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第四章 一

 強烈な太陽光が、肩に背負った銃やヘルメットの金属部分を熱している。幹線道路の検問所には順番を待つ車と人々の長い列ができていた。

 昨日の真昼、この検問所に自爆車輌が突っ込んだ。幸い死者は出なかったが、負傷した海兵隊員の穴埋めとしてわれわれの分隊が配置されることになった。

 検問所には突入してくる自爆車輌を防ぐためのコンクリート防御壁が、互い違いに置かれている。通過車輌はそこを時速八キロ以下で進まねばならないが、自爆車輌は最後の防御壁を過ぎた所でアクセルをふかし突っ込んできたという。制止しようとした海兵隊員二人をはねたところで運転手が射殺され、車は停止したが、トランクからは砲弾型IEDとガソリンを満載したタンクが発見された。

 昨日のような強攻を防ぐため、わたしたちは防御壁の前にバリケードを築き、そこで車を止め全員を車から降ろして一台ずつチェックしていく方法をとっていた。運転手と同乗者全員のIDを確認し、言動に不審な者がいれば車から降ろして尋問する。

 最近は自爆攻撃に限らず、喉をナイフで掻き切られたり、行方不明になって数日後に胴体だけ発見されたり、巡察中の海兵隊員がじかに狙われることも増えていた。

 ――もたもたしてると命がいくつあっても足りない。

 前軍曹の言葉を思い出す。それは日を追うごとに苛烈さを増す敵の攻撃に仲間が次々と殺される中、繰り返すようになった合言葉だった。

 太陽が検問所の鉄塔や鉄条網、車のボンネットやミラーをギラギラ反射させる様は、いたる所に悪魔の子供を産み付けているようだ。

 業務はムスタファがいるおかげでスムーズに運んでいた。通訳は初めてということだったが、ムスタファの英語は予想以上に流暢で、われわれや住民の要求を正確に橋渡ししてくれる。だが作業が滞りなく運んでいるのは、言語能力よりも彼自身の性格によるものが大きいようだ。いままでの通訳には見たことがない、線の細い外見とおなじく穏やかな物腰で丁寧に接する姿は、住民にも安心感を与えているようだった。

 万一の場合に備え、ハンビーの砲座にはロドリゲスがM240をいつでも発射できる態勢で構えている。そのとき、一人の男がこちらに近づいてきた。茶色のディスターシャを着たその男は長い車列と人々をかき分けるようにしてこちらに歩いてくる。

「おい!」

 住民の誘導にあたっていたボブが声をあげたが、男の耳に入ってはいないようだった。

 男のディスターシャがいっそう危機感を煽った。自爆者は女ならチャドル、男ならディスターシャの下に爆発物を隠している。彼らは何かを訴えたり、あいさつや友好を示すふりをして海兵隊員に近づき自爆する。

 わたしは大きく手を挙げ、近付いてはならないという合図を見せたが、男は両手を天に掲げたり頭を抱えたりしながら、切羽詰まった顔つきで何ごとかを喚き、一歩一歩近づいてくる。歩哨中、無線を通してパトロール中の別小隊が自爆攻撃に遭遇する場面は何度も耳にしていたし、基地のゲートに自爆車輌が突っ込んで来たこともあったが、面と向かって自爆者と対峙するのははじめてだった。

「動くな」

 アラビア語で叫びM16を構えた。少し離れたところにいたステイシーも銃を向けた。男は爆発すれば巻き込まれるぎりぎりの距離までわたしに迫っていた。

「止まれ!動くなというんだ」

 わたしはもう一度言ったが、突きつけたM16も男には目に入っていないようだ。

「ムスタファ、こいつは何を言ってるんだ」

 男にM16を向けたまままムスタファの姿を探した。

「ムスタファ!」

 先ほどまで近くにいたはずが見当たらない。男はなおも喚きながらこちらに近付いてくる。

 わたしは理解できなかった。あの老女といいこの男といい、親善大使でもないたかが一兵士のわたしが、彼らの言葉なんか理解していると思っているのか。何のために通訳を連れていると思ってるんだ。わざわざ彼らの言葉で警告してやったのになぜ従わない。そもそもわれわれがこんな砂漠の真ん中まで来てやっているのは誰のためだと思ってるんだ。もしかしたらムスタファもスパイだったのかもしれない。あいつも所詮、オズワルトを吹き飛ばした奴の仲間だったのだ。真面目な仕事ぶりも、わたしたちを罠にかけて殺すための芝居だった。この街の住民はわたしたちを憎んでいる。そんなやつらに少しでも心を許したことを後悔した。

「それ以上近付くと撃つ」

 爆発物が取り付けられている可能性のある胴回りをさけ、男の顔面に照準を合わせた。きつく目をつむった男の目尻と眉間に皺ができ、髭の隙間からくいしばった白い歯が見えた。

 ――いまだアーニー、やつがお前を殺す前にお前がやつを殺すのだ。

 忘れていた声が耳の奥にやすらかな感触でよみがえる。脅威は一刻も早く取り除かなければならない。

 向けられた銃口を前に声を竦ませながら、男は祈るようにおなじ言葉を口にし続けていた。口は排水溝のように丸く、見開いた目の白がまぶしかった。引き金に掛けた指に力を加えようとしたとき、

