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第五章 二

「昼飯か、だったらおごるぜ」

 仮設トイレから出たところで、チャーホーのテントに向かって歩いていくムスタファを見つけた。

 昼飯をすませていなかったわたしは、返事も聞かずにムスタファを促してチャーホーに入り、なにを食うか聞こうとして、この食堂にムスタファが安心して食えるものがあるのだろうかと立ち止まった。禁忌である豚肉以外にも、ムスリムには調理法から屠殺方法にまで細かな約束事があったはずだ。

 振り返ると、ムスタファが困ったような笑顔を浮かべていた。ムスタファは昼を持参しており、明日の授業の準備もかねてここに寄ったのだという。わたしは自分用にチキンのプレートを選び、ムスタファにも何か選ぶように言った。このあいだのこともあり、何か返さねば気が済まないような気がしたのだ。ランチひとつで殴ったことが帳消しになるとは思っていないが。わたしにすすめられ、ムスタファは配膳口の隣に吊り下げられていたパック入りのナッツのセットを指さした。

 ムスタファの持参したランチはパンとヨーグルトのようなクリーム、ブラウンシュガーのようなシロップだった。クリームは水牛の乳、シロップはナツメヤシから作ったものだそうで、すすめられて試してみると何とも言えず美味かった。濃厚なクリームにコクのある甘さが強張った身心に沁み渡るようだ。朝食の残りだと言ったが、缶詰の中身をひっくり返しただけにしか見えない自分のプレートが惨めに見えた。

 絹の糸がするするとほどけるようなアラビア文字が右から左へと書き進められていく。ムスタファがノートに英単語と並べて丁寧に書いていくのを眺めながら、ムスタファは本当は家で本を読んだり静かにしているほうが好きなんだろうと思った。

「そういえばムスタファは、なんで英語ができるんだ」

 わたしはずっと疑問に思っていたことをたずねた。

「大学で専攻していましたから」

 そういえばムスタファは大学を出ていると言っていた。わたしが関心を示したのを見て、以前もフィグなどに驚かれたことをムスタファは怪訝そうにたずねた。

「そりゃあ、大学は金がかかるし、そんな所に行く余裕があるならこんな所で通訳なんてする必要はないだろうからな」

 わたしが言うと、ムスタファはこの国では大学に行くのにそんなに金はかからないと羨ましいことを言った。試験は難しいが、入学すれば授業料はほとんど国が負担してくれるという。

「それにしても大学で英語なんか教えてるのか。英語はこの国では禁じられてると思ってたんだがな」

「英語を習うのもこの国では珍しいことではありません。文法やリーディングはそこで勉強しました。イラクの教育水準は中東ではいちばんだと聞いたことがあります」

 ムスタファは胸を張った。

「大学だけでそんなにしゃべれるようになったのか」

「発音を教えてくれたのは兄です。兄はアメリカに留学したこともあるんですよ」

 「アメリカ」という言葉に、他国に来たのだと感じる。ムスタファを含めこの国の人々はわたしたちのことを「アメリカン」、合衆国のことを「アメリカ」と言う。アメリカアメリカって、メキシコもエクアドルもブラジルもアメリカ大陸にあるんだがな、とロドリゲスが複雑な顔でこぼしていたのを思い出す。

「兄はずっと英語を教えていました。こうやって日常的に使う単語とか、発音は何回も直されました。練習のために何日間か英語だけで過ごしたこともあります」

「意外だな、兄貴は合衆国のどこに留学していたんだい」 

「ニューヨークです」

「そうか、おれはそこの出身だよ」

 大して驚くことではなかった。世界の首都とも言われるニューヨークには様々な人間が集まる。その中にアラブ人のムスタファの兄がいたとしても不思議はない。だがムスタファはつまんだナッツのいくつかを取り落しそうになった。濃いブラウンの眸をひときわ大きく輝かせて、ニューヨークのなんという場所の出身かとか、ブルックリンという地名は聞いたことがあるとか、ユーフラテスとチグリスのようにニューヨークにも二つの川が流れているのだろう、というようなことを立て続けにたずねてきた。

 ムスタファが自分からこんなにしゃべってくるのは初めてで、わたしは圧倒されながらも、規模は違うが確かに川は二つ流れており、マンハッタンはその中洲のような場所にあること、世界中のいろんな所から来た、肌も髪の色も違う人たちがごっちゃになって暮らしている所だと言った。

「兄もおなじことを言ってました。ブルーウッド上等兵はいろんな人たちと暮らしていたんですね。ヤマモト上等兵もアジア系ですもんね。合衆国にはほんとうにたくさんの人たちがいっしょになって暮らしてるんですね」

