第21話 無明の層 探索開始
ようやく探索開始
「……よし、最後にもう一度言うぞ?危険だと思ったら、すぐに帰還しろ。良いな?まだ大丈夫とか思うなよ?ダンジョンに潜る上での第一の心がけを忘れるな」
「第一の心がけってなんだ?」
リンカがアロンに問う。
アロンは当然のように答えた。
「“とりあえず探索”だ」
「“かもしれない探索”だ!!!」
オルテがアロンの言葉に被せながら怒鳴る。
机が揺れ、資料が跳ねた。
「この先に魔物がいるかもしれない、罠があるかもしれない、閉じ込められるかもしれない……そう心がけながら探索しろって話!初心者でも知ってるぞ!!!」
オルテの怒声は、もはや悲鳴に近かった。
「うるさいかもしれない」
「ウザいかもしれないな」
アロンとリンカが淡々と返す。
その瞬間──
オルテの額に青筋が浮かんだ。
「お前ら、本当ブッ飛ばすぞ?」
---
無明の層入り口前。
時間は昼……暖かい陽の光が、三人の頬を温める。
巨大な石造りのアーチが、まるで口を開けた獣のように静かに佇んでいた。
「……よし、じゃあそろそろ行くか」
「そうだな」
「はい!」
アロンの声に、リンカとミカが同調する。
そして三人は、ゆっくりと無明の層へと足を踏み入れた。
ここは一層目。
入り口から差し込む光が、薄暗い通路を淡く照らしている。
壁は灰色の岩肌。
床は固く踏み固められた土。
湿気は少なく、空気は乾いている。
──至って普通のダンジョンだ。
「……中々普通だな。もっと殺伐とした、血の匂い漂うダンジョンだと思ってたんだが」
「オルテも言っていただろう?
血痕はおろか、魔力の残滓すら残ってないんだ……匂いも残ってないのも妥当だ」
「それもそうか」
リンカの疑問を、アロンが淡々と解消する。
「それにしては綺麗過ぎませんか?
ダンジョン特有の臭いがしないというか……」
ミカの疑問はもっともだった。
ダンジョンというのは魔物の棲家。
冒険者が足を踏み込めば、当然襲撃され、
冒険者は反撃し、魔物は討伐される。
討伐された魔物の死体は、素材以外はそのまま放置される。
月に一度、ギルドが掃除屋を送るが──
それでも臭いはダンジョン全体にこびりつき、完全には取れない。
それが“ダンジョン特有の臭い”となる。
この臭いが生理的に無理で、冒険者を諦める者もいるほどだ。
だが──
無明の層には、その臭いが存在しない。
魔物は確かに出現している。
今もアロン達を襲ってくる魔物がいる。
アロンはそれらを、歩く速度すら落とさずに片手で処理していく。
どれも一瞬で終わる。
倒れた魔物の死体からは、確かに“魔物臭”が漂う。
だが──
熟成され、放置され、染みついた“ダンジョン臭”が存在しない。
「……やっぱり変だな」
アロンが呟く。
リンカも周囲を見渡しながら、静かに言った。
「魔物の臭いはするのに……
“積み重なった臭い”がない。
まるで──誰かが掃除しているみたいだ」
ミカは背筋を震わせた。
「……そんな……ダンジョンを掃除する魔物なんて……聞いたことないです……」
アロンは歩みを止めず、淡々と答えた。
「単純に掃除屋が最近来たんじゃないのか?」
「いや、それならオルテが言う筈だ……にも関わらず、無かったということはこのダンジョン特有の異常である可能性が高い」
アロンは淡々と分析しながら歩を進める。
リンカもミカも、その後ろを静かに続いた。
通路は広く、足場も安定している。
壁には苔もなく、湿気も少ない。
まるで“昨日できたばかり”のような清潔さだった。
そして三人は、二階層へと続く階段へと辿り着いた。
階段は緩やかで、段差も低い。
初心者冒険者でも苦労せずに進めるように設計された“安全な道筋”。
──そう、“初心者冒険者”の体力があれば、だ。
「…………あそこみたいだな」
アロンが階段を指差す。
ミカはぱっと表情を明るくし、勢いよく前へ出た。
「じゃあ……二階層へと行きましょうか!」
しかし──
その背後で、アロンとリンカが同時に踵を返した。
「じゃあここまでだな……帰るぞ」
「そうだな…もう体力0だ、背負え」
くるり、と。
まるで散歩の帰り道のような自然さで、二人は来た道を戻り始めた。
「……え……えぇぇぇぇ!?ちょ!? 何してるんですか!?」
ミカの悲鳴がダンジョン内に響く。
────
───
──
オルテは、少し遅い昼食を街のレストランで食べていた。
ギルド長という仕事は、通常の職員よりも遥かに激務だ。
書類、報告、調査依頼、冒険者の揉め事の仲裁────昼食の時間など、まともに取れる日はほとんどない。
まして今回は、アロン達が無明の層へ潜るという異常事態。
情報集め、資料整理、過去の記録の洗い直し……いつもの数倍の仕事量だった。
そのため、この昼食という時間はオルテにとって“仕事を忘れられる唯一の時間”だ。
ランチタイムは既に終了している。
店内には、セイドウに住むマダム達が優雅にアフタヌーンティーを楽しんでいる。
その中で、オルテは一人、静かに料理を味わっていた。
────セイドウ街の名物料理、三品。
まず前菜として運ばれてきたのは『オアシス・ポタージュ』。
セイドウ近郊の地下水脈から採れる“青藻”を使った冷製スープだ。
淡いエメラルド色の液面が、光を受けてほんのりと輝く。
スプーンを入れると、さらりとした質感が心地よい。
口に含めば───
ミルキーで優しく、ほんのり塩味。
海藻の旨味が舌に広がり、喉を通る頃には体の奥まで染み渡る。
荒野の乾燥で弱った体を癒す滋養食としても扱われ、冒険者達が「体が蘇る」と絶賛する一杯だ。
次に運ばれてきたのは主菜『砂塵ステーキ(サンドダスト・ステーキ)』。
西の荒野に生息する巨大獣「サンドバイソン」の肩肉を使用した肉料理だ。
通常は固い肉質だが、長時間の低温燻製で驚くほど柔らかくなる。
その表面に“砂塵スパイス”───荒野で採れる“レッドスコーチ唐辛子”をまぶし、強火で一気に焼き上げる。
皿に置かれた瞬間、スモーキーな香りが立ち上り、荒野の風景が脳裏に浮かぶようだった。
ナイフを入れると、肉は抵抗なく切れ、
噛めば噛むほど旨味が溢れ、鼻に抜けるワイルドな香り。
冒険者達が「これを食べるためにセイドウへ来る」と言うほどの名物だ。
そして最後に運ばれてきたのはデザート。
『サボテン蜜の冷製デザート “グリーン・ブリザード”』。
荒野に自生する“甘味サボテン”から採れる蜜を使用。
それをシャーベット状に凍らせ、レモン果汁と合わせた爽やかな一品。
スプーンですくうと、淡い緑色の氷がきらりと光る。
口に入れた瞬間、体温がすっと下がるような清涼感が広がる。
甘さ控えめで、キレのある酸味。
食後に必ず頼む客が多い人気メニューであり、オルテも例外ではなかった。
「くぅ〜〜〜!!これだよ、これこれ!スープを飲み仕事で熱くなった身体を冷やし、ステーキで再び身体が熱くさせ、最後にグリブリ(グリーン・ブリザードの略)が冷やしてくれるこの感覚がたまらん!」
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