第二章 三
また誰か死ぬことになるのかもしれない。あんなことはもうごめんだ。わたしたちの分隊はいまフォックスを除いて五名だが、もとは七名だった。二人は一か月前、I地区をパトロール中に死んだ。一人はわたしたちを率いていた軍曹、もう一人の名はオズワルトといった。
街の南に位置する、中央に工場のあるI地区は貧しい階層の住民が暮らす民家がひしめいている。当初から抵抗勢力の主要拠点として目されていたものの、人ひとりがようやく通れるような幅の狭い路地や袋小路が、銃撃戦のあとの空薬莢のように散在して入り組んでいるため、最も攻略が困難な地区となっている。
民家の玄関に仕掛けられていたのは爆発物処理部隊(EOD)ではないわれわれでも解除できる取るに足りないIEDだった。ブリーチング(突入)担当はオズワルト、そのカバー(援護)に軍曹が付いていた。オズワルトが玄関のIEDを解除し終え軍曹が奥へ進んだとき、その爆発は起こった。ずん、と内臓が揺さぶられ、後頭部から尻にかけて巨大なハンマーで殴られたような衝撃がした。それは最初に仕掛けられていたものとは比べ物にならないほど強力なものだった。そしてわたしたちは信じがたい光景を目にした。
彼らに続いて玄関に近付いていたボブとロドリゲスが目撃し、その後ろのわたしの位置からも、一部ではあるがはっきりと見えた。オズワルトの体が軍曹の方に引っ張られるように斜めになり、手足が乱暴な子供に鷲掴みにされた人形のように翻った。最後にわたしが目にしたオズワルトの体は、砂埃で白くくすんだブーツだった。
爆発はアーチ形の玄関を残して、廊下とリビングをほとんど吹き飛ばしていた。消えてしまったオズワルトのかわりに、リビングとの境界がなくなった廊下の粉々になった煉瓦の上には、見覚えのある断片が散らばっていた。
中身のケブラー繊維まで黒焦げになった防弾ベストをつけた赤黒い塊。玄関脇の灌木には、引きちぎれたキャメルバッグが引っかかっていた。転がっていたブーツの紐が、出動前オズワルトが解けるのを防ぐために工夫していたのとおなじ二重に結んであるのを見つけたとき、わたしはそこに飛散しているのがオズワルトだと気付いた。
「殺してやる」
隣で誰かがつぶやくのが聞こえた。
蠅がなにかを知らせるみたいに集まりはじめていた。帰還まで百日以上もある数字が現実味を帯びてのしかかってきたのを覚えている。
軍曹は顔面に破片を浴びながらもかろうじて生きていたが、軍曹を乗せたヘリは後方の救護所へ向かう途中、RPGの直撃を受けて木端微塵になった。単なる肉体的反射というにはあまりに身勝手な軍曹の行動は、軍曹という下士官に対するわたしたちの信頼を根本から奪い去ってしまった。
Leave no man behind(誰一人置き去りにしない)。
入隊時の契約にも記載されている、われわれ合衆国全軍共通の教義は、ガダルカナルであれヴェトナムであれ、時代を越えて前線に身を置く兵士の誇りであり拠り所だった。そのときまで、わたしたちも微塵も疑いを持っていなかった。一度だけみんなでその時のことについて話したとき、軍曹がブリーチングを一度も担当したことがないこと、住民のボディチェックも自分でやろうとはせず、近寄ろうともしなかったことなど、その行動を裏付ける意見がいくつか出た。IEDが二重に仕掛けられているのは珍しいことではなかったが、軍曹はそれさえも見落としており、結局わたしたちは、自分たちを率いていた下士官の本性をまったく見抜けていなかったことに気付かされた。その点で、犠牲がオズワルトだけにとどまったのは運がよかったともいえるし、もっと早く気付いていればオズワルトは死なずに済んだともいえた。
わたしたちはそれが一人ひとりに待ち受けていることも知ってしまった。もしあのとき誰も目にしなかったなら、ここまで苛まれることはなかっただろう。だがその景色は、運命に謀られてでもいるように全員の目に焼き、ヘルメットの隙間やM16のグリップを握る袖口から忍び込む生ぬるい風と共に、不可解な焦燥をもって迫ってくる。
やっぱりむちゃくちゃだ。いつもながら雲ひとつない、否定そのもののような青空を振り払うように、わたしは激しく首を振った。勢い、焦って取り付けたためにずり落ちてきたヘルメットを地面に叩きつけたくなったとき、ハンビーのエンジン音やチャーホーに向かう海兵隊員たちの喧騒の中に、涼しげな音色が聞こえてきた。
ギターにしてはビフラートの強いその音は、兵舎の裏から聞こえてくるようだった。人だかりの中で、ディスターシャの男がマンドリンのような楽器を鳴らしていた。
