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【第7話:燻製小屋と「化学兵器工場」の噂】

いつもお読みいただき感謝です!

今回は鉄蔵さんが大活躍。

お肉の長期保存のために作った燻製小屋から、怪しげな煙が立ち上ります。

金剛寺の通報で警察が動く事態になりますが……?

小さな太陽電池という手作りの工作によって

高台の重機部隊を鮮やかに退けた、桐生と鉄蔵の黒谷ベース。


その勝手な敗走を経て、谷底の空気は

ますます活気と喜びに満ち溢れていた。


 そんなある日の朝、鉄蔵が縁側で立派な豚の三枚肉を

包丁の背で叩きながら、楽しそうに声をかけてきた。


「おい、桐生。

電気の次は冬を越すための贅沢な蓄えだ。

とっておきのバラ肉がある。

こいつを燻製にして、極上のベーコンを作ろうじゃねえか」


「いいですね! 

燻製小屋なら、あそこに転がってる廃材の木箱を組み合わせれば、

一瞬で作れますよ」


 二人はさっそく、庭の隅で作業を開始した。

大きな木箱を不器用ながらも隙間なく積み上げ、

簡易的な燻製小屋を仕立て上げる。


 鉄蔵が何日も前からハーブと塩に漬け込み、

じっくりと乾燥させておいた豚のバラ肉の塊。


それを小屋の天井から頑丈な麻紐で何本も吊るしていく。


ずっしりとした肉の塊が揺れる様は、

それだけで食欲をそそる圧倒的な存在感を放っていた。


 仕上げに、鉄蔵が裏山から集めてきた

サクラやナラの木を細かく割ったチップを床に敷き詰める。


直火で燃やすのではなく、

熾火の上でじわじわと燻すように不完全燃焼させると、

室内には濃厚で、どこか甘やかな木の煙が充満し始めた。


「いい煙だ。こいつをじっくり吸わせりゃあ、たまらんベーコンができるぞ」


「楽しみですね。数日間は火を絶やさないように管理しましょう」


 二人は煙が外に漏れ出すのを見つめながら、

出来上がりを想像してウキウキと喉を鳴らしていた。


しかし、木箱のわずかな隙間からモクモクと立ち上り始めたその煙は、

谷底の地形に滞留し、遠目からは何とも不気味な、

黄色みがかった濃い煙の柱となって天へとのびていった。


 この光景を、高台の境界線から息を潜めて監視していた

帝都アーバニティの密偵が目撃した。


 頭がすっぽり隠れる防護マスクを被り、

息を荒くしながら双眼鏡を覗き込んでいた密偵は、

谷底から漂ってくるツンとした独特の化学臭

――実際には自然の木酢液の香りに、恐怖で顔を引き攣らせた。


「ぶ、部長! 

大変です! 

谷底の地下組織から、黄色い謎の有毒ガスが噴出しています!」


 密偵は無線機のマイクに向かって悲鳴のような声を上げた。


「間違いない、桐生たちはついに、我が社とニュータウンの全住民を

無差別に社会的に抹殺するための『化学兵器工場』を本格稼動させました! 

今すぐ手を打たないと、高台は死の街になります!」


「何だとおぉっ!?」


 報告を受けた金剛寺部長は、待ってましたとばかりに不敵な笑みを浮かべた。


「ククク……ついに尻尾を出したな、過激派ゲリラどもめ。

光学兵器の次は毒ガスか。だが、今回はこちらの勝ちだ」


 金剛寺はこれ幸いと、桐生たちを凶悪な環境テロリストとして

一網打尽にするため、以前から利権を通じて

懇意にしている地元の警察署へ緊急の通報を入れた。


「黒谷の不法占拠地で、大規模な毒劇物の密造が行われている。

至急、実力行使で強制捜査を行ってほしい」と。


 数時間後。それまで静かだった黒谷に、

突如としてけたたましいサイレンの音が鳴り響いた。


 パトカー数台が泥を跳ね上げながら突入し、

完全に黒谷ベースを取り囲む。


車内から飛び出してきたのは、重々しい防毒マスクを装着し、

盾を構えた緊迫感に満ちた警察官たちだった。


「警察だ! 

