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第三章 四

「おらおら、そんなにガチガチになってっと、すぐやられちまうぜ」

 今日が初勤務の、小隊付きの通訳となったムスタファは後部座席でAK47を抱きかかえ身を竦ませていた。その背中を中央の回転砲座に立っていたボブが足で小突いたので、細面にひとまわり大きく見えるヘルメットがずり落ちそうになった。

「ボブの言うとおりだ。リラックスしろってのは難しいかもしれないが、ここはきみの街なんだからな」

 フォックスの言葉にムスタファはようやく笑顔をこぼした。

 出撃前、パトロールに同行させるにあたり、ライフルの扱い方くらいは教えなければと思っていたところ、AK47なら大学で教わったことがあると聞いて驚いた。

「サダム時代に徴兵制が布かれていたとは聞いていたがなあ」

 ステイシーが運転席からムスタファを振り返る。

「おまえ大学なんか出てたのか」

 フィグが声をあげ、ムスタファはびくっと身を縮ませた。

「大学でAK47たあ、気合い入ってんじゃねえか」

 相手にとって不足はないとばかりにボブが唸る。

 みんなの注目を浴びたムスタファは、自分の言動がなぜそんなに関心を引いてしまったのかわからないというように、小さな体をさらに小さくしてわたしたちを見回すしかできないでいる。

 全長がフィグのM4とほぼおなじ八七〇ミリメートルと短いAK47は、細身のムスタファが持っていても違和感はない。敵側の武器を持たせることについては、ムスタファの場合あくまで護身用で戦闘に加わるわけではないことや、M16を一から教える手間も省けるし、どうせなら使い慣れているほうがいいだろうということでそのままになった。

 この日は再びB地区に来ていた。今朝E地区を巡回中の小隊が迫撃砲攻撃を受け、発射元が幹線道路を挟んだB地区と判明したのだ。以前の出動で叩いているはずだというのに、いったい抵抗勢力たちはどこから湧き出しているのだろう。

 途中、この前抵抗勢力たちが立てこもっていた家がそのまま、ぼろぼろに欠けた歯のように半壊した姿で残っていた。ずっと喚き続けていたあの老女はどうなったのだろう。後から来たLAVに乗せられて行くのを見たが、その後のことはわからなかった。

 ハンビーの窓から見える家々の向こうに青い葦の群が見え、その隙間から陽を受けて輝くユーフラテス河の川面が見え隠れしている。

 しばらくすると対岸で銃声と爆発音が聞こえた。河むこうの集落から煙が上がっている。機関銃の連射音に続いて、それに抵抗するようにAK47の発砲音が散発的に聞こえた。

 G地区に指定される対岸の集落はこの街では最も小規模で数えるほどしか家がない。別小隊の管轄だが、距離からして今朝の迫撃砲の発射元と考えられなくもなかった。

「なんかおかしいな」

 双眼鏡をのぞいていたステイシーが言った。

「あいつら何やってんだ」

 ステイシーは目の錯覚や見間違いでないことを確かめるように、対岸を凝視したまま双眼鏡だけわたしに押し付けた。

 対岸には二台のハンビーが展開していた。M16のほかに、Mk19自動擲弾銃や五〇口径機関銃などで灌木や塀の陰から応戦しているが、RPGやAK47の発砲音は聞こえなかった。レンガ造りのひとつの家屋に向けて、二台のハンビーから圧倒的な攻撃が繰り出され、応戦というより無差別に発砲しているようにも見える。住民とみられる黒いチャドルや、それに手を引かれる子供たちが右往左往する姿も見られた。

 そのとき無線が入り、ROE(Rules Of Engagement:交戦規則)が一部変更になったことが知らされた。敵対行為が確認できなくとも、敵対意志さえ確認できれば致死的武力の行使が許されるというものだった。

