第18話 心理魔法使用の絶対条件
すべての魔法には必ず理論で証明できる…
奇跡や幻想…神など、そんな頭のイカれたエセ能力者など、
無価値の存在に他ならないのだ。
(西大陸魔法技能大学助教授 ナルミヤ インタビュー記事より)
店を出ると、夜風が頬を撫でた。
街灯の明かりが石畳に淡く広がり、アロンたちは並んで歩き出す。
「じゃあ、そろそろ“無明の層”に行くんですか?」
ミカが少し弾んだ声で尋ねる。
「いや……ギルドが明日、“無明の層”の情報をくれるって話だからな」
アロンは歩きながら答える。
「それを聞いてから挑もうと考えている」
「へぇー、そうなんですか」
「あぁ。だから、明日の朝9時にギルドに来い」
そう告げると、アロンは軽く手を振り、リンカと共に歩き出す。
ミカはその背を見送りながら、静かに頷いた。
────
───
──
しばらく無言のまま、宿屋へ向かって歩くふたり。
リンカがぽつりと口を開く。
「……で、本当に仲間に入れて良かったのか?確かに弱そうではあるが」
アロンは目を細める。
「ほう、お前も何か引っかかる節があるようだな……流石は副リーダー」
「お前“も”ということは、何か違和感を感じたのか?」
アロンは足を止めず、前を見たまま答える。
「奴の魔法は────実現不可能だという話だ」
「心理魔法のことか?」
リンカの声が少し低くなる。
夜の空気が、ふたりの間に静かに沈んでいく。
◆
ミカが見せた“心理魔法”────
それは一見、見事なものだった。
リンカの行動を言い当て、場を驚かせた。
だが、アロンは違和感を覚えていた。
普通の冒険者ならば、そこに疑問を持つことはない。
魔法の種類は多岐に渡り、個人の特性や才能によって発現するものもある。
だからこそ、誰もが「珍しい魔法だな」で済ませる。
だが、アロンは違った────
ミカの魔法に存在する明確な“嘘”を見抜いた。
アロンはすべての魔法を知っているわけではない。
だが、“存在しない魔法”を見抜くための知識は持っているのだ。
彼は“魔法理論”から考える。
魔法には、実現可能なものと不可能なものがある。
それは、魔力の構造、術式の展開、対象の性質────すべてに根拠がある。
実現不可能な魔法の代表例として知られているのが、
『生物を対象とする浮遊魔法』だ。
浮遊魔法は“完全静止状態の物体に限り、浮力場を定着させることができる”という魔力原理に基づいている。
人間のような生体は、常に内部で振動・血流・神経伝達などの活動を行っており、術式に必要な静的エネルギー条件を満たすことができない。
その結果、浮遊魔法の力場は人体に定着せず、術式は即座に崩壊するか、対象を拒絶する作用を示す。
よって、飛行船や浮遊具などの“非生物的かつ静止可能な構造体”には適応できるが、生身の人間に対しては理論的にも実用的にも適用不可能である───
(西大陸魔法技能大学助教授 ナルミヤ 著
『理論魔法学原論:奇跡と幻想の排除による体系魔法の構築』より)
ミカが披露した“心理魔法”────
一見すれば、珍しく、そして見事な魔法だった。
だが、アロンにとっては違った。
彼はすでに、魔法理論の観点からその正体を見抜いていた。
それは“ペテン”だ。
巧妙に演出された、理論に反する行為。
心理魔法そのものは、確かに存在する。
魔法学の中でも特殊な分類に入り、扱える者は限られている。
しかし、そこには“絶対条件”がある。
────対象に触れなければならない。
心を読み取るには、対象の魔力に直接干渉する必要がある。
触れることで魔力の流れを読み取り、そこから感情や記憶の断片を探る。
それが心理魔法の基本構造であり、理論的な支柱でもある。
だが、ミカは触れていなかった。
ただ、手をかざしただけ。
距離を保ち、接触せずに“心を読んだ”と称した。
それは、魔法理論においてはあり得ない行為だった。
◆
「触れずに心を読み取ることなど、できるわけないだろう」
アロンは足を止めず、淡々と告げた。
「ならなぜあの女は私がチェロスを食べたことを言い当てたんだ?」
リンカが眉をひそめる。
その問いには、確かに一理ある。
「ホット・リーディングだ」
「……聞いたことくらいはある」
アロンは静かに頷く。
「つまり、事前に情報を得ておいて、あたかもその場で読み取ったように見せかける手法だ。占い師を騙る詐欺師がよく使う」
リンカは少し考えるように視線を上げる。
「……だが、私たちがチェロスを食べたのは昼頃だ。あの女が見ていたとは限らんのでは?」
「限らないが、可能性は高い」
アロンの声は揺るがない。
「俺たちがチェロスを食べていた場所は、この街の広場だ。人通りも多い。昼頃に通りかかっていれば、俺たちの姿は簡単に見える」
「……つまり、心を読んだのではなく、ただ見ていただけだと?」
「そうだ。心理魔法など使っていない。あれは演出だ。魔法の名を借りた、ただの観察と推測だ」
「……なるほど。流石は魔法理論学の本を暇さえあれば、読んでるだけはある…確かにそう考えれば辻褄は合う………しかし、なぜそんな真似を?」
リンカが足を止め、夜空を見上げながら問いかける。
「さぁな……それはお前が以前言ったろ?」
アロンは肩をすくめる。
「動機なんて人の数ほど存在する。考えるだけ無駄だと」
「考えるのを放棄する気か?」
「あの女の考えていることなんて、俺には分からん」
アロンはため息混じりに言葉を続ける。
「直接聞いても、はぐらかされるのが目に見えてる。それに、仕掛けてきたとしても、俺ならどうにでも対処できる」
「以前、罠にかかって私と共に気絶していた男の言うセリフではないな」
「罠にかかったのはヘリック君だ。俺ではない」
リンカは鼻で笑う。
アロンは真顔のまま、言葉を締めくくる。
「……まぁ、俺たちにとって害があるかどうかは、その瞬間にならないと分からないんだ。いらぬ心配するより、今日は早く寝て明日に備えることが一番なんだよ」
「……だと言いが、まぁ、もしもの時は頼むぞ」
「当たり前だ」
ふたりは再び歩き出す。
夜の街は静かで、遠くから宿屋の灯りがぼんやりと見えていた。
翌日の朝9時。
ギルド前には、三つの影が並んでいた─────
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