全員動くな! 

毒物劇物密造の容疑で家宅捜索を行う!」


 隊長の鋭い号令とともに、

警官たちが煙の立ち込める木箱の小屋へと一斉に突入し、

その重い扉を勢いよく蹴り開けた。


 バァァァン!!

 突き動かされた扉の向こうから、凄まじい勢いで白い煙が噴き出す。


警官たちは身構え、盾を掲げて毒ガスを警戒した。

――しかし、彼らの鼻腔を突き抜けたのは、

想像していた死の毒気などでは断じてなかった。


「……ん? なんだこの、異常に美味そうな匂いは」


 防毒マスクのフィルター越しですら隠しきれない、

サクラのチップの芳醇な香りと、燻された肉の油が爆発した、

胃袋を猛烈に刺激する最高の香りが周囲一帯に広がったのだ。


 煙が引いた小屋の奥には、

熱気の中でツヤツヤと黄金色に輝き、表面から上質な脂をじゅわじゅわと

滴らせている、完成したばかりの絶品自家製ベーコンが鎮座していた。


 突入の緊迫感は一瞬にして霧散し、警察官たちは誰も彼もが

ゴクリと唾を飲み込んで、目の前の芸術的な肉の塊を凝視した。


 そこへ、鉄蔵がのっそりと包丁を片手に歩み寄り、不敵な笑みを浮かべた。


「おいおい、警察さんよ、ずいぶんと物々しい格好で強制捜査か? 

ちょうどいいところに来た。

出来立ての最高のやつだ、一切れ食ってみるか?」


 鉄蔵は手際よく、黄金のベーコンをナイフで綺麗に切り分け、

驚いた顔の警官たちに差し出した。


 隊長は恐る恐る防毒マスクを外し、

差し出された厚切りのベーコンを口へと運んだ。


 サクッ、ジュワァァ……!

 噛み締めた瞬間、口の中に濃厚な燻製の香りと、

豚肉の爆発的な旨味が広がり、脳髄を直接揺さぶった。


あまりの美味さに、隊長は目を丸くしてその場にへたり込みそうになった。


「……っ! 美味い、美味すぎる! 

なんだこれは、噛むたびに肉の幸福が押し寄せてくるぞ!」

 他の警官たちも次々とマスクを脱ぎ捨て、

ベーコンを頬張っては「こんな美味いもの、生まれて初めて食った!」

と大感動の涙を流し始めた。


「……ただの最高に美味い燻製じゃないか。

おい、一体誰が化学兵器なんてデタラメを通報したんだ?」


 すっかり胃袋を掴まれ、幸せな顔になった隊長は、

今回の強制捜査が金剛寺による完全な虚偽通報であったことを悟り、

激しい怒りを燃え上がらせた。


「帝都アーバニティの金剛寺め、

公務執行妨害で後でじっくり絞り上げてやるからな!」


 警官たちは、鉄蔵にお土産のベーコンを包んでもらい、

ホクホクとした笑顔で、しかし金剛寺への怒りを手土産に帰っていくのだった。


 谷底で「警察の人たち、ベーコン喜んでくれて良かったですね」と、

タダで手に入れた極上の保存食を前に笑い合う桐生と鉄蔵。


 高台のオフィスで「なぜだ! なぜ警察が笑顔で肉を齧りながら戻ってくるんだ!」と、

再び大失敗に終わった策に悶絶する金剛寺。


 情報のギャップが生み出す大爆笑の神話は、

国家権力すらも美味しい味方に変えながら、黒谷ベースの無敵の防衛線を

さらに強固なものへと仕立て上げていくのだった。

警察のガサ入れすら、美味しいベーコンの試食会に変えてしまった鉄蔵さん。

金剛寺の信用は警察内でもガタ落ちです。

次回、二人が敷地内に埋めた「竹筒」が、恐るべき盗聴ネットワークと誤認されます!

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