「アジーズじゃないか」
わたしの驚きに他の兵士も共感を示して頷いた。人垣の中心でアジーズはわたしたちに気を留める様子もなく、目を閉じ真摯な面持ちで一心に指を動かしている。
乾いた景色の中、その音はたっぷり水を湛えた井戸の底から湧いてくるみたいに、わたしの胸を満たしていった。マンドリンのような涙型のボディの真ん中にひとつと、左右にも小さなサウンドホールがある。軽やかに上下する手首、褐色の指が生き物のようにフレットのないネックを滑る。初めて耳にする音階だった。旋律も、リズムにもなじみがないのにどこかノスタルジックだった。アジーズの手元からこぼれ落ちる音が、しつこい青空やどこまでも続く砂、それと同色の兵舎しかない単調な景色に浸透していく。ときおり心がぎゅっと掴まれるような、悲しみのようなものが顔を見せることがあった。
気付くと取り巻きは消えわたし一人になっていた。フォックスのために乱されていた心がすっかり軽くなっている。
「ブルーウッド上等兵」
マンドリンもどきを脇に抱え、アジーズがうれしげに顔を上げた。
「この音好きかね」
「本国でやってたことがあってね」
カレッジに在籍していた頃、グループを組んでいたことがあった。プロという、音楽をやったことがある者なら誰もが一度は思い描く目標を目指したこともある。
「ミュージシャン」
「そんないいもんじゃないよ。途中でやめてしまったしな」
「もう弾かない」
「うん。でもおれの友達はまだやってるよ。そいつは本物のミュージシャンだよ」
もうどれぐらいになるだろう。はじめにフルタイムの仕事を見つけたメンバーの一人が脱退して活動ができなくなり、その後わたしも軍に入った。リーダーだったアンディは別のグループで活動を続けた。そのグループも少しして解散したようだが、新たなメンバーとともにいまも活動している。
アジーズの視線がわたしの肩の銃に注がれている。フル装備のままだったことにいま更ながら気がついた。わたしは肩の銃を背中にまわした。
「大丈夫だよ。アジーズを撃ったりしないから」
わたしが笑うとアジーズも顔をほころばせた。目尻と頬に皺が濃くあらわれた。
「それなんていうんだ? マンドリンじゃないよな」
「これはウードという」
基地での仕事柄、アジーズはわたしたちの言葉は理解できるが、話すとなると単語を並べたり身振りで補ったりすることが多い。爪型のピックをディスターシャの胸ポケットにしまうとマンドリンもどきをわたしに掲げて見せた。
楽器の明るい山吹色が薄鼠色のディスターシャにとても映えている。丸いふくらみを帯びたボディは巨大な木の実のようだ。ネックから尻にかけて色の違う木が交互に張られている。糸倉が後ろ向きに反り、よく見ると六コースの複弦になっている。ギターよりも響きが繊細なのは弦の数が多いせいだろう。この復弦と大小三つのサウンドホールが幻想的な音を生み出す仕組みだろう。
「アジーズにこんな特技があるなんて知らなかったな」
「姪の結婚式がある。あまり練習する時間がなくて」
姪という言葉に、目の前のアジーズから一枚、薄い膜がはがれていくようだった。
わたしの中では、アジーズはカートを押して洗濯物を回収しに来るアジーズでしかなく、その向こう側に思いを巡らせたことはなかった。故郷のブルックリンのデリに同名のパキスタン人がいたが、そこで働くアジーズは、ソーダやスナックを買いに行くと週変わりのロトくじの整理なんかをしていた。もしかすると彼もこんなふうに楽器を弾いたり、ひょっとしたらフットボールが好きだったりしたのかもしれない。だが、カウンターで金銭のやり取りをするだけの空間には、そんな詳細が入り込む余地はない。あるいはその速度が速すぎるのかもしれない。わたしの後ろには次の客が並んでいるし、今日の天気や調子はどうだとかいった以上のやりとりを交わす余裕はなかった。一連のやり取りを繰り返すだけの空間では、わたしもアジーズも、空間の一部にすぎないのかもしれない。
こんなところで音楽に出くわすとは。過去はいつも思わぬところで顔を出す。兵舎に戻るとフィグはいず、合衆国を離れる前にもらったアンディのアルバムをポータブルプレイヤーにセットしてベッドに体を投げ出した。フォックスのことは頭の隅にこびりついていたがそれが大部分を占めることはなくなっていた。
独特の軽快さが漂うエキゾチックな曲調や細かなカッティング、絶えず変化するカラフルなギターはアンディのものだ。リズムギターと混同してしまいそうなリードギターが曲を背後で支えている。前面にしゃしゃり出ることのない、あくまで曲の一部という姿勢を崩さない、いまも健在なアンディのスタイルに思わず笑みがこぼれた。
