第15話 感情豊かなリンカ
アロンとのひと時を邪魔されたリンカは何を思うのだろうか…
「ふふふ……ほれ、口を開けろ」
「まぁくれるというなら、いただこうか」
そんな温度の会話が交差した瞬間────
「っ、あ、あの! 少し、いいですか!」
テーブルに割り込むような声が響いた。
ふたりの手が止まる。
振り返れば、そこに立っていたのは――ひとりの若い女性だった。
真剣な目つき。
けれど、声には微かな揺れ…それはメイディッシュの香りよりも濃く、空気を変えた。
アロンは、すぐにそちらへ顔を向ける。
「なんだ?」
女の目が揺れながら、声を出そうとする………が、
「あ、あの……さっきから、無明の層について……お、お二人が話をして……いぃぃ…………」
段々と声が小さくなり、最後は喉奥で吸われるような音になる。
アロンは訝しげに彼女を見つめる。
何を躊躇しているのか───と、そこで気づいた。
彼女の視線は、アロンではなく。リンカへ向けられていた。
リンカは、料理に手を伸ばしかけたまま。
表情はいつも通り───だが、目が違った。
冷たく、静かで、尖った何かがその瞳に宿っている。
無表情のまま、仇でも見るような視線を女に投げつけていた。
「……どうした?」
アロンが問いかける。
リンカは一拍置いて、何事もないように返す。
「ん? あぁ、なんでもない……ほら、続きだ」
「いや、この女が話をしたいようだし、聞くのが先だろう」
リンカの目がすっとアロンに向き直る。
少し間を置いて、にじむような声で言った。
「ほーう……そうか……そうかそうか、お前は私よりこいつを優先するのか」
「なーに怒ってるんだ。機嫌が良いんじゃなかったのか?」
「知らなかったか? 私は感情の起伏が豊かな女なんだ」
「……激しいの間違いじゃないか?」
謎の情緒に困惑し、アロンは頭の上にハナテを浮かべながら目を細める。
周囲から見れば、先程まで仲の良かった2人が気まずく揉めているようにしか見えない。
そして当のリンカは、わざと女に見せつけるように、ナイフで皿の肉を少し荒っぽく切り始める。
「……あの……」
怯えるような声だった。
それは、テーブルに向かって慎重に歩み寄る女の唇から漏れたもの。
「……まぁ私も鬼ではない。お前も、よほどの事情があって話しかけてきたのだろう? そうなのだろう? なら許してやろう」
女は目を丸くして何か言おうとしたが、次の言葉で完全に硬直する。
「遠慮するな。さぁ話せ、今すぐ話せ……ただし、しょうもない話だった場合は……分かっているな?」
リンカは一拍置いて、口元だけで笑った。
「報いを受けてもらう…………アロンの手によってな」
「俺がやるのか…」
アロンが困惑気味に眉を寄せると、リンカはすっと目線を横に流す。
「当たり前だ。私に罰を与えるだけの力は持ち合わせていない…返り討ちに遭ってしまう」
「……悲しいなぁ」
「ふふ…」
アロンとリンカが言い合うやり取りに、近くに立つ女は一瞬だけ微笑んだ。
冗談の応酬だと思ったのだ……しかし、それは痛恨のミス。
「……なに笑ってる?」
その一言が、空気をひっくり返す。
リンカが表情を変えず、スッと視線を上げて女を見る。
「今の、どこが面白かった?」
女はびくりと肩を揺らした。冗談じゃなかったのか───と、悟るには十分だった。
アロンは肉の切れ端を見つめながら、心の中でつぶやく。
「(こえーよ……)」
女は視線で助けを求めるように、アロンの方へちらと目を向ける。
しかし、それがさらなる火種になった。
「……どこを見てる?」
リンカの声が静かに落ちる。
その音だけで、彼女の目が再び女を捉えたのが分かる。
「お前と今話してるのは、私だろう? だったら、私に向かって話せ。早く」
もはや退路はなかった。
座る場所もなければ、言い訳も通らない。
できるのは────ただ、話すことだけだった。
「す、すみません!本当に!デート中に話しかけてしまって!でも私は────」
「……待て」
唐突な遮断。
女の言葉が途中で止まる。
「……え?」
リンカの表情が、わずかに動いた。
無表情ではない。どこか、鋭く――揺れている。
「今……なんて言った?」
問いかけたその声は、乾いていたが、確かに“感情”を帯びていた。
「……デート」
リンカの声が、静かに女の言葉を反復する。
「お前、今そう言ったな」
女はびくりと肩を震わせて答える。
「は、はい……」
リンカは一拍置き、無表情のまま問いを重ねる。
「見えるのか?」
「は、はぁ…………ち、違うんですか?」
答えるというよりは、ほぼ反射で返した言葉だった。
場はしばし沈黙に包まれる。
そして────
「そうかそうか……そう見えたか」
リンカは肉を切り終え、皿の端にナイフを置いた。
相変わらず顔には感情の色がない――のだが、口元に浮かんだ僅かな笑みは、アロンに対する時と同様、隠しきれていなかった。
「よし。椅子を持ってこい。立ち話じゃ疲れるだろう」
「「は?」」
声が重なる。
アロンと女、両方が素っ頓狂な声を漏らす。
ついさっきまで“氷点下の視線”を投げていた女王が、なぜか軽快な口調で客人を迎え始めている。
リンカは髪を耳にかけ、つぶやいた。
「なんなら、何か頼んでもいいぞ。今の私は機嫌が良いからな」
アロンはスプーンを握ったまま、リンカの顔をまじまじと見て、ようやく言葉を漏らす。
「……怒ってたんじゃないのか?」
「言っただろう? 私は感情の起伏が豊かな女なんだ」
「激し過ぎるだろ」
リンカは満足げにうなずき、グラスを口元へ運ぶ。
その一杯が喉を潤すと同時に、女がようやく椅子を引き始めた。
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