表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/29

第9話 オレンジジュース

オレンジジュースはおいしいね



 街の門をくぐった瞬間、アロンは天に向かって首を仰け反らせた。



「……暑い。暑すぎるぞ……服の中、汗でびっしょびしょだ……」


「……宿に戻ったら風呂だ、アロン。今この瞬間、命より優先されるのは風呂。風呂以外、考えられない」



 二人は完全に“燃え尽きた”ような足取りで、街の通りを歩いていた。

 誰が見てもそれは“ダンジョン帰りの冒険者”というより“サウナに連続20時間放り込まれた人間”の表情だった。


 そのまま、よろよろといつもの宿屋へ。

 二人が借りている部屋は一室構成。風呂完備。家具は必要最低限。つまり、最適解。


 宿に入って靴を脱ぐ暇も惜しいといった様子で、アロンは襟元をひっぱりながら呟く。



「……水風呂でもいいな。氷くれ。全部の」


「それ風呂じゃなくて、拷問だぞ」


「そっちのほうが生き返る……」



 そんな会話を交わしながら、リンカは足元の荷物を置き、軽くタオルを肩にかけて振り向く。



「……で、どうする?…一緒に入るのか?」



 アロンは壁にもたれかかりながら、うっすら目を閉じて答えた。



「ああ。お前の風呂は毎回やたら長いしな……今日は効率重視でいこう」


「一緒に入ると言うのに、なんだその態度は」


「いや、嬉しいぞ……お前の裸が見られて……大歓喜だ……」


「おい、疲れに任せてとんでもないことを口走るな。寝言は寝て言え」


「むしろこのまま寝たい。風呂の中で」


「……溺れる瞬間は見届けてやる」



 そんな塩気のあるやりとりを交わしつつ、ふたりは静かに浴場の扉を開けた。


 湯気の向こう、しばしの安息がそこにはあった。





---





 エンバリ街・グラン・オルディネールの一室。鏡台の前で、レダは凄まじい勢いで身支度を整えていた。



「なんでよ……!なんであのふたり、生きてるのよ!!」



 声は掠れ、目は見開かれ、手元は震えていた。



「生き埋めにしたはずでしょ!?転送陣も階段も全部、全部爆破したのに!!死ぬ以外に選択肢なかったでしょ!!?!」



 鏡の中に映る自分自身の顔が、怒りで歪む。

 まるで“生存報告”そのものが自分の尊厳を踏みにじったかのように、レダは咆哮する。



「……いいわ、もう……生き埋めじゃ甘かったってことなのよね!?そうよ!!天がどうとか希望がどうとか────最期を見届けなかった私が愚かだったのよ!!」



 目が、紅く染まっていく。



「だったら……今度こそ、私が直接!この手で殺してやるだけ……アイツらの宿ごとまとめて、吹き飛ばしてやるわ!!!」



 満身に怒りを纏ったその瞬間────


 


「そんなに大声出して……何を企んでいるのかしら?」


 


 背後から届いた声は、あまりに静かだった。

 それが逆に、レダの全身に寒気を走らせた。


 ぶわ、と身体中の毛穴から汗が吹き出す。

 背筋が凍り、声が出なくなる。


 ゆっくりと、まるで操られるように振り返ると────









































 そこにいた。



 漆黒のドレス。白磁の肌。血のように赤い口紅。

 何も持たず、何も構えていないのに、まるで“全方位から銃口を突きつけられている”かのような存在感。



「ベ………ベラ……ドンナ」



 その背後には、無言のまま佇む数人の部下たち。

 誰もが目を合わせようとせず、ただレダだけを正面から見据えていた。



「私で良ければ────手伝いましょうかね、レダさん」



 声に笑みはあった。

 だが目には、完全なる“支配”が宿っていた。



「ち、違うのよ……っ! な、何を聞かされてるのか知らないけど……ご、誤解よ! 私は、私は何もしてないっ……!」



 豪華なホテルの一室。

 レダは絨毯の上を這うように後ずさりながら、顔を引きつらせていた。

 脂汗がこめかみから流れ落ち、目は完全に焦点を失っていた。



「悪いのは……そう、アイツらよ! 全部、全部アイツら! 私は知らない、知らな────っ」


 


 ────ドン


 


