第四章 三
「ああー、だめだ、なんでやめるんだよ」
ギターのフレットを押さえるわたしの手を、ジャーキーを見せられた犬のように顔を動かして追いかけていたフィグが声をあげた。
「おまえが顔近付けすぎるからだろ。気持ち悪ぃんだよ」
「だってさ、おもしろくってさ。出てくる音と手と指の動きがみんな重なってるんだ」
「手で弾いてるんだから当たり前だろ」
仕方なく演奏を続けながら、わたしはこの場には何かが欠けていると思って、それはオズワルトだとわかった。わたしがギターを弾くとき、フィグとオズワルトはたいていそばにいた。
見ているだけで満足なフィグと違って、その体を持て余すようにそわそわと落ち着きのないようすのオズワルトに弾き方を教えてやると、驚くほど飲み込みが早かった。
ポーランド系移民の曽祖父をもつオズワルトは、東欧の灰色の冬のイメージとは反対に、早春の陽の光のようにあたたかく穏やかな雰囲気をまとっていた。
東海岸海兵隊最大の基地で、わたしたちの所属する第二海兵師団の本拠地でもあるキャンプ・レジュンのあるノースカロライナ州ジャクソンビル出身。祖父は第二次世界大戦、父もヴェトナムを経験した戦闘部隊の兵士という環境に育ったオズワルトの兵士としての挙措は際立ったものがあった。加えて、どんな任務も抜かりなくこなす器用さも持ち合わせていたが、父や祖父を敬愛し目標にしているボブと違い、海兵隊そのものや兵士であることへの思い入れはないようだった。
オズワルトの器用さはギターの習得にも現れていた。はじめて演奏する場合、左右の手を別々に動かし、かつシンクロさせるのに手間取るのだが、オズワルトは難なくこなしていた。耳にした曲の音をフレット上に探し出し、かつ次に来る音の位置も予測することができた。曲を構成する音の種類や流れは、音階やコードの理論を理解すればつかめるようになるのだが、オズワルトの場合それは天性のものと言えた。
音楽は家にあった父親のレコードを聴いていたぐらいだというオズワルトは、カントリーをはじめイーグルスや{クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル|CCR}などの古いロックを弾いたりしていたが、わたしの聴くニルヴァーナやスマッシング・パンプキンズなどのグランジ音楽や、他にも自分で新たに見つけ出してきては曲に合わせていた。その隣ではフィグが耳を傾けていた。
ギターを抱え譜面と顔を突き合わせているかと思えば、曲ができたから聞いてくれと言ってきたりした。クオリティはともかく、オズワルトはアンディがいつか言っていた音楽に携わる者のうち後者なのかもしれないとわたしは思った。
「よくハイスクールの音楽の時間にさ、できる奴がピアノを弾いたりしてただろ、あれを聴くのが楽しみだったんだ。いまでも覚えてる。なんだかそのままでもじゅうぶん生きてる価値があるって言われてるみたいな、天国みたいな感覚になるんだ」
ずっとやってみたかったが、ピアノなんて家になかったからなと言い、いずれピアノも挑戦してみたいと言ったオズワルトに、おまえならすぐうまくなるだろうとわたしは言った。
「でもこれってどっかで見たことあるんだよな。こういう感覚。なんだったかな」
オズワルトは記憶をたどるように上目で兵舎の天井を見上げた。
2004年、イラク戦争が舞台のフィクションです。
アメリカ在住時に退役現役軍人の方々への取材をもとに、兵士の目線で現代の「戦争」を描いてみました。面白いと思ってくれた方は、評価やブックマークをしていただけると励みになります。




