、入口へ戻るという前代未聞の行動。
ミカは、先ほど起きたばかりの光景を思い出し、思わず肩をすくめた。
死地へ赴く覚悟を、たった一言の「飽きた」で霧散させた男の背中を、今はただ呆然と追いかけている。
「……本当に驚きましたよ。いきなりリンカさんを背負い始めだして……」
「当然だろう。副リーダーの体力はすぐにゼロになるんだ」
アロンは、背中に吸い付くように預けられたリンカの重さを、まるで羽毛でも扱うかのように無視して言い放つ。
「私の体力は幼児と同じだからな」
「……え、病弱とかなんですか?」
ミカの純粋な問いに、リンカはアロンの肩に顎を乗せたまま、誇らしげに鼻を鳴らした。
「そんな訳ないだろう?私は生まれてこの方、病気に罹ったことはない。無駄な抵抗(運動)をしないから、免疫が純粋培養されるんだよ」
そのあまりに堂々とした「謎理論の自慢」に、ミカは思わず吹き出した。
緊張の糸が、拍子抜けするほどあっさりと解けていく。
豪快で、傲慢で、人の心を逆なでする男────アロン。
その中身は驚くほど冷静で、危険の芽を摘むためならプライドすら捨てて即座に撤退を選ぶ。
その判断の速さは、ミカの想像を遥かに超えていた。
そしてその隣にはダンジョンの緊張をほぐしてくれる女性────リンカ。
新人であるミカに対して、ダンジョンの怖さを和らぐ冗談を振りまく。
そのいい意味での空気を壊す発言は、ミカの想像をある意味超える。
ミカは、街路を歩きながら、ぽつりと呟いた。
「……なんだか、思ってたよりずっと……私の事を考えてくれているんですね」
「当たり前だ。死んだら意味がない」
アロンは振り返らず、ただ前を見たまま、感情を排した声で答えた。
「生きて帰るのが冒険者の基本だ。それができない奴は、もはや冒険者ですらない」
リンカの声も、静かに街の気配に溶けていく。
「さてと……じゃあ腹も減ったことだし、軽く何か食うか」
アロンは欠伸混じりに呟いた。
「甘いものが食べたいな。……おいミカ、この街で有名なスイーツは何かないのか?」
アロンの背中で、リンカが催促するようにミカを覗き込んだ。
「はい! セイドウで有名なスイーツと言えば、やっぱりグリブリ! これに限ります!!」
ミカが胸を張って、満面の笑みで答える。
「……排便時の擬音みたいなスイーツだな」
「リンカさん!? 何言ってるんですか!?」
夕暮れの街路に、ミカの悲鳴に近いツッコミが響き渡った。
通りすがりの住民たちが、何事かとこちらを振り返るが、リンカは一切の羞恥心を排した無表情のまま、首を傾げる。
「……で? そのブリブリとやらは何なんだ?」
「グリブリ!!! グリーン・ブリザードの略ですよ!! 甘味サボテンの蜜をシャーベット状に凍らせて、レモン果汁と合わせたデザートです!」
「ほほう、なかなか美味そうだな。……よし、アロン。それを食べるぞ。今すぐだ」
リンカは、もはや獲物を見つけた猛獣のような目でアロンを凝視している。
「勝手な奴だ。……まあいい、ミカ、その店へ案内しろ」
それから数分後、ミカの案内で目的のレストランへと到着し、早速入店しようとしたその時だった。
「おい!! お前たち!!!」
鼓膜を直接揺らすような、怒鳴り声。
声の主は、まさに自分たちが向かおうとしていた店のテラス席から、椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がっていた。
オルテであった……
次回更新は金曜日です!
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