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第二章 一

砂塵の中にハンビーのエンジン音が響いている。

 街へ出るのは久しぶりだ。一か月前のパトロールで多くの犠牲者を出し、人員不足から基地の歩哨に就かされていたわたしたちだったが、補充兵も入り小隊としての頭数を取り戻したことで、再びパトロールの任務に戻っていた。

 抵抗勢力が拠点とする民家を特定、何棟かひとまとまりになっていたところを空から一気に叩いたが、その残党が周囲でしぶとく抵抗を続けているという。昨夜は兵舎まで爆撃の音が聞こえており、夜明け前に出発した先発隊に続き午後からも徹底したパトロールを行うということだった。

 無線機や座標を確認するためのディスプレイなどがひしめく狭い車内に、それぞれの武器を抱えて乗り込んでいた。運転席のステイシーの隣にわたし、後部座席にはフィグとフォックスが座っている。わたしが使用しているのは海兵隊で標準のM16アサルトライフルだ。基礎訓練時から使用しているので、われわれ海兵隊員にはもっともなじみがある。ヴェトナム戦争時、合衆国軍を苦戦に陥れたAK47に対抗するために採用されたM16は、五・五六ミリという小口径の弾丸を使用することで空気抵抗を減らして弾道を安定、かつ高速化させ、全体の軽量化をはかることにも成功している。

 ハンビーの回転砲座にはボブが陣取っている。ボブも普段はM16を使用しているが、いまは備え付けのブローニングM2重機関銃とともにハンビーのルーフから広範囲に睨みをきかせている。さらに後ろの荷台スペースには廃車になったハンビーから剥がしてきた座席を取り付けた特等席があり、ロドリゲスがM240を携えて後方を引き受けていた。軽機関銃であるM240は、大口径の弾丸と弾薬、M16の三倍、一二キロという重量があり、長距離の目標にもじゅうぶんな命中率を保ったままフルオート(連射)の破壊力をぶつけることができる。その重量のため、ブローニングのように回転砲座に備え付けて使用されることも多いが、怪力のロドリゲスは常時ライフルのように携帯し、自在に操っている。

 小隊を全滅させたとはどういうことだろう。分隊ではなく二十人以上いる小隊規模でそんなことにするには、相当なへまをやらなければならない。爆撃要請の座標を間違えるとか、大規模なIED(即席爆弾)の罠に引っかかるとか。

 この国に駐留する兵士の死傷者の半数以上はIEDによるものだ。IEDはその名のとおり、ワイヤリングと発火装置さえあれば有り合わせの材料で簡単に製造できる。即席とはいっても種類は多岐にわたり、解体されたばかりのイラク軍から流出した砲弾や手榴弾、また、秒速二キロという、砲弾の十倍の速さが強力な貫通力を生む{対重装甲車用爆弾|EFP}が使用されていたこともある。多くは爆破のタイミングを計りやすい、車輌が速度を落とす交差点などに置かれているが、ハンビーの窓や装甲の薄い部分にヒットさせるため、道路標識や電信柱、木の枝など高い部分に取り付けられているものも増えてきた。この粗末な爆弾を確実に無力化する方法はいまのところない。重量も形状も一定の規格がない上に、携帯電話、テレビやガレージのリモコンなど周波数帯域の異なる起爆装置が使用されているからだ。

 フィグの隣で落ち着いた様子で座っているフォックスは、大それたミスをしでかすようには見えなかった。フォックスの装備は通常のボディーアーマーとヘルメット、軍支給のゴーグルという軽装だった。銃はM4カービン、腰のホルスターにはM9ベレッタと、胸ポケットにナイフとボールペンを携帯していた。M4は陸軍の標準だが、弾薬をはじめ{部品|パーツ}のほとんどがM16と高い互換性を持つ。バレルが短く小回りがきくため、分隊では体格の小さなフィグが使用している。

 背の低いフォックスの風貌は、配属されたばかりの頃いっしょに働いたことのあるスナイパーチームの面々を思い起こさせた。偶然か、それともわれわれ歩兵のように重火器を担いで走り回ったりする必要がないからなのか、彼らはおなじ基礎訓練を終了しているとは思えないくらい華奢だった。いずれにせよ、この見るからに頼りない、わたしたちを難なく死地に導いてくれそうな新軍曹が、この新たな配属先でおなじ間違いを犯さないよう目を光らせておく必要がある。

「久しぶりの前線じゃあ感覚も鈍ってるだろうから、今日のところはあんたは何もせんでください」

 分隊付の軍曹にそんなことを言い放ったわたしを、隣でハンドルを握るステイシーがちらりと見返した。後部座席のフォックスは少し驚いたように見つめていたが、やがて小さく肩をすくめて「了解」と言った。


 この日の担当はB地区だった。パトロールにあたり、わたしたちは街をAからIまで九つに区切っている。この街は西を流れるユーフラテス河と、中央を南北に貫く、ラマディなどの主要都市に続く幹線道路の恩恵でようやく食いつないでいる規模の小さな街だ。幹線道路を挟んだ東側に市街地。その外周を運河がぐるりと囲っているほかは、集落同士を無理やり統合させたり住民が好き勝手に住みついた結果できあがったような、まとまりのないつくりをしている。

 太陽が凶暴さを最も剥き出しにするこの時間、暦の上では秋だというのに、対岸のナツメヤシが三か月前と変わらない青々とした色と形で佇む姿を見ていると、景色ごとタイムマシンにかけられたような錯覚にとらわれる。

 幹線道路には七十年代から抜け出てきたような四角張ったデザインの乗用車やタクシー、ピックアップトラックが行き交っている。その傍らでロバが荷車を牽いていた。歩道の段差にプラスチックや金属、紙屑などが吹き溜まっているのは相変わらずだ。路地を曲がるごとに見覚えのある景色に迎えられ、一か月前、まだ一人も欠けていなかった頃のわれわれに出くわしそうで、妙な懐かしさを覚えた。

 ムスリムの祈りの時間を知らせるアザーンが風に乗って聞こえてくる。街の中心に向かうにつれて大きくなる、一日数回ミナレットからこだまするこの声を聞くたび、地獄へ自ら歩を進めているような気分になる。わたしは前軍曹の有無を言わせぬやり方を思い出していた。

 一か月前までわたしたちは、中隊でも特に成果を挙げていた分隊だった。わたしたちを率いていたのはイラクは二度目の、前線経験が豊富にあるという軍曹だった。「経験もないひよっこが自分で考えるなんぞ十年早い」という軍曹の教義は、命令を忠実に遂行するという兵士の基本姿勢に合うものだった。目の前の敵を一掃することだけに意識と神経を集中させていたわれわれは、圧倒的な力で数えきれない容疑者をあげていった。

 戦闘はいつもスリリングだった。はじめはついていくのに精一杯だったが、一週間もすればジェットコースターのような昂揚と達成感が湧きあがった。軍曹の指揮に従っていればその日は間違いなく生き残ることができる。敵に引金を引かせたことは数えるほどしかない。こちらへの攻撃には数倍の威力をもって応戦した。一人でも多く敵を倒せば安全の範囲は広がる。一日を終えて無事に基地まで帰り着くことができれば帰還の日にまた一歩近づくのだ。

 神から与えられた生存欲に忠実であれと教えられた。M16という鋼鉄と手を組めばわれわれは無敵なのだと。目的へと前進する足を竦ませるもの、それは恐怖だ。死体に爆発物を仕込んだり、車ごと突っ込んで来たり、われわれの考えの及ばないあらゆるやり方でわれわれを殺そうとする抵抗勢力だが、恐怖はさらに強い力で叩き潰せる。独裁者による支配がようやく終わったいま、新たな体制へ向かおうとするこの国の再生を促すのがわれわれの役割だ。砂に埋もれた遺跡と河岸のわずかな緑が、何千年も前に栄えた文明の痕跡を残すだけのこの土地に、わたしたちが祖国で享受している自由という文明の息吹を、吹き込んでやらなければならない。それを妨害し、帰還へと歩を進めるわれわれの行く手を阻むものは、なんであろうと取り除かねばならない。

 軍曹は出撃ごとに、ガンズアンドローゼスやAC/DCなどのハードロックやメタルをカーステレオから流すのが常だった。激しい曲調とリズムは、出口のない迷宮に放り込まれた不安とフラストレーション、出撃のたびにまとわりつく、今日こそIEDで吹き飛ばされるかAK47の七・六二ミリ弾に頭や首を貫かれるのではないかといった恐怖を、海兵隊の本質である攻撃と強襲に変換してくれた。 砲撃の合間に聞こえてくる抵抗勢力たちの呪文のようなアラビア語が、からだの底に沈んでいる一か月前の憎悪を引きずり出す。単調な任務の中、それは砂漠の熱風と相まって濃度を増し、喉の奥で音をたてながら解放されるのを待っている。

イラク戦争が舞台のフィクションです。

アメリカ在住時に退役現役軍人の方々への取材をもとに、兵士の目線で現代の「戦争」を描いてみました。

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