 小さな破裂音とともに、レダの両膝から下が“消えた”。

 血飛沫がじわりと絨毯に染み、身体が傾ぐ。



「ギィ……あああああああああああああああああああああっっ!!!!!」



 床を転がる。爪を割りながら、何かを掴もうと手を伸ばす。

 だが誰も救いの手は差し出さない。


 ベラドンナが、ゆっくりとその顔を覗き込むようにしゃがみ込む。

 そして、血に濡れた赤色の髪を指先で掴み、無造作に引き上げた。



「誤解?」



 その声は、まるで咎めも疑いもない。だが、温度もなかった。



「知らない?してない?それ……私にとっては、どうでもいいことなの」



 レダの唇がかすかに震えるが、もう言葉は出ない。

 声帯が恐怖で締め付けられていた。



「私が興味あるのは、ただ一つ───たった一つの事実」



 ベラドンナは、目元を一切歪めることなく、呟いた。



「仲介人はね、“信用”が命なの。冒険者との信頼だけで成り立っていると言っても過言じゃないの」



 レダの喉が、ごくりと震える。

 痛みより、恐怖が身体を支配していた。



「……お前は、私の信用を“汚した”」



 空気が沈黙に沈む。

 音は一切なかった。時間すら止まったように────









































「贖え」





---





「ふい〜〜……この瞬間が至極と言ってもいい」



 アロンはそう言いながら、ベッドの上にダイブした。全身の関節が布団に吸い込まれるように沈み込む。



「全くだ……」



 リンカもタオルを頭にかけたまま、アロンの横に崩れ落ちるように腰を下ろした。



「私とお前とで入るには狭かったが……まあ、それも悪くはない」


「いい湯だったな……命の残り香まで浸かった気分だ」



 蒸気が抜け、照明がやわらかく灯る部屋には、ルームサービスで届いたフルーツの盛り合わせが広げられている。

 パインの香り、瑞々しいスイカ、そして中央に堂々と輝くオレンジ。



「しかし、あれだな……馬鹿みたいな仕事だったな」


「同意しかない。次から意味不明な事を言い出す依頼主”はNGいれとけ……ってお前、そのオレンジ……それは私のだ」


「ん?何か言ったか───」


「食べるな。おい。食べるなと言ってるだろ…出せ。今すぐ出せ。それ、私が狙ってたやつだ」


「いや…すでに口に……」


「問題ない、さっさと出せ。出さないなら無理矢理口の中に手を突っ込むぞ」



 そんなくだらない攻防が続いていたその時────



 コン、コン……



 窓ガラスが、何かに軽く叩かれた。



「ん?」



 アロンがフルーツ越しに目線を向ける。

 カーテンの向こう、夜の空気に紛れるように羽ばたく、小さな影。



「魔導鳥……? この羽形……これは……」



 アロンは立ち上がり、窓を開けた。

 入ってきたのは、魔力で生成された鳥。滑らかな羽、くちばしに刻印。そして瞳に微かな揺らぎ。



「……間違いない。ベラドンナの魔法だ」



 鳥はアロンの前に着地し、こちらを一瞥した。

 そして、くちばしをゆっくりと開く。




『おふたりさん。……レダのお痛は、どうだったかしら?』




 声は、あまりにも優雅だった。

 だがその温度は、紅茶に混ぜた氷のように冷たく、よく響いた。


 アロンはタオルを頭にかけたまま、鳥の嘴を見つめる。



「なんで知ってんだ? まさか、お前が一枚噛んでたのか?」




『まさか。そんな不利益なことはしないわ……あなた達の帰還が遅かったから、ちょいと調べたのよ』




「はえ〜…凄い早い情報」




『悪かったわね。私が紹介した仕事で、あなたたちが生き埋めにされるなんて』




「次からは依頼主の素行調査も入れろよ……ベテランパーティーですら壊滅しかねない状況だったぞ?」




『次から気をつけるわ……で?そんな状況の中、アンタたちどうやって切り抜けたの?』




 ごく普通の────だが不穏なほど情報収集に長けた女が、純粋な好奇心で訊いてくる。

 アロンは首を回しながら答える。



「天井をぶち抜いて、地上までロッククライミングだ。暑さで2人ともぶっ倒れる所だったぞ」




『……とんだ作戦ね。もっとこう、クールな脱出劇を想像してたんだけど』




「現実は地味で泥まみれで暑苦しいんだよ。知ってるだろ?」




『ええ、よく知ってるわ……まあ、報酬はちゃんと用意しておくわ。後────』




 一拍、間が空いた。




『────私から、“クールな報酬”もあげるわ』

 



 その瞬間────窓の外で、世界が一瞬白く染まった。









































 ドオォォォォン!!!!!!









































 かつて街の南側にあった廃倉庫。音の方角からして、そこが爆ぜたとすぐにわかった。

 明らかに、“自然の現象”ではない爆発音だった。


 本日何度目か聞いた爆発とは“異なる音”……その残響を聞きながら、アロンとリンカはゆっくりオレンジジュースを口に運ぶ。


 その味は、やたらと……爽やかだった。




読んでくれている方、モチベーションに繋がってます、本当に嬉しさと感謝でいっぱいです!

さらに【ブックマーク】や【下の評価(☆☆☆☆☆)】をしていただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