「あ、ああそうだな、アジアンもたくさんいるよ」

 わたしは後ろめたいような気持になった。そこで生まれ育ちながらわたしはその人々のことをあまり知らなかった。

 ブルックリンの近くの公園を隔てた北側には黒いコートに帽子、もみあげを伸ばしたユダヤ人ばかりが住む地域がある。マンハッタンの北、ブロンクスに近いワシントンハイツと呼ばれる地区には、ボブのような黒人やロドリゲスのようなヒスパニックが。クイーンズの奥、地下鉄の七番線の終着駅であるフラッシングは中国や韓国系のアジア人が街を形成している。わたしはそれらの地域に足を踏み入れたことはなかった。どこを歩いても別の人種とすれ違う土地に生まれ育ちながら、わたしの母国語である英語を第二、第三言語とする人たちとまともに話をしたのは軍に入ってから、ロドリゲスやアキラが初めてだった。

「兄は街の北部にある森のことも教えてくれました。川に沿って車で北に一時間も行けば深い森が広がっている。空気に水分が溶け込んでいるから、血みたいに濃い緑をした葉や木々がいっせいに呼吸をしているのがわかるって言っていました」

 冷たく心地よい森の湿気が頬を撫でた気がした。

 マンハッタンやブロンクスより北のヨンカースやホワイトプレーンズからカナダ国境までの地域を、ニューヨーク州に住む人間は「アップステート」と総称している。ニュージャージーを含む東海岸北部からカナダにかけての一帯は広く湿地帯が続いている。マンハッタンを北に抜け、ハドソン川が本来の広大さを見せ始める断崖を一望しながらさらに北上していくと、川と湿地の恩恵を受けた森が、大陸東部を雄健に貫くアパラチア山脈の支脈、キャッツキル山脈に沿って広がっている。ブルックリンやクイーンズなどを含むニューヨーク市は、ニューヨーク州のほんの一端にすぎないのだ。

「北に上がっていくと、家と家との間隔はだんだん広くなって、高速道路もガソリンスタンドもみんな緑の海に沈んでるみたいだって言ってました。小鳥がたえず囀っているし、川に住む魚も虹色の体を持っていたって。朝には霧が立ち込めるそうです。霧というのはぼくは見たことがありませんが、きっとおとぎ話みたいに幻想的なんでしょうね」

 そのときわたしは、ムスタファの兄は確かにわたしの故郷にいたと確信した。

 虹色の体を持つ魚というのはニジマスのことだろう。山脈の奥深くから降りてくる渓流、葦の陰から顔を出す鹿や、カナダガンが羽を休める沼、フクロウやカーディナルの住む森。アシナガバチとの遭遇も頭に入れておかねばならないが、こちらが邪魔をしない限り襲って来ることはない。灰色の霧が空に吸い込まれ、畑や家の屋根が少しずつあらわれてくると、切れぎれに残された霧が手の届きそうなくらい低いところに漂っている。まだ妹が小さかったころ、何度か家族でキャンプに行ったことがある。そのころから父は酒を飲みはじめていたが、楽かった記憶だけが残っている。渓流で冷やしたソーダや、父が前日から仕込んできた分厚い肉のバーベキュー。寄り添って眠ったテント。

 思わぬところで故郷の記憶を呼び覚まされた。自分に縁する場所が、訪れた人によってそんなふうに伝えられていたことがうれしく、まだ会ったこともないムスタファの兄に感謝と深い親近感を覚えた。

「兄貴はいま何をやってるんだ」

 ムスタファが夢から覚めたみたいにわたしを見上げた。その視線が行き場所を失ったように空中をさまよい、やがて諦めたような、困ったような笑顔を浮かべて言った。

「兄は死にました。半年ほど前、夜間のカフュー(外出禁止令)中に畑の用水路のようすを見に行って撃たれました。アメリカ軍に見つかっても、英語が話せるからわかってもらえるだろうって言って出かけたんですけど」

 心地よい森から砂漠の真ん中に放り出されたみたいだった。一体誰がそんなことをと言いかけて、聞くまでもないことに気付いた。

 それはよくあることだった。外出禁止令下に出歩けばどんなことが起こっても不思議はない。ファルージャをはじめ、われわれの管理下にある街ならどこでも起りうることだった。芽生えたばかりの感謝が行き場所を失い、どうしていいかわからなくなった。