解散後も活動を続けてきたアンディは、いくつかのグループを経て、いまブルックリンやマンハッタンのクラブでけっこうな集客数を誇るグループのひとつとなっている。独立系のレーベルからアルバムも出、チャートに登ることもある。宣伝費を捻出することもままならない小さなレーベルではあるが、ソニーやユニバーサルといったメジャーの席巻する中に食い込むことができたのは、まぎれもない快挙だ。それはまさに彼自身の努力の賜物だった。
ブルックリンの三人用アパートを四人でシェアし、自分はドアのないリビングに住んで家賃を節約し、昼間ウェイターをして稼いだ生活費を惜しみなく曲作りと演奏に費やした。当時から作曲はすべてアンディが担当していた。集客数はいつもアンディが一番だったし、バーやクラブから要求されるチケットの販売ノルマが達成できなかったとき、最も多く自腹を切ってくれていたのもアンディだった。わたしたちがオーディションの結果や客の反応にいちいち沈んでいるときも、アンディだけは目をつけたセッションには必ず参加し、音楽には無関係とも思える写真家や画家の展覧会にも頻繁に出かけていった。さまざまな客を相手にするウェイターという職業も、人脈を広げる手段としてうまく活用していた。現在のメンバーもそのときに出会ったという。
ミュージシャンという生き物は、作曲以外にも、ここにはおれのソロを入れろとか、このリフはこうでなければだめだとか自己主張したがるものだが、共に活動していたにもかかわらず、わたしはそういったことに関心がなかった。音楽は心から好きだ。意見を求められれば述べるし、イメージに沿って曲を膨らませる努力もするが、どちらかといえば演奏を介してグルーヴと一体になれてさえいれば満足で、音楽を生みだすこと自体への情熱や貪欲さはなかった。後にそのことをアンディに話したことがある。いま思えば共に切磋琢磨するメンバーのセリフではなかったのかもしれないが、アンディはよくわかるというふうに頷き、音楽に携わる者は大きく分けて二種類いることを教えてくれた。創りたくて気がすまない者、触れているだけで満足な者。いうまでもなくアンディは前者でわたしは後者だった。
アンディは言った。
「おまえとはなんだか波動が似てたから、もしかしたらって思ってたんだが。きっとおまえにもあるんだろうな、音楽じゃなかったのは残念だけど」
アンディのギターに、テナーサックスが純粋で無邪気なテイストを添えている。アンディがいま新たなメンバーに恵まれていることは、その完成度の高さと、寄り添うようなテナーサックスの音を聴けば明らかだった。わたしは安堵し、肩に長くのしかかっていた後ろめたさが消えていくのを感じた。
フォックスのことは誰にも話さなかった。二時間どころか夕食時になってもフォックスの姿はなく、だまされた気分になり、ベッドに入っても翌朝捜索に駆り出される自分たちの姿が浮かび、怒りが込み上げた。余計なことに巻き込まれて体力と帰還への可能性を無駄に削られるのはいやだった。フォックスはああ言ったが、このまま首と胴が離れた場所で発見されるようなことになれば、最終的にわたしたちにも多少の責任が及ぶだろう。ほかの小隊なら大ごとになる前に小隊長に相談して対策を取ってもらうこともできるのかもしれないが、階級と本人の能力が結びついていないうちの小隊長の場合は内々に収めるどころか、騒がれたあげく無意味で関係のない質問でしぼられるのは目に見えていた。ただでさえ睡眠不足な体で、貴重な自由時間を書類作成に費やすなどごめんだ。奴はまだ仲間ですらないのだ。
わたしはベッドに体を投げ出した。その夜は眠れず、翌朝だるい体を引きずってチャーホーに行くと、フォックスが何食わぬ顔で朝食の配膳の列に加わっていた。肩の力が抜けると同時に、出し抜かれたようで再び怒りが込み上げてきた。戻ってこないことで迷惑をこうむるのは嫌だが、あの優男にひとりで生きて戻ってこられるだけの能力などあるはずがないと思っていた。
わたしはその場でフォックスの首を絞めあげてやりたくなった。わたしはフォックスの姿が視界に入らないよう離れた席に腰を下ろすと、いつもの味気ない朝食を口に詰め込んだ。
イラク戦争が舞台のフィクションです。
アメリカ在住時に退役現役軍人の方々への取材をもとに、兵士の目線で現代の「戦争」を描いてみました。面白いと思ってくれた方は、評価やブックマークをしていただけると励みになります。