「敵対意志ってなんだ」

 フィグの問いに答えられる者はなかった。「敵対行為」はAK47やRPGの発砲、自爆のために接近して来たりすることを指すが、「敵対意志」とは初めて聞く。フォックスが無線を返したがホワイト中尉からは外出禁止令下で出歩いているような者だというあいまいな答えしか返ってこなかった。

「外出禁止もなにもいまは昼間だぜ」

 ボブのぼやきは聞くまでもなかった。少しして、武器を所持していなくてもその意志さえ確認できれば発砲できるという意味だと伝えられた。

 ROEの変更はこの街にやって来て以来だった。

 国家間の武力衝突である戦争で戦場における兵士の行動は、民間人をはじめモスクや病院、赤十字あるいは赤新月のマークのついた車輌を攻撃してはならないなどの禁止事項をはじめ、ジュネーブ条約などの国際的な約束事をもとに規定されている。イラクに入国直前までわたしたちに提示されていたROEは、武器を携帯していたり何らかの不審な動きを取る者がいたら、まず指揮所に報告し発砲の許可を仰ぐというものだったが、住民と抵抗勢力との見分けが容易につかないことから、街に到着して間もなく、敵対行為には指揮官の許可を待たずとも発砲できるよう変更されていた。

「なんにせよ、制限が緩くなったのはおれたちにとっちゃいいこった。敵さん、いよいよ勢いづいてきたってことか」

 ボブが拳をもう一方の手の平に打ちつけたとき、ハンビーのフロントにびしりと衝撃が響いた。

「{敵の攻撃|コンタクト}、二時の方向!」

 砲座からボブが怒号と共にM2重機関銃をぶっ放す。われわれはハンビーを高い塀の陰に移動させた。

 銃撃は道路に面した二階建ての民家からだった。

 反撃しながら突っ切ってやりたいところだが、安易にハンビーを敵の銃火に曝すわけにはいかない。なぜならわたしたちの愛車には装甲が施されていないのだ。工兵隊からもらってきた金属板をむりやり溶接してあるが、重量のせいで速度も遅い。金属板も銃弾を確実に止められるとは限らないし、それ以外の箇所を狙われればひとたまりもなかった。きょうび警察のパトカーでさえドアには防弾パネルを備えているというのに。いちど誰かがそのことをホワイト中尉に指摘したが、装甲がないのはお前だけじゃない、敵が銃弾を発射する前にさっさと見つけ出して殺せば撃たれることもない、と言われて終わった。文句を言う事は体力の浪費にしかならないのは、ここに来て学んだことの一つだが、敵勢力の真っ只中にいるハンビーの仕様が民間のジープとほとんど変わらないのは理解に苦しむ現実だった。

 身動きの取れない状態が続き、そのうちD地区を捜査中の別小隊から迫撃砲の発射元が特定されたと無線が入った。攻撃ヘリが二機、応援のためにD地区へ向かったという。どうやら情報が間違っていたらしいが、おかげで待ち伏せを無駄に食らう羽目になるとは。攻撃を受けていることを伝えると、ではそこもいっしょに叩くので、動けないのなら巻き添えにならないよううまく身を隠してやり過ごせということだった。

 皮膚をはじかれるようなローターの回転音とともにAH1コブラが近付き、われわれに攻撃を加えていた抵抗勢力が潜む民家の二階部分を吹き飛ばした。一階から数人の抵抗勢力が逃げ出してきたところへ、さらに機銃掃射を加える。コブラの両脇に突出した発射機から白煙とともにロケット弾が撃ち込まれると、建物は一階も二階もわからなくなってしまった。執拗なAK47の銃撃からは解放されたものの、敵を前に一発も撃たず攻撃役を譲るのは、手柄を横取りされたようで歯痒さが残った。

2004年、イラク戦争が舞台のフィクションです。

アメリカ在住時に退役現役軍人の方々への取材をもとに、兵士の目線で現代の「戦争」を描いてみました。面白いと思ってくれた方は、評価やブックマークをしていただけると励みになります。

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