第六章 二
「すごいもんだな」
めずらしく定刻通りに終了したパトロールの帰り、ステイシーが陽を浴びたの樹肌のように灰色がかったブラウンの眸を見開いて、基地のゲートがわりに突き立ててある杭の根元にしゃがみ込んだ。そこには緑の長細い草が束になって顔を出していた。
草は河岸や街でも見たことのあるものだった。抵抗勢力の攻撃を避けるため、街から一定の距離をおいて設けられているFOBの周囲は、ヘースコー防壁と鉄条網、ハンビーで踏みならしただけの道路ともいえないような道が街へ伸びる以外、土と砂しかない。風か、ゲートを出入りするハンビーのタイヤやブーツの裏にくっついてきた種子が根付いたのか、よく見るとゲート脇の監視所に積み上げてある砂嚢の隙間からも、思い出したように顔を出していた。
砂色単色の景色に、そこだけ水を湛えたみたいに色付いたグリーンが、ブルックリンの庭に広がる観葉植物を思い出させた。景色はまるで違うのに草はやはり合衆国とおなじ緑色をしている。それがなんだか不思議に思えた。そう言ったわたしに、植物が緑に見えるのは葉緑体のせいだとステイシーが言った。
「葉緑体?」
「生物学の時間に習ったろ、ハイスクール、いやジュニアハイだったかな。顕微鏡とか使ってさ」
生物、顕微鏡。そんな単語を最後に使用したのはいつだったろう。監視所の鉄筋や肩にかけたM16の重みが現実味を失い、記憶の向こうに連れ去られそうになる。植物だけが持つ葉緑体という細胞が、自然光のうち緑の波長域だけを反射する性質を持っているため、緑色に見えるのだとステイシーは言った。細胞なんて人間みたいだ。わたしが言うと、ステイシーは植物も人間と共通しているところがたくさんあると言った。
「おなじ? 草と人間とが」
「つぼみができて花が咲いたり、実をつけたりとかさ、そのあとは茶色くなって枯れていくだろ」
人の一生と同じということか。言わんとすることはわかるが、いまひとつピンとこない。
「たとえば剥がしちまった後に生えてくる爪とか、髪の生え際のうぶ毛とかは柔らかいだろ。そういうのは木の枝とか、土から出てきたばかりの新芽に似てる。ま、こいつらは姿かたちからしておれたちとぜんぜん違うんだけどな」
草の先端をつまんだステイシーは、草と握手しているように見える。
わたしはアキラが言っていたことを思い出した。ステイシーなら故郷の面影を偲ばせるもののかけらも含まないこの景色にも、隔たりを感じないかもしれない。そのことをたずねると、ステイシーは「そうだな」と、考えるときにいつもするように視線を空に上げ、しばらくして、ここに来てとくに違うと感じたことはないと言った。
「そういや母ちゃんが言ってたな。違うことと違わないことは混じりあっているんだってさ」
ステイシーの表情が穏やかになる。ステイシーの母親は彼がエレメンタリースクールの頃に病気で死んだという。いちど写真を見せてもらったことがあるが、やや下がった目元がステイシーに面影のある柔らかな雰囲気の美しい女性だった。
「草とか木なんかもさ、耳をすますと聞こえるんだって。おれたちの知らない所で、茎がのびたり、葉っぱやつぼみが開いたりする音がさ」
杭の根元に目をやる横顔にひんやりとした森の気配が覗き、ハンビーの巻き上げる砂埃や、夕暮れ時にも少しも陰りをみせない太陽の熱が弱まったような気がした。
インターネットルームでメールチェックのついでに検索してみると確かにステイシーの言ったとおりだった。
六角形の細胞壁の中に、エメラルドグリーンをした球形状のバスバブルみたいな葉緑体が密着して詰まっている。砂埃にくすんだパソコンのディスプレイの中、顕微鏡の白い照明に透ける、どこまでも連なる透明なグリーンに、わたしは別の宇宙の一端を垣間見た気がした。
2004年、イラク戦争が舞台のフィクションです。
アメリカ在住時に退役現役軍人の方々への取材をもとに、兵士の目線で現代の「戦争」を描いてみました。面白いと思ってくれた方は、評価やブックマークをしていただけると励みになります。