「ぼくの家は農家ですが、戦争が始まってから母と妹は他の村に避難させて、祖父とぼくと兄の三人でこの街に残って畑の世話をしていました。父はぼくが小さいころに病気で亡くなりました。河から引いている用水路が古いうえに爆撃でガタガタになって、畑に辿りつく前に水が漏れてしまうので、毎日見に行かなければなりません。兄は疑われるようなことがあってはいけないと言って、車には修理工具だけを積んで出ていきました。朝になっても戻らず、カフューが明けて見に行くと、兄の体が半分用水路に落ち込んだような格好で倒れていて、胸と首には撃たれた跡がありました。胸に残っていた弾はM16の五・五六ミリのものでした」

 状況によっては工具などの日常用具も脅威と判断される場合がある。それ以前に、外出禁止令中に屋外にいるだけで致死的武力の対象にされる可能性は十分だった。五・五六ミリ弾はアキラの使うSAM-Rなど他の銃器にも使用されることがあるのでM16と断定はできないが、工具を手に用水路を修理する姿がIEDを仕掛けているように取られても不思議はないし、もしかしたらそれ以上に不幸な偶然が重なったのかもしれない。

 それはよくあることだった。わたしにはムスタファの兄を撃った海兵隊員の気持ちがわかる。抵抗勢力たちは握手や救いを求めるふりをして近づき自爆する。パトロール経路に首の高さに鋼鉄のワイヤーを張り巡らされていたこともある。彼らは建物の陰や市場の人混みから、いつもわれわれを吹き飛ばす隙を狙っているのだ。

 ――撃てアーニー、やつらがおまえを吹き飛ばす前に、おまえがやつらを消してしまえ。

 いまではもう心地よくさえあるその囁きがわたしの耳に浸透するとき、わたしはM16のセレクターをフルオートに変える。わたしがチャーホーの椅子に腰かけてこんなふうにスプーンを手に取っているのも、所構わず忍び込んでくる砂や灼熱の太陽に苛立ったりしていられるのも、生きていればこそだ。それなのに、体の奥に屈辱的な憤りが込み上げてくるのはなぜだろう。

「兄はいつも自分より他の人のことを考えているような人でした。あの日も、用水路に行くのは次の日の朝にすればよかったのかもしれないけど、一度壊れると修理するのに何日もかかってしまうし、アメリカ軍も話せばわからない人たちじゃないからって」

 ムスタファは悔やんでいるような、泣くのを我慢しているような表情をしていた。わたしはわからなかった。ムスタファはわたしたちが憎くないのだろうか、自分の兄を殺したわたしたちに協力し行動まで共にするなど、わたしならできない。わたしは急にムスタファが恐ろしく感じられ、水の入ったカップに伸ばそうとした手を止めた。

「どうかしましたか」

 ムスタファがわたしを覗き込んだ。伸ばした手がカップにぶつかり倒れそうになるのをすんでのところで掴んだ。

「その……、ムスタファはおれたちのことが憎くないのか」

 わたしたちが通過したり触れたりする可能性のあるあらゆる場所にはIEDが仕掛けられ、それを仕掛けようとする連中はいまもどこかでうごめいている。わたしたちを殺そうとする意志がいたるところで働いていることは、出動のたびに感じることができる。

 ムスタファはあまり手を付ていないナッツの袋に視線を落として言った。

「それはよく聞かれます。ぼくは兄からアメリカの人たちのことをいつも聞かされていました。はじめて行った国で右も左もわからない兄を助けてくれた人や、言葉がわからなくても耳を傾けてくれたり、手配していたアパートに手違いがあって入れなかったとき、自分のアパートに住まわせてくれた人。でも戦争が始まると、兄から聞いていたこととは正反対のことが起こりはじめました。夜中に突然ロケット砲が射ち込まれたり、怪我をしていた人を運んでいただけの人が撃たれたり。ぼくはどうしてかわかりませんでした。近所の人たちも『アメリカ兵は見境がない。近付いただけで撃たれる』って。どうしてだろう。兵隊とはいえおなじアメリカの人たちなのに。そのうち、ぼくは自分で確かめたいと思うようになりました」

 いつの間にかムスタファはテーブルの上に置いた手を握りしめている。

「兄が亡くなってアメリカ軍の攻撃が激しくなってきたころ、近所の人が言ったんです。ムスタファは英語が喋れていいねって。家に踏み込まれて、何もしてないし関係ないっていくら叫んでもわかってもらえない。彼らの言葉さえ話せれば、家の中だってめちゃくちゃにされずにすむのにって。そのとき、もしかしたらぼくも役に立てるかもしれないって思ったんです。言葉がわからないから、間違えて連れていかれたり殺されてしまったりする。ぼくが間に入ることでそれを少なくできるかもしれないって」

