第12話 通則第2条:ギルド及びそれに属する組織は例外を除き、全ての冒険者の不利益の回避あるいは軽減に最大限努めなければならない
この通則はギルドおよび属する組織に課せられる最も基本的かつ最も裁量が問われるモノである…
しばしば第1条との折り合いで揉めることがある。
アロンとリンカは受付嬢の案内のもと、ギルド本部の奥へと続く廊下を進んだ。
しばらく歩いた先、小さな応接室へ通される。
「こちらで少々お待ちください」
それだけ言い残すと、受付嬢は背筋を伸ばしたまま部屋を後にした。
静まり返った部屋の中央。
簡素なテーブルの上には、小さなガラスの容器に入った焼き菓子が数点。
「おい、リンカ……お菓子だぞ」
アロンが指で容器を示す。
「私は犬か? いくら私でも他人の物は勝手に食わん」
「俺の菓子を勝手に食う奴がよく言うな」
「知らなかったか? お前の物は私の物だ」
「自己中心的な女だ」
「私はそういう女だ……この世で一番私のことを理解してるお前なら、当然わかってるだろう?」
二人はソファに腰を沈めたまま、互いに視線だけでやり合った。
緊張も、焦りもない。
ただひとつ、“退屈を紛らわせるだけの会話”がそこにあった。
扉の向こう側で、控えめなノック音が響いた。
アロンとリンカが目線を向ける。
すぐにノブが回り、ゆっくりと扉が開かれた。
入ってきたのは────渋みのある風貌の男。そして、さきほどの受付嬢。
彼女は静かに配膳カートを押している。
男の服装はシンプル。だが、その身のこなしと顔に刻まれた皺は、“どこに立っていても空間の中心になる”者特有のものだった。
「セイドウのギルド長、オルテだ」
口調は無駄なく、声に揺れはない。
アロンは立ち上がり、軽く顎を上げて返した。
「アロンだ……こっちが副リーダーのリンカ」
「よろしく」
リンカは立ち上がりはしなかったが、目を見て短く挨拶する。
「……アロンに、リンカか」
オルテはそう呟くと、ゆっくりとふたりを眺めた。
アロンの背筋、目の動き、腕の筋肉の張り────前衛型の実戦経験者。
リンカの体格、武装の薄さ、魔導具の欠如────支援側、非戦闘型の典型。
能力値ではなく、構成で見るなら特段突出したもののないデュオパーティー。
オルテの脳裏には、その評価が自然に並べられていく。
だがその表情は変わらない。言葉も、まだ出ない。
沈黙の中、受付嬢がテーブル脇に菓子と飲み物を整えていく。
その丁寧な手つきと裏腹に、場の空気はわずかに重みを増した。
しばらく菓子の香りが室内を満たしていたが、誰も手は伸ばさない。
応接室に沈黙が広がる中、オルテは椅子に深く腰を下ろし、指を組んだままアロンを見た。
「……で、俺に話があるらしいな」
オルテの声は変わらぬ調子。
その口元には、わずかな緩みさえあった。
「おおかた予想はできているが……なんの用だ?」
「無論、無明の層の進入許可についてだ…なぜ許可を出さない? ギルドの規則では、“冒険者の探究を最大限サポートする”のが原則だろう」
オルテは目を伏せたまま、指先をすり合わせる。
「確かに。規則としては、探究を促すものだ」
「なら、話は早い」
「……だが、俺たちギルドは“冒険者の不利益の回避あるいは軽減する”義務もある」
その言葉に、アロンは少しだけ眉を動かした。
だが、口元の緩みは崩れない。
「早い話、“自殺の手助け場”じゃないんだよ」
重い一言だった。
部屋の空気が、ほんの少しだけ沈む。
アロンは指先を動かす。
怒りではなく───“思考の整理”だった。
「……随分と煽るじゃないか。ギルド長がそんな態度を取っていいのか?」
アロンの声には、まだ微かな余裕が残っていた。
挑発というよりは、探りのような響きだった。
「言ったろ?ここまで言わないと分からない馬鹿が、この世には山ほどいるんでな」
「全くだ。馬鹿は直接言ってやらんと理解できない」
リンカが静かに返すと、オルテの口元に皮肉な笑みが浮かぶ。
「お、そっちの美人さんは分かってるみたいだな。そういうことだ……さっさとその馬鹿を連れて帰んな」
オルテが椅子から立ち上がろうとした、その瞬間だった。
「ふふふ……よく言うな」
アロンが声を漏らす。
音量は低かったが、確かに“挑発”の温度を孕んでいた。
「お前も……いや、このギルド全体が、“その馬鹿の一員”でもあると言うのに」
────空気が変わった。
オルテの動作が止まり、その目がゆっくりとアロンへ向けられる。
笑顔も言葉も、すっと消える。
「……なんだと?」
声は低く、重い。
言葉の奥に、ギルド長という立場の“責任と自負”が沈んでいた。
「そうだろう」
アロンの声は低いが、言葉には明確な棘があった。
「無明の層が発見されて一年……それでも何も解決されていない。臭いものには蓋をするこの体制。馬鹿と言わずして、なんと言う?」
「……黙れ」
オルテが短く呟いた。
空気がひきつる。
「この街の住民が不憫だな。こんな愚か者たちが仕切っているギルドに守られているなんて」
「黙れ」
「いや……こんな街なら、住民も愚かなん───」
「黙れと言っているんだッ!!」
重い怒声が、応接室の壁を揺らす。
瞬間、オルテの手元に魔力の光が収束し────剣が生成され、その刃はアロンの喉元に寸分の狂いなく突きつけられた。
「お前に、何がわかる……!」
声が震えていた。
感情か、責任か、あるいは限界か。
「お前ごときに何がわかる! 俺たちの苦悩が……職員たちの苦悩が……! 俺自身も何度も向かった! 調査チームも出動させた! なのに……何も出ないんだ!!」
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