第10話 平穏と清潔の街・セイドウ街
その街は、かつての活気が失われてしまった…
あるダンジョンが原因だ……
そのダンジョンの名は『無明の層』。
息が、荒い……
視界は揺れて、光が滲む。
自分の呼吸音しか聞こえないはずなのに、鼓膜の奥が、誰かの悲鳴で焼けていた。
「……おい、待てよ……! なんだよ……っ! なんなんだよ、……!!」
叫ぶ俺の声は、恐怖の震えと絶望の擦れ声が混じっていた。
だがもう、その声に応じる仲間はいない。
床には、血塗れの身体。バラバラになった装備。
そして、原型の無い肉塊────自分が率いていたパーティーメンバーだった者たち。
「っ、く……!」
俺は地面に片肘を突きながら、ずるりと這って前を睨む。
自分の右腕は肩から断たれていた。
左脚も膝下が失われ、血が止まる気配すらない。
魔力は空っぽ。回復の術も、叫ぶ声も、もう残っていない。
自分は、ここで終わるのだ。
力尽きる者として、死体の側に並ぶだけ。
……そうして、己が最後に睨みつるは────目の前に立つ女。
仲間だったはずの女。
ともにこのダンジョン……“無明の層”へ入ったはずの女。
だが、今その女は、何の感情も浮かべぬ顔でこちらを見下ろしている。
俺はもう、声すら絞り出せなかった。
ただ、眼だけで問うた。
“なぜ”と。
“どうして”と。
……その答えは届かないまま、暗闇がゆっくりと覆いはじめた。
─────
────
──
街の空気は、ほんの1年前まで“澄んでいた”。
昼には陽光が路地を満たし、夜には灯りが眠りを撫でた。
人々の笑顔に、疑念はなく。商人の声にも、刃の気配はなかった。
それが、今やどうだ。
『セイドウ』。かつて「平穏と清潔の街」とまで呼ばれた西方の拠点都市は、今では不自然な沈黙を街路に漂わせていた。
そう、この街が傾いた理由は一つ。
街から西の荒野へ数キロ進んだ先。そこにぽっかりと“空いた穴”がある。
その名を、冒険者たちはこう呼ぶ。
無明の層────
理由は単純。内部に光がないのだ。
太陽の光が────すべてが吸われる。
明かりが“効かない”というだけで、多くの探索者が、失われた。
名も、そうして定着した。
「無明」とは、見えぬということ。闇に目を奪われ、心を喰われるということ。
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日差しの強い午後だった。
セイドウの街路には緩やかな風が流れ、地面を歩く影がふたり分だけ伸びていた。
「……ついに、だな」
アロンが言った。
「ずっと攻略を待ち望んでいた…“誰も帰還しないダンジョン”……面白い」
「何が……面白いだ……お前の……自殺に……私を巻き込むな」
隣のリンカは、正面を向いたまま淡々と返す。
足取りは軽く、声に焦りはなかった。
「じゃあ、お前は行かないのか?」
「……行かないとは……言ってない」
アロンは横目でリンカを見やった。
リンカは表情を変えず、小さく呟く。
「分かってる……くせに……聞くな」
しばらく沈黙が続く。
その静寂を、アロンが破る。
「……で、お前はさっきから何食べてる?」
「ん? ああ、チュロスだ」
「いや見れば分かる。俺が聞いてるのは、それは“俺が買ったやつ”じゃないかって話だ」
「菓子ひとつで怒るな。ほら、私の食いかけだ。光栄に思え」
「いらん。俺は“全部食べたい”んだ。食いかけは、食ったうちに入らん」
アロンの理屈に、リンカは眉をひそめる。
「断る…だと……? 私との間接キスは金銀をも下らない価値があるというのに」
「なら、それで商売でも始めたらどうだ?」
「私は清らかな女だ。“尻の軽い真似”はしない」
「……確かにお前の尻はデ───」
言い終える前に、リンカの手がアロンの頭にぱしんと落ちた。
そんなくだらない話を交わしながら、ふたりはギルドの前に辿り着いた。
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セイドウの冒険者ギルド本部は、街の中央に佇む重厚な石造りの建物だった。
魔力制御と情報管理の集積所────ここは、ダンジョンに挑む者にとっての“生命線”なのだ。
冒険者はダンジョン攻略またはクエスト依頼でダンジョンに潜入する際にギルドに対して、申請を行うことができ、冒険者はいくつかの権利を得る。
• 攻略記録の正式登録
勿論、非申請でも潜入は可能であるが、その場合はダンジョン攻略の記録に残らず、実績とならない。名声にも報酬にも繋がらない。
• 保険の適用
申請済の探索者がダンジョン内で負傷した場合、治療・復旧費がギルドから支払われる。未申請者には一切の補償がない。
• 法的保護と訴訟権利
もし他の冒険者に故意に攻撃された場合、申請者はギルドを通じて加害者を告訴できる。未申請者は“自己責任”として処理され、何も保護されない。
この制度は、単なる手続きではない。
ダンジョンという命懸けの探索において、「生存」「回復」「正義」を得るための土台なのだ。
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ギルドの自動扉がゆっくりと開いた。
セイドウのギルド本部は、エンバリほど殺気が散っている空間ではない。
喧嘩と裏切りのにおいが常に漂っていたあの街とは違い、ここは少しだけ騒がしいバーにでもいるような空気────ざわつきはあるが、刃物の気配はない。
それでも、今はどこか重い。
無明の層が現れてから、冒険者たちは皆ひとつ余分に眉をひそめるようになった。
戦場を前にしていることを、無意識に自覚しているのだ。
そんな空気の中、アロンとリンカが歩を進める。
アロンの目が、ギルド内の掲示板や受付ではなく―――壁際で雑談をしている数人の冒険者へと向く。
「……なんだこいつら。どいつもこいつも辛気臭い顔してやがる」
ぼそりと呟いた声に、隣のリンカが返す。
「まぁ、街の近くに帰ってこないダンジョンがあるんだ……そんな中で“はっちゃけて”たら、正気を疑うだろう」
「確かに…」
アロンの視線はそのまま、ギルドの隅々へと移る。
受付で申請をするための手続きをこなしながらも、彼の本音は別にある。
“懲りずにまた仲間を増やす”────それが、今回ギルドに足を運んだ最大の目的。
探しているのは強者ではない。優秀すぎる者でもない。
“適度に冴えない”
“何か理由をつけて切り捨てられてそうな”
“リンカの盾にすらならないかもしれない、でも一応使える”
そんな一言で言うなら“ザ・無能な人材”をアロン達は探すのだ……
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