閑話② 湯けむり越しの会話 ~リンカ視点~
「なんだその言い草は…ムカつく奴だ。もっと近付いてやる」
爆炎で熱気に包まれた密室のダンジョンから解放されたアロンとリンカ。
汗と泥を洗い流すために、混浴する二人。
リンカはアロンの理性をかき乱そうと、身体を押し付けるが…
風呂場に満ちるのは、白く濁った湯気と、耳が痛くなるほどの静けさ。
湯船の中、向かい合う形で肩まで浸かった私たちは、それぞれの疲労を泡とともに抜いていく。
「……ふう……命が湯に溶けてく音がする……」
アロンが、呆れるほど気の抜けた声を漏らした。
「それ、泡が抜けてる音だろ」
私はまぶたを半分だけ開けたまま、湯気の向こうで目を閉じているアロンを眺める。
「にしても、風呂に入ってるってのに、よくそんな声が残ってるな。体力おかしい」
「お前が異常に少ないだけだろ……。背負ってきたの、誰だと思ってんだ」
「じゃあ今私が背負ってやろうか?」
「何言ってんだ?」
呆れたような声。
湯の中で、しばし沈黙が落ちる。
時おりポツンと湯が鳴る音と、アロンの小さなあくび。
この男の背中で揺られながら、私の指先がアロンの肩に食い込んでいたことも。
それをアロンが、一度も「痛い」とも「重い」とも言わなかったことも。
……私だけが知っていればいい。
「……ちゃんと、帰って来れてよかったな」
波紋ひとつ立てないように、静かに、独り言のように落とした言葉。
アロンが目を開けて、少しだけ不思議そうに私を見る。
「珍しくそういうこと言うな?」
「珍しいから、今だけ言った」
「俺のせいで生き埋めになったからか?」
「いや…戻ってこれると思ってたし。お前が“やられる絵面”は想像しようとしても想像できん」
「……そりゃ、安心されてるのか雑に扱われてるのか、微妙だな……」
私とアロンの間に、また湯気がふわりと揺れる。
安心、なんて言葉じゃ足りない。
この男が私の隣で息をしているという事実が、私の空っぽな胸に熱を流し込んでくる。
「それにしても、お前…………」
「なんだ?私と入ってる現状にようやく恥ずかしくなったか?」
わざと茶化すように、少しだけ身を乗り出す。
濡れて肌に張り付いた髪の隙間から、アロンをじっと射抜く。
「いや、邪魔だなと…もうちょっと向こうにいけ」
「なんだその言い草は…ムカつく奴だ。もっと近付いてやる」
私はわざと大きな水音を立てて、アロンとの境界線を踏み越えた。
私はスタイルが良い……これは自慢だ。
揺れる湯の中で、私は自慢の柔らかな身体をアロンに、逃げ場を塞ぐようにぴったりと密着させる。
胸もゆっくりと形を変化していく……
まぁどうせこいつのことだ…残念だが、これくらいでは動じない。
密着した肌から伝わる鼓動が自然と顔が緩む。
「(からかい甲斐はないが、これはこれでいいな)」
……が。
「………お前、顔赤いぞ」
アロンの指先が、熱を持った私の頬に、ゆっくりと触れた。
覗き込んできたアロンの瞳があまりにまっすぐで、余裕しゃくしゃくだった私の思考が一瞬で真っ白に染まる。
「……黙れ」
心臓の音が、密着した胸からアロンに伝わってしまうんじゃないかと、本気で焦る。
からかうつもりが、からかわれているのは私の方だったか……
「って、俺も限界だ……湯に溶ける……」
アロンが力なく目を閉じ、縁に頭を預けてぐったりと脱力した。
その隙だらけの喉仏をすぐ傍で見つめながら、私はアロンにだけ聞こえるほど、かすかな声で囁く。
「私がいるんだ……安心して溺れてろ」
ぽちゃん、と静かに泡が弾ける音。
それは、世界で一番甘くて、心地いい私だけの音……
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