「待って、待ってください! その人を撃たないで」

 アラビア語なまりの英語が、わたしの名と階級を叫んだ。ムスタファだった。その後ろからはフィグが、突如発生した緊張に動揺する住民のあいだを縫って駆けてくる。

「その人の奥さん、もうすぐ子供が産まれるって。病院に連れて行かないと、早くしないと死んでしまうと言ってます」

「なんだと」

 アラブ人の通訳があらわれて安心したのか、幾分おとなしくなった男は祈るようなしぐさでこちらを見ている。全身の力が抜け、かわりに怒りが腹の底から噴き出した。

「てめえ」

 わたしの拳がムスタファの頬に入り、その顔が真横に歪んで体ごと吹っ飛んだ。地面に倒れ込んだムスタファは顔を歪めてあえいでいる。自分の受けている仕打ちがまったく理解できないという目が、さらにわたしの怒りを煽った。

「この野郎、何も知らねえような顔しやがって。どこ行ってやがったんだ。おれが死ねばいいと思ってんだろ」

「違うんだアーニー、違うんだよ」

 わたしの腕にしがみついたのはフィグだった。

「ムスタファはおれを手伝ってくれてたんだ。わからないところがあったから来てもらってたんだ。そしたら、検問所に走っていったやつがいるから助けてやれって言われて」

 わたしはフィグを見た。フィグは失敗を咎められた子供のように、泣きそうな顔でわたしとムスタファを交互に見ていた。

「その人の奥さんが車の中にいます。早くしないと」

 顔面を押さえながらムスタファが言った。男は変わらず、祈るようにこちらのやり取りを見つめている。そのとき、ヒューという聞きなれた音が不安定に近付くのが聞こえた。

「{敵の砲撃|インカミング}!」

 丸太を裂くようなロドリゲスの声に顔を上げると、RPG(PG7VL)の槍型弾頭がこちらに迫るのが見えた。

 わたしは弾頭の進行方向からできるだけ遠くへ離れるように走った。腹の底と後頭部が直接揺さぶられたような衝撃の後、体が足元から持ち上がって吹き飛ばされ、前のめりに地面に叩きつけられた。土や細かい破片が体を叩く。

 M240の音がし、顔を上げると、ロドリゲスがRPGの来た方向に撃ち返していた。土埃と煙の切れ間から住民が逃げ惑うのが見えた。さきほどの男が大の字になって転がっていた。頭部の半分を吹き飛ばされて即死している。腹のあたりまでめくれたディスターシャの下には、爆発物らしきものは括りつけられていなかった。

 男の口が、銃を突きつけたときとおなじ角度で開いているのを見たとき、奇妙なことに、わたしは自分の指が引金から離れていることを確認せずにはいられなかった。RPGは男の頭の右半分を吹き飛ばしていた。左の眼球がかろうじて眼窩に残っていた。上顎の半分を失った口の血だまりの中から、ピンク色の舌と白い歯がむき出しになっている。明らかにM16の五・五六ミリ弾による損傷ではなかった。

 PG7VLは対戦車榴弾だ。直撃すればまずその速度で頭は首からもげるか粉々になる。男の頭部前方がわずかに残っているのは、後ろから迫った弾頭が軌道上に立っていた男の頭をかすめ取ったせいだろう。だがほんとうにそうだろうか。

 頭の奥で、泥の塊のようなものが身をもたげるのを感じた。至近距離ならば、五・五六ミリ弾でも頭の半分ぐらい吹き飛ばせるのではないだろうか。引金を引いた覚えはないし、指にもそんな感覚は残っていない。後で弾倉の中を確認すればわかることだ。この後基地に帰り着くまで使用することがなければ、出がけに装填された三十発がそのまま残っているはずだ。

 ムスタファとフィグが駆け寄ってきた。二人とも睫毛まで土埃にまみれ、ムスタファの髭は白くなっていた。開口一番、男の損傷はRPGによるものかとたずねたわたしを二人は怪訝な顔で見返した。わたしの気が動転したとでも思っているようだ。

「そんなことより、アーニーは負傷してないのか」

 少し離れた所でボブとステイシーが住民を誘導しているのが見えた。大丈夫だと答えてフィグの後に続こうとして、男の側を通りすぎたとき激しい焦燥に襲われた。胃から苦いものが逆流し唾液が口の中に充満した。耳の奥にスコップで砂を掬うような音が規則的に聞こえ、自分の鼓動だとわかった。深呼吸をしようとして息を吸うとタイミングがわからなくなった。視界が狭くなり暗闇に体をもっていかれそうになったとき、

「ブルーウッド上等兵」

 清流がからだの中を通り抜けたようだった。その声は、ばらばらになりかけていたわたしの意識を引き戻した。顔を上げると、澄んだ青が静かにわたしを捉えていた。M4を斜めに構え、わたしの視線を確認したフォックスは、土埃で白くなったヘルメットの乗った頭を斜めに傾いでわたしに進む方向を示した。


2004年、イラク戦争が舞台のフィクションです。

アメリカ在住時に退役現役軍人の方々への取材をもとに、兵士の目線で現代の「戦争」を描いてみました。面白いと思ってくれた方は、評価やブックマークをしていただけると励みになります。

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