 わたしはB地区の老婆を思い出した。肺を撃たれ負傷していた老婆をわたしはもう少しで殴るところだった。銃撃の最中とはいえ、そのときのことを思い出すと自分のことが信じられなくなる。あの時彼女は何を言おうとしていたのだろう。

「合衆国に行くとき、兄はぼくも誘ってくれたんです。費用は街が出してくれる、学校の成績もいいし資格は十分にあるんだから、おまえさえその気があれば許可はもらえるだろうって。でもぼくは断りました。ぼくはこの街から出たことがありません。正確には畑の肥料を買いに一度だけラマディに出たことがあるだけで、ムスリムの男子として一生に一度は行わなければならないメッカへの巡礼もまだ済ませていませんし。街を出てクウェートやシリアとも違う、ムスリム以外の人たちの住む異国に行くのだと思うと、たとえ兄がいっしょでも一歩が踏み出せませんでした。帰ってきた兄は、さっきのようなことをたくさん聞かせてくれました。うれしかったけど、ぼくもついて行っていれば、自分の目で見たり触れたりできたのに、もしかしたら友達だってできたかもしれないのに。どうしてぼくはこうなんだろうって、悲しくてくやしかった」

 ムスタファは再びナッツの袋に視線を落とした。

「アラブの昔話にグールという鬼がいます。砂漠に住んで、夜に墓場の死肉を漁ったり旅人を迷わせて食べてしまったりする。子どもの頃母がよく言ってました。言うことを聞かない子はグールにさらわれますよって。ぼくはそれが怖くて、特に月のない夜なんかは枕もとにグールがあらわれて連れ去られるんじゃないかといつも震えていました。おかげで大人たちには聞き分けのいい子だって評判は良かったですけど」

 わたしを見上げると自嘲するように微笑んだ。

「ぼくは怖がりです。兄のように外へ出たりたくさんの人に会うのは苦手だし、そのせいで外国にも行けなかった。けどこの機会を逃したらぼくは一生弱虫のままで終わってしまいます。基地に直接来ようとも思いましたが、近付くだけで撃たれるとも聞いていたので怖くて近づけなくて。でも時々来るパトロールの人たちとなら話せるかもしれないと思ったんです。そんな時にフォックス軍曹に出会いました。フォックス軍曹は一人で来られていて、やさしそうだし、この人ならって思ったんです。思い切って話しかけてみると、こんどパトロールに来るときに書類を持ってきてやると言ってくださいました」

 わたしはいつかフォックスがひとりで出ていった時のことを思い出した。

「グールにいちばん有効なのは恐れない心なんだそうです。怖がるとつけ込む隙を与えてしまうし、武器でも一撃で仕留めなければ第二撃目はグールの息を吹き返してしまうといわれています。でもむやみに怖がらず、祝福の言葉を唱えたり食べ物を与えてやったりすると、褒美に宝物をくれることもあるんだそうですよ。たかが昔話かもしれないけど、ぼくには確かな切符みたいに思えたんです」

 そう言ってムスタファは微笑んだ。ボブに何か言われては身を縮めているムスタファ。言葉がわかるとはいえ、なにもかも勝手の違う場所で戸惑いながら、いつも最善を尽くそうとしてくれている。

「すまなかった。殴ってしまって」

 ムスタファがこんな話を聞かせてくれたいまでも、警戒を解いていない自分が嫌になる。ムスタファは思い出したように痣の残る頬に手をやったが、すぐに顔を上げて首を振った。

「おかげでこんなふうにゆっくりお話しすることができましたから。ずっと聞かされていた、兄が好きだった場所から来た人がこんなに近くにいたなんて、ここで話をしなければわからないままでした」

 ムスタファの印象が、話を聞く前とは違って見える。人の知らなかった部分があきらかになるのは、果物の硬い皮が剥がれ柔らかな果肉が姿をあらわすのに似ている。

 ムスタファは残ったナッツを近所の子供たちへの土産にすると言ってビニール袋に入れた。

「いつか合衆国を訪ねて来いよ。そのときはおれがいるし、ひとりじゃないから怖くないだろ。もう絶対殴ったりしないからさ」

 チャーホーを出るときわたしが言うと、顔を上げたムスタファはうれしそうに頷いた。

2004年、イラク戦争が舞台のフィクションです。

アメリカ在住時に退役現役軍人の方々への取材をもとに、兵士の目線で現代の「戦争」を描いてみました。面白いと思ってくれた方は、評価やブックマークをしていただけると励みになります。

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