第六章 一
B地区へパトロールへ向かう途上で無線が入った。幹線道路を挟んだE地区を巡回中の別小隊が大規模な人数の攻撃を受けたという。現在交戦中だが、生け捕りにした敵に吐かせた拠点が、中隊が以前から目をつけていた場所と一致したため空から叩くという。E地区の南に位置するA地区で確認された他の勢力も別小隊がE地区へ追い込んでいる。われわれには、敵の退路となる幹線道路を越えさせるなと指示があった。
進路を変更して進んでいると再び無線が入った。幹線道路はいま向っているコブラが引き受けるので、爆撃に備えてそのまま指定された建物まで退避しろという。
「なんだあ? せっかくハジどもを叩きのめしてやろうってのに」
ボブの言葉を聞いていたように無線が返ってきた。
「とっておきのを用意してある。独立記念日の花火じゃないが、相応のものを披露してやる」
そこは別小隊が制圧したばかりのA地区の民家だった。屋上では目隠しと両手首を拘束された男が二人、壁を背に座らされており、おびただしい数のAK47や予備弾倉、RPGに狙撃用SKSライフルなどが並んでいる。
彼らの情報から、この街の抵抗勢力の主な拠点はやはりI地区だともわかった。
廃墟となった工場を中心に路地が複雑に入り組んだI地区は、戦車はおろかハンビーでさえ入り込むことができない。あの被害があってから、よほど突出したことがない限りパトロールも含めた出動は中断されたままとなっている。自然、抵抗勢力もそこに集まるようになり、これまでに増して大きな拠点になりつつあるという。
道路を挟んだ別の建物の屋上でも他の海兵隊員たちの姿が見えた。彼らはこれから始まるショーを待ち構えているのだ。
「ヘルファイア」という海兵隊員たちの雄叫びが聞こえ、それに応えるように民家の何棟かが吹き飛んだ。頭の底を揺さぶられるような電子音に、UAV(無人武装偵察機)の爆撃だとわかった。
UAVは偵察機ながらヘルファイアミサイルを搭載し、数千メートルの上空からレーザーガイドで遠隔の目標に着弾させることができる。操縦員は合衆国本土の空軍基地に勤務しながらの操縦が可能であり、何千キロも離れた戦地に釘付けにされることも、撃墜の脅威にさらされることもない。敵を粉々にした数時間後には家族と食事に出ることも可能という夢の勤務スタイルを実現させている。
幹線道路に面したコンクリート製の建物が自爆したように吹き飛んだ。瓦礫がガラス細工のように飛び散って周囲の民家の屋上に降り注ぐ。再び歓声が沸いたが、わたしは平手打ちを食らわされたような、手柄を横取りされたような気分になった。攻撃を受けているのは敵で、UAVはわれわれの負担を減らしてくれているというのに、なぜそんなふうに感じるのだろう。もうもうと土埃のあがる民家からわたしは思わず背を向けた。
ロドリゲスがM240を下ろすのも忘れ、巨大な怪物にでも出くわしたかのように爆撃に見入っている。呼びかけると目を覚ましたように振り返ったが、その目がわたしを認めたようすはなかった。
「ここは工場に似てる」
つぶやくと、目覚めの悪い夢を振り払うように頭を振った。
「いいきみだぜハジども、これで少しは思い知っただろ」
ボブの言葉に海兵隊員たちが共鳴した。それはわれわれ分隊をはじめ、この地で仲間を殺されたすべての海兵隊員の気持ちをあらわしていた。敵にはオズワルトが味わったのとおなじだけの苦痛を味わわせる必要がある。われわれが蒙った多くの喪失の代価には、まだまだ安すぎる。
海兵隊員たちの怒号のような喊声を背に、わたしは身に覚えのあるさみしさが通りすぎるのがわかったが、その面影を追いかけるより先に、吹き付ける熱風と粉塵に対処せねばならなかった。黒煙が天幕のように空を包み込んでいく。
地面が直接殴られたように振動し、別の建物が吹き飛んだ。爆風で破片が四方の建物や道路に飛び散り、ナツメヤシを頭が地面に付きそうなほど波打たせた。黒煙をともなったオレンジ色の火炎が膨れあがる。そこから意思を持ったように飛び出した火球が、二〇メートルほど離れた民家を燃え上がらせた。
――やつらの住処はヘルファイアで、体は機関銃で粉々にしてやれ。
赤や黄色が増幅して揺らめき、軍曹の言葉がフラッシュライトのように閃いた。われわれがこの地にもたらそうとする自由と平和を妨げる者には力尽くでわからせてやらねばならない。
飛来したコブラが、UAVの補助をするようにロケット弾と機銃掃射を浴びせる。機首を翻そうとしたコブラに瓦礫の中から一発、AK47の銃弾が最後の息をするように飛んだ。だがそれはコブラには何の影響もおよぼさず、コブラの機底の二〇ミリ機関砲がそこへ畳み掛けるように掃射を浴びせた。広範囲に繰り返し掃射を加えるさまは担当箇所を入念に点検する清掃係のようだ。
ひときわ大きな爆発のあと、足の裏から衝撃が虫のように這い上がり、温度を最大にしたオーブンを開けたときのような熱風が剥き出しの顔を舐めていった。喊声が嵐のようにわきあがったが、彼らのように素直に喜べない自分が奇妙だった。
少し離れたところで、フォックスが押収した武器を点検していた。爆音や海兵隊員たちの声など耳に入らないかのような静かな姿は、わたしにいくらか落ち着きを取り戻させた。
眼下の路地を、抵抗勢力の一部と思しきSUVが猛スピードで突っ切ってきた。小さなSUVは幹線道路に差し掛かる手前で、ほんの一瞬炎をみせて四方に飛び散った。跡形もなくなった道路には黒煙だけが上がっている。ターゲットである彼らには、高度七千メートル上空を飛行するUAVからのミサイルの発射音は聞こえない。彼らはまったくの不意打ちに、自分たちの姿が敵に捉えられたという自覚すらなしに粉々になってしまった。
SOI(School Of Infantry:歩兵学校)時代、核や生物化学兵器についての授業で聞いた、第二次大戦時、ヒロシマで炸裂した原子爆弾の真下にいた人間は一秒もたたず蒸発してしまったという話を思い出した。どこに逃げようが、はるか上空から車のナンバープレートをも見分けることのできる神の眼からは逃れることはできない。彼らはずっと以前から捉えられていたのだ。それは彼らがSUVに乗り込むはるか前、食事時か、仲間と煙草をふかしながら一休みしていたときかもしれない。はじまりの音も聞かず、彼らを殺すことを決定した者の姿を目にすることもなかった。アクセルを踏み込みハンドルを握ったまま、運転手は自分の体が飛び散ってしまったことを永遠に気付くことはできない。その景色には戦いが存在していなかった。
2004年、イラク戦争が舞台のフィクションです。
アメリカ在住時に退役現役軍人の方々への取材をもとに、兵士の目線で現代の「戦争」を描いてみました。面白いと思ってくれた方は、評価やブックマークをしていただけると励